真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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 五歳の時なんですけど、と普通の思い出を語るように、真柴は切りだした。
「家のすぐ近くに公園があったんです。その公園、道を挟んで民家があって、散歩コースみたいな小さな森はあったんですけど、それほど鬱蒼としてなかったんで、いつも誰かいたんです。遊具もたくさんあって、幼稚園の送迎バスから降りたらいったんそこに行って、少し遊んでから帰るのが好きだったんです」
 昔は、今とは違って人懐っこい子だったんです、と真柴は笑った。
 人に話しかけることに物怖じしない性格で、同じ年頃の子にしては体も大きい方だったので、クラスでもいつも中心にいるような子で、アルファ家系もそれ以外も一緒くたにされる公立の幼稚園のなかでも、この子はきっと将来アルファになるだろうと言われていた。
「アルファとかベータとかオメガとか、小さい頃に一応話をされるじゃないですか」
「ああ、四十代より上はそんな教育なかったらしいけど。絵本の読み聞かせでもあったな、人の種類はまず、みっつにわけられますって」
「そう、そういうの。……だから俺はきっと怖いことには巻き込まれないし、オメガの勉強なんていらないって、親も考えてました。でも、違ったんですよね。初めて誘拐されたのは、五歳の時でした」
「誘拐……?」
「四回ありました。幸い、全部未遂です。だから俺は今もここにいるんですけどね」
 だから母親が買ってくれた防犯ブザーをいつもポケットに入れてたんですけど、間違えて押したときは怒られました。
 まるで幼い頃の何気ないエピソードを語るように真柴は口を少したわめて笑みを浮かべ、少し開いた足の間に落とした両手を組んだ。
「幼稚園とか……小学校の低学年くらいまでは良かったんです。俺、中学年にあがる前に、二駅先の空手教室に通い始めたんです。しばらくしたら、今度は電車の中で痴漢に遭うようになって」
「ち、痴漢? でも君はその時、小学生だったんだろ?」
「それは、関係ないんです。その時はまだ性徴判定前だったんで性徴はわかってなかったけど、匂いはしてたんだと思います。つ……つ、捕まった人、は、全員アルファでした」
 真柴の視線は、組んだ自分の両手に落ちている。表情は見えなかったが、両手は少し震えていた。
「二年頑張ったんです。先生も筋があるって鍛えてくれて、もう少しで茶帯が取れそうでした。…でもやっぱり親にバレて、結局辞めました。学校の行き帰りでも知らない人に追いかけられることが出てきて、両親が送り迎えをしてくれて…両親も、わかってたんだと思います。俺がアルファじゃなくてオメガで、それも祖母みたいな体質だってこと」
 生来オメガとしてアルファを誘引する匂いが強く、幼い頃から苦労したという文月。遺伝子はそのままに、彼が負っていた苦労もまた、そのまま孫である真柴に受け継がれた。
 文月の事を教えてくれた松前の話を思い出しながら、阿賀野は水に落とした一滴の墨のようにじわじわと苦い思いが胸に広がっていくのを感じていた。
 まだ年端もいかない頃からアルファに追い掛け回されて命を脅かされ、好きだったことも結果的に続けられなくなった幼い日の真柴。その頃に知りあっていなかったとはいえ、当時の阿賀野と言えば、アルファであるわが身を謳歌して、手当たり次第に性欲を発散させる、どこにでもいるアルファの奔放な青少年だった。
 アルファとオメガ。
 同じ人間なのに、その遺伝子に刻み込まれたいくつかの違いで、こんなにも大きな差が出来るのかというのは、突然頭を殴られたに等しい衝撃だった。
「中学進学前に、性徴検査を受けました。…やっぱりオメガで、通知を受け取った日に病院に行って、消臭剤と避妊薬と抑制剤をもらいました。首輪も作った…けど、学校につけていきたくなくて…休み時間のたびに消臭剤つけて、その上から制汗スプレーとか振ってました。友達に、お前すごいスプレーくさいって笑われたりもして」
「でも、仕方ないじゃないか。それは君にとって必要で…」
「必要です。でも、俺はオメガだって周りに言わなかった。…言えなかった。俺は学年でも一番体格よくて、それに空手教室で一緒だったやつもいたんです。俺の事を覚えてて、お前強かったのに辞めるなんてって言ってくれて。……オメガだってことも、匂いが強いことも、祖母を恨んだことはないです。でも、これが俺の体でも、受け入れられなくて…」
 まだ五分が過ぎた程度だった。
 真柴の生きてきた十数年が、そんな短い間で語られていく。けれどその密度は余りに濃ゆく、その中に飲まれて生きてきたのだと、阿賀野はいつの間にか深くうな垂れている真柴の首にはまった首輪を見て思った。
「……中学は、三ヶ月通ったんです。学校帰りに知らない人に追いかけられて、と、トイレに連れ込まれて、俺、我慢できなくて……その人を殴ったんです。怖くて、ちょっと殴ったら相手が驚いてくれるかと思って。そしたらその人、大怪我したんです」
 中学に入りたての少年の拳ではあったものの、当時から発育の良かった真柴の恐怖にかられた一撃は相手を吹き飛ばした。個室に引きずり込んだ子どもから思わぬ反撃を食らった相手はドアごと後ろに倒れて昏倒した。
 外れたドアがぶつかったことで割れたタイルで後頭部を切った男から死に物狂いで逃げた真柴が泣きながら家に駆けこんだことで事件が発覚し、男はとりあえず病院に運ばれた。
 両親に付き添われて警察へ行き、何度か話をしているうちに七月になり、その頃にはもう、真柴は学校へ行かなくなっていた。
 真柴が殴った行為は、正当防衛と認められた。
 昏倒していた犯人は頬の打撲と頭がい骨骨折、後頭部を十針縫う怪我をしたが命に別状はなく、事件の三か月後には正式に逮捕されて塀の向こうへと消えた。
 けれど、被害者として脚を運んだ裁判で、真柴は自分のオメガという性徴の絶望を思い知らされた。
「一度だけ、どうしても俺からの証言が強いからって言われて、裁判に行ったんです。そこで、お前に誘われたからだって言われて、俺やっぱり、だ、ァ、だ、だめだ、って…っ」
 げほっと真柴が咳き込む。思わず湯のみを掴んで差し出すと、目尻のふちまで濡れた双眸と目が合った。
「すみませ……」
「気にしないで。お茶を飲もう、そのあと深呼吸だ」
「……はい」
 差し出したお茶を受け取る手は震えていたが、ずず、と鈍い動きですすり飲んだあと、はあ、と深い呼吸をした頃にはおさまっていた。
「すみません、……今、ええと、ああ…あと、五分ですね」
「時間は気にするな。まだ全然あるだろう」
 真柴は十五分と短い時間にこだわったが、会議は同じ社屋で行われるのだ。一時間話したって遅刻などしようもない。
 けれど、首輪の嵌まる首を、真柴は横に振った。
「十五分で…お願いします。……それ以上は、話せる自信がなくて」
 お願いします、と小さな声が懇願する。
 たった十五分の告白。二十数年の真柴の半生。その中に詰め込まれてきた、オメガで生まれたが故の刃の鋭さは、阿賀野には想像もつかない。
 陽に灼かれた頬に、薄い水の筋が落ちていく。
 阿賀野はただ、その刃を思い起こして傷つく姿を見ていることしか出来なかった。




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