お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり

文字の大きさ
51 / 57
辺境伯夫人は頑張ります

14

しおりを挟む
「来たか。話がある」

部屋に入った途端、挨拶もせず話をしようとする王太子殿下。

やっぱり、おかしい。

こんな方ではなかった。わたくしにもきちんと礼儀正しく話して下さる方だった。

「ふん、いつまで経っても返事がないからわざわざ僕がこんな辺境まで来てやったんだ。ありがたく思え」

……やはり、いまの王太子殿下はおかしい。

「おい! 返事をしろ!」

「失礼致しました。王太子殿下が供も連れず、先触れもなく訪れるとは思わなかったもので……」

「僕は王太子なんだから、好きなように出来る。なのに何故、僕の命令を聞かない?」

「わたくしは王太子殿下からご命令など受けておりませんわ」

「エリザベスの相談役になれと言っただろう!」

「……あくまでも、わたくしが望めばと仰ったではありませんか。エリザベス様は優秀なお方です。わたくしの知識では、エリザベス様をお支えするには不足致します。エリザベス様も、わたくしのような未熟者を相談役に望んでおられませんわ」

「あの子は、強がっているけど本当は弱いんだ。だから、もっと支えてやらないと……」

王太子殿下の身体の周りに、黒い靄がかかる。これは……!

「王太子殿下!」

わたくしは証拠を掴もうと、その靄に触れた。すると……。

「あ……あああっ……!」

幼い頃からの、嫌な記憶が甦る。何度も、何度も……。辛かった、苦しかった、なんとか上手く誤魔化して生きてきたけど……、あんな家なくなってしまえば良いと思ってた。

自分の心が、憎しみと不安に押し潰されそうになる。

「奥様! 奥様!」

わたくしの叫び声に、部屋の外で待機していた使用人達が駆けつけてくれた。

「なっ……! 2人で話すと言っただろ! 僕の命令を無視するのか!」

「恐れながら申し上げます。我々が最優先するのは、奥様です。一体、奥様に何をなさったのですか!」

侍女達が、必死でわたくしを守ろうとしてくれる。

護衛の騎士達が、王太子殿下に武器を向けようとしている。

駄目……! そんな事したら……!

わたくしは……みんなを失いたくない……!

「奥様! 旦那様に連絡を取りに行きました! ご安心下さい! フレッド坊ちゃんが、すぐに来ますからね!」

古参の侍女であるメアリーの声がする。
彼女は、わたくしがフレッドと結婚した時に泣きながら喜んでくれた。フレッドの乳母をしていたらしく、フレッドも照れ臭そうに笑っていた。

……フレッド?

そうよ、わたくしはフレッドの妻。

腕に付けられたブレスレットが淡く輝く。

わたくしにはフレッドが居る。
怖がる事なんて、何もない。

「……なっ……何だこの光は……!」

「みんな、わたくしは大丈夫。フレッドに連絡しなくて良いわ。武器も、下ろしなさい」

わたくしが命じれば、全員心得たと礼をして部屋を出て行った。

「王太子殿下、部下が失礼致しました。寛大な王太子殿下は、この程度の無礼はお許し下さいますよね? わたくしとのお話も、終わっていないのですから。それとも、部下を罰しますか? でしたら、主人であるフレッドを今すぐ呼び戻しますので、処罰を」

王太子殿下は、おそらくフレッドの不在を知っている。ゲートは便利だが、使用すれば王城に伝わる。フレッドが外出してすぐ来たのなら、きっとわざと不在の時を狙ったんだわ。

お父様もお母様も、現在は王城に滞在している。わたくしを狙って来られたのだと思う。

どうします? 部下を罰するなら今すぐ夫を呼びますわよ?

わたくしの遠回しの脅しは、王太子殿下に通じたようだ。

「……いや、良い。僕は寛大だからな、許してやる。武器も抜いていなかったしな。武器を抜いていたら、僕を傷つけていなくても許さないところだったが」

精一杯の譲歩をした。そんな態度である王太子殿下。

ですけど、おかしいですわよね?

うちの騎士達は、その気になれば一瞬で武器を抜いて攻撃し、何事もなかったかのように武器を仕舞う事も可能ですよ。彼らが武器を抜いて、貴方が無傷などあり得ない。王太子殿下もご存知でしょう?

先程わたくしが浴びた黒い靄、あれが何か悪さをしている事は間違いない。

もういい、遠回しではなく直接聞いてみよう。

「殿下、先程の黒い靄は何ですか?」

「……なんの話だ?」

殿下は、おかしな靄に気が付いておられない。

「殿下の周りに、黒い靄が出てきました。エリザベス様の話をした時です」

「……なんの話だ? それより、エリザベスの相談役になれ」

話が通じないとは、この事ね。

「お断りします」

「なっ……! 親友を裏切るのか?!」

「どうしてわたくしが相談役にならないとエリザベス様を裏切る事になるのですか?」

「エリザベスを支える人が必要なんだ!」

「エリザベス様には、王太子殿下がいらっしゃるでしょう?」

「……僕じゃ駄目なんだ。だから……!」

王太子殿下の周りに、再び黒い靄が浮かぶ。靄はどんどん大きくなり、王太子殿下の身体を包み込んだ。

「……今すぐ来い。命令だ。良いな?」

完全に意志を失った王太子殿下が、冷たく命令を下す。

「かしこまりました」

あの靄に触れる訳にいかない。このブレスレットをお渡しすれば、もしかしたら正気に戻られるかもしれない。だけど、このブレスレットは、フレッドが渡してくれた辺境伯に代々伝わる宝物。本来ならば、緊急時にしか使わないし、辺境伯であるフレッドしか使う事を許されていない。

それなのにフレッドは、わたくしが使用する許可を取った。普通は家族が反対すると思うのだけど、お父様もお母様も、カールもミリィも……他の身内の方々も誰一人反対しなかった。

満場一致で許可が下りて、四六時中わたくしの腕に装着されている。フレッドが許可を取り消さない限り外れないらしい。

意志の強ささえあれば、あらゆる厄災から身を守ると伝えられている宝物。これを手放す訳にはいかない。特に、今の王太子殿下には渡せない。

今ここで抵抗すれば、みんなは間違いなくわたくしを助けようと王太子殿下に手を出す。

そうなれば、大事な部下や使用人だけでなく、フレッドも危険だ。

フレッドが必死で守っている辺境を、失ってたまるか!

エリザベス、待ってて! 貴女の大切な方は、必ず元に戻してみせる!

わたくしにはどうしたらいいか分からない。けど、フレッド達が必死で調べている。カールも付いてる、きっと何かを掴んで来る。

わたくしが何処に行こうと、必ずフレッドは迎えに来てくれる。わたくしが連れ出されれば、連絡するなとわたくしが命じても使用人達は絶対すぐにフレッドに連絡する。

うまくいけば王太子殿下の異常の原因を探れるかもしれない。

わたくしは、自分の出来る事を成すだけ。必要な準備はフレッドとしてある。辺境伯夫人を無断で連れ出せば、王太子殿下の地位も危ぶまれるけれど、あの黒い靄から察するに、殿下のご意志ではない。

エリザベスが、こんな考えなしの人を心から愛する訳ない。

わたくしは大人しく、王太子殿下に連れられてゲートをくぐった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

[完結中編]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@女性向け・児童文学・絵本
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび
恋愛
「結婚しよう」 アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。 しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。 それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

処理中です...