手放したのは、貴方の方です

空月そらら

文字の大きさ
18 / 60

第18話 側近たちの変化

しおりを挟む
私がライオネル公爵の執務を手伝うようになってから、彼の側近たちと顔を合わせる機会も増えてきた。ヴァルテンベルク公爵家には、代々仕える優秀な家臣たちが数多くいる。その中でも、特に公爵の信頼が厚く、常に彼の傍に控えているのが、軍務総長のゲルハルト将軍と、内政顧問のエルンスト様だった。

ゲルハルト将軍は、熊のように大柄で、顔にはいくつもの戦傷が刻まれた、いかにも歴戦の勇士といった風貌の男性だ。その眼光は鋭く、声も大きい。私が初めて執務室で彼に会った時など、まるで尋問でもするかのような厳しい視線を向けられ、思わず身が竦んでしまったほどだ。

一方、エルンスト様は、細身で神経質そうな印象の文官で、いつも銀縁の眼鏡の奥から、人を分析するような冷たい目で私を見ていた。彼の言葉は常に理路整然としていて、無駄がない。そして、どこか私を試すような、意地の悪い質問を投げかけてくることもあった。

彼らにとって、私はおそらく「公爵閣下がお側に置かれている、よく分からない異国の元婚約破棄令嬢」程度の認識だったのだろう。私の能力に対しても、当然ながら懐疑的だったに違いない。公爵が私に意見を求める様子を見ても、最初のうちは「また公爵閣下のお気まぐれか」とでも言いたげな、冷ややかな空気が漂っていた。

(まあ、仕方ないわよね……。実績も何もないのだから……)

私は、彼らのそんな態度にもめげず、ただ黙々と公爵から与えられた仕事に取り組んでいた。いつか、認めてもらえる日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。それでも、今自分にできることを精一杯やるだけだ、と。

変化の兆しが見え始めたのは、やはり孤児院の件が成功を収めてからだった。あの報告書は、公爵だけでなく、側近たちの間でも回覧されたらしい。

ある日、執務室で公爵と次の案件について話し合っていると、珍しくゲルハルト将軍が会話に加わってきた。

「ほう、アリアナ嬢のその視点は、なかなか面白いな。確かに、兵站の効率化においても、現場の声を吸い上げる仕組みは重要だ。机上の計算だけでは見えてこない問題も多いからな」

以前の彼なら、私の意見など鼻で笑っていたかもしれない。けれど、その時の彼の口調には、ほんの少しだが、私の考えを認めようとする響きが含まれていた。

エルンスト様も同様だった。私が提出した、ある地域の税収に関する分析レポートを読んだ後、彼は珍しく私に直接声をかけてきたのだ。

「……ベルンシュタイン嬢。このレポートの、特に過去の判例との比較分析の部分は、非常に興味深い。どのような資料を参考にされたのか、後で詳しく聞かせてもらっても?」

その言葉は、相変わらずどこか刺々しい響きはあったものの、以前のようなあからさまな軽蔑の色は消えていた。むしろ、私の知識や分析能力に対して、純粋な関心を示しているようにさえ感じられた。

もちろん、彼らが私を完全に認めてくれたわけではないだろう。けれど、少なくとも「ただのお飾りではないかもしれない」くらいには、思ってくれるようになったのかもしれない。それは、私にとって大きな進歩だった。

公爵邸という、厳格で、実力主義の世界の中で、私はほんの少しずつだけれど、自分の足で立つ場所を確保し始めている。それは、マーサが言ってくれた「お嬢様の価値を理解してくださる方が必ずいらっしゃいます」という言葉が、現実になりつつある証なのかもしれない。

そんなある日、ライオネル公爵が、私に思いがけない提案をしてきた。

「アリアナ。近々、北部の鉱山地帯と、いくつかの地方都市を視察する予定がある。……君も、同行しないか?」

それは、私がこの公爵邸に来て以来、初めて受ける「屋敷の外」への誘いだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

虐げられてきた妾の子は、生真面目な侯爵に溺愛されています。~嫁いだ先の訳あり侯爵は、実は王家の血を引いていました~

木山楽斗
恋愛
小さな村で母親とともに暮らしていアリシアは、突如ランベルト侯爵家に連れて行かれることになった。彼女は、ランベルト侯爵の隠し子だったのである。 侯爵に連れて行かれてからのアリシアの生活は、幸福なものではなかった ランベルト侯爵家のほとんどはアリシアのことを決して歓迎しておらず、彼女に対してひどい扱いをしていたのである。 一緒に連れて行かれた母親からも引き離されたアリシアは、苦しい日々を送っていた。 そしてある時彼女は、母親が亡くなったことを聞く。それによって、アリシアは深く傷ついていた。 そんな彼女は、若くしてアルバーン侯爵を襲名したルバイトの元に嫁ぐことになった。 ルバイトは訳アリの侯爵であり、ランベルト侯爵は彼の権力を取り込むことを狙い、アリシアを嫁がせたのである。 ルバイト自身は人格者であり、彼はアリシアの扱われた方に怒りを覚えてくれた。 そのこともあって、アリシアは久方振りに穏やかな生活を送れるようになったのだった。 そしてある時アリシアは、ルバイト自身も知らなかった彼の出自について知ることになった。 実は彼は、王家の血を引いていたのである。 それによって、ランベルト侯爵家の人々は苦しむことになった。 アリシアへの今までの行いが、国王の耳まで行き届き、彼の逆鱗に触れることになったのである。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!

もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。 ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。 王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。 ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。 それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。 誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから! アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。

処理中です...