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第23話 孤独の影
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ライオネル公爵と執務室で過ごす時間は、私にとって日常の一部となっていた。そこでは、ガルディアの未来を左右するような重要な案件が、日々議論されている。緊張感の連続ではあるけれど、彼の信頼に応えたい一心で、私も必死に食らいついていた。
仕事上のパートナーとしての信頼関係が深まるにつれて、私たちの間の会話も、徐々に個人的な領域にまで及ぶようになっていった。それは、執務の合間のふとした瞬間に、あるいは、夜、二人で書斎でお茶を飲みながら、静かに言葉を交わす中で、自然とそうなっていったのだ。
ある雨の日の午後。執務室の窓の外では、灰色の雨がしとしとと降り続いていた。その日の仕事も一段落し、私たちは珍しく、ただ黙って窓の外を眺めていた。
「……雨は、あまり好きではない」
不意に、公爵が低い声で呟いた。その声には、いつものような厳しさはなく、どこか物憂げな響きが込められている。
「どうしてですの?」
私が尋ねると、彼はしばらくの間、遠くを見るような目をしていたが、やがて静かに語り始めた。
「幼い頃……母が亡くなった日も、こんな風に冷たい雨が降っていた。……今でも、雨の音を聞くと、あの日の無力感と悲しみを思い出す」
それは、私が初めて聞く、彼の個人的な過去のかけらだった。公爵の母親は、彼がまだ十歳にも満たない頃に、病で亡くなったと聞いている。その死が、彼の心に深い影を落としているのかもしれない。
「……お辛い記憶ですわね」
「いや……もう、遠い昔のことだ」
そう言いながらも、彼の表情には、拭いきれない哀しみの色が浮かんでいるように見えた。あの鉄仮面のような公爵にも、こんなにも繊細で、傷つきやすい一面があったなんて。
私は、何と言葉をかけていいのか分からず、ただ黙って彼の隣に座っていた。けれど、その沈黙は、決して気まずいものではなく、むしろ、二人の間に穏やかな共感が流れているような、不思議な感覚だった。
それからというもの、公爵は時折、私に自身の過去や、胸の内に秘めた想いを、少しずつ打ち明けてくれるようになった。
厳格すぎた父親との確執。幼い頃から、常に「ヴァルテンベルク家の後継者」として完璧であることを求められ、息の詰まるような日々を送ってきたこと。政敵たちの陰謀や裏切りによって、何度も危険な目に遭い、人間不信に陥りかけたこと。そして、その結果として、心を閉ざし、誰にも弱みを見せない、孤独な道を歩んできたこと……。
彼の言葉の端々からは、その強靭な精神力の裏に隠された、深い孤独と、癒えることのない傷跡が垣間見えた。彼は、あまりにも多くのものを背負い、たった一人で戦い続けてきたのだ。
私もまた、自分のことを少しずつ彼に話すようになった。エスタードでの息苦しい日々。レオンハルト殿下との婚約が、どれほど私にとって重荷だったか。婚約破棄された時の絶望感。家族からも冷遇され、自分の価値を見失いかけたこと……。
公爵は、私の話を、いつも黙って、真剣な眼差しで聞いてくれた。彼は、私の言葉を遮ったり、安易な同情の言葉を口にしたりすることはなかった。ただ、静かに私の痛みに寄り添い、全てを受け止めてくれているような、そんな温かさを感じた。
「君も……辛い経験をしてきたのだな」
ある時、彼がぽつりと言ったその言葉には、深い共感と、そして私に対する労りのような響きが込められていた。
私たちは、互いの傷に触れ合い、互いの孤独を分かち合うことで、より深く、強く結びついていくのを感じていた。それは、単なる主君と部下、あるいは婚約者という関係を超えた、もっと魂の深い部分での繋がりだったのかもしれない。
この人の隣なら、私も自分の弱さを見せることができる。そして、この人の孤独を、私が少しでも癒すことができるのなら……。そんな思いが、私の胸の中で、日に日に大きくなっていった。
冷たい雨が降る日も、もう怖くはない。だって、私の隣には、同じ雨の音を聞きながら、静かに心を寄せ合える人がいるのだから。
仕事上のパートナーとしての信頼関係が深まるにつれて、私たちの間の会話も、徐々に個人的な領域にまで及ぶようになっていった。それは、執務の合間のふとした瞬間に、あるいは、夜、二人で書斎でお茶を飲みながら、静かに言葉を交わす中で、自然とそうなっていったのだ。
ある雨の日の午後。執務室の窓の外では、灰色の雨がしとしとと降り続いていた。その日の仕事も一段落し、私たちは珍しく、ただ黙って窓の外を眺めていた。
「……雨は、あまり好きではない」
不意に、公爵が低い声で呟いた。その声には、いつものような厳しさはなく、どこか物憂げな響きが込められている。
「どうしてですの?」
私が尋ねると、彼はしばらくの間、遠くを見るような目をしていたが、やがて静かに語り始めた。
「幼い頃……母が亡くなった日も、こんな風に冷たい雨が降っていた。……今でも、雨の音を聞くと、あの日の無力感と悲しみを思い出す」
それは、私が初めて聞く、彼の個人的な過去のかけらだった。公爵の母親は、彼がまだ十歳にも満たない頃に、病で亡くなったと聞いている。その死が、彼の心に深い影を落としているのかもしれない。
「……お辛い記憶ですわね」
「いや……もう、遠い昔のことだ」
そう言いながらも、彼の表情には、拭いきれない哀しみの色が浮かんでいるように見えた。あの鉄仮面のような公爵にも、こんなにも繊細で、傷つきやすい一面があったなんて。
私は、何と言葉をかけていいのか分からず、ただ黙って彼の隣に座っていた。けれど、その沈黙は、決して気まずいものではなく、むしろ、二人の間に穏やかな共感が流れているような、不思議な感覚だった。
それからというもの、公爵は時折、私に自身の過去や、胸の内に秘めた想いを、少しずつ打ち明けてくれるようになった。
厳格すぎた父親との確執。幼い頃から、常に「ヴァルテンベルク家の後継者」として完璧であることを求められ、息の詰まるような日々を送ってきたこと。政敵たちの陰謀や裏切りによって、何度も危険な目に遭い、人間不信に陥りかけたこと。そして、その結果として、心を閉ざし、誰にも弱みを見せない、孤独な道を歩んできたこと……。
彼の言葉の端々からは、その強靭な精神力の裏に隠された、深い孤独と、癒えることのない傷跡が垣間見えた。彼は、あまりにも多くのものを背負い、たった一人で戦い続けてきたのだ。
私もまた、自分のことを少しずつ彼に話すようになった。エスタードでの息苦しい日々。レオンハルト殿下との婚約が、どれほど私にとって重荷だったか。婚約破棄された時の絶望感。家族からも冷遇され、自分の価値を見失いかけたこと……。
公爵は、私の話を、いつも黙って、真剣な眼差しで聞いてくれた。彼は、私の言葉を遮ったり、安易な同情の言葉を口にしたりすることはなかった。ただ、静かに私の痛みに寄り添い、全てを受け止めてくれているような、そんな温かさを感じた。
「君も……辛い経験をしてきたのだな」
ある時、彼がぽつりと言ったその言葉には、深い共感と、そして私に対する労りのような響きが込められていた。
私たちは、互いの傷に触れ合い、互いの孤独を分かち合うことで、より深く、強く結びついていくのを感じていた。それは、単なる主君と部下、あるいは婚約者という関係を超えた、もっと魂の深い部分での繋がりだったのかもしれない。
この人の隣なら、私も自分の弱さを見せることができる。そして、この人の孤独を、私が少しでも癒すことができるのなら……。そんな思いが、私の胸の中で、日に日に大きくなっていった。
冷たい雨が降る日も、もう怖くはない。だって、私の隣には、同じ雨の音を聞きながら、静かに心を寄せ合える人がいるのだから。
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