7 / 15
06
しおりを挟む「まぁ! この子ったら、どうしてここに!?」
そんな小さな悲鳴のような声が聞こえて目を覚ますと、よく身の回りの世話をしてくれていたメイドがいた。
あまり意識したことはなかったけれど、おそらくルシファー専属のメイドなのだろう。名前は確か……メアリー、だったはずだ。
俺はメアリーの戸惑った声を聞きながら目を開けた。
「おはよう。メアリー」
そうメアリーに声をかけながら起き上がると、その拍子に足が何かを蹴ってしまったようだ。布団のようにふわふわしているものではなく、しっかりとした感触があった。
寝ぼけ眼で足元へ視線を向ければ、ベッドの隅っこに丸まっている少年の姿があった。
驚きで俺の目は一気に覚める。
「どうして、ここに……」
そう言葉をこぼしてから、先ほどメアリーが呟いた言葉と全く同じだと気づく。メアリーもこの少年の姿に驚いたのだろう。
少年の目元は涙が乾いてカピカピになっている。その姿に小さい頃の弟を思い出した。
彼に近づいてその頬に触れる。すると、「んぅ~」とうめくような声を出して、少年は目を覚ました。
俺と目が合った少年の口元は少しだけ綻んだ。俺もそんな彼に微笑む。
「おはよう」
「はよー」
メアリーに視線を向ければ、彼女はまだ戸惑っているようだった。
カーテンの隙間から光は射しているが、まだ部屋の中は暗い。
「メアリー、悪いけど、カーテンを開けてくれないか?」
「あ、はい! 申し訳ございません!」
メアリーは背筋を正してすぐさまカーテンを開けてくれた。元々、メアリーはカーテンを開けに来たはずだ。
それが、少年がこの部屋にいて驚いて固まってしまっていたのだ。
「寂しくてこの部屋まで来たのかい?」
そう聞くと、少年は拗ねたように顔を逸らした。
「お前がいなくなったから、心配になったんだ」
寂しいという言葉は少し恥ずかしかったのだろう。
俺は少年の言葉を否定することなく頷いた。
「そうか。心配してくれたんだね。ありがとう」
お礼を言うと、少年はキョトンッと少し間の抜けた顔になり、それから機嫌が良さそうに笑った。
「メアリー、俺の服の中から、この子の着替えも見繕ってくれる?」
俺の着替えや食事の手伝いをするために待っていたメアリーにそう声をかける。
俺の着替えはすでに用意してくれていたようだが、一人分しかない。
「ぼっちゃまの服からですか……」
メアリーは戸惑いながらも少し考えてから、「少し小さくなってしまった服を持って参ります」と一旦部屋を出て行った。
少年の体は痩せているし、発育不良なのか背も低い。
「君の着替えも買いに行かないといけないね」
父上は少年の衣食住の費用については気にしなくてもいいと言ってくれたから、きっとセバスチャンが衣装代も用意してくれているはずだ。
今日にでも街に買いに行こう。
出かける前に母上の様子も見て、必要なものがあれば一緒に買えばいいだろう。
そんなことを考えている間にもメアリーが少年の服を見繕ってきてくれた。
「こちらでいかがでしょうか?」
メアリーが少年に近づこうとすると、少年の体が緊張したのがわかった。
「ありがとう。あとは俺がやるよ」
俺はメアリーから服を受け取ると、少年の体に服を当ててサイズを見る。
メアリーはしっかりと少年の体に合うサイズのものを見繕ってきてくれた。
「今日はこれを着ようか?」
少年に服を渡すと彼は頷いた。
私と少年が着替え終わった頃、セバスチャンがワゴンに乗せた朝食を運んできてくれた。
「セバスチャン、父上の方はいいの?」
「はい。旦那様はもう登城されました」
登城……父上は公爵だし、何か立派なお役目についていそうだけれども、それを聞くのはやめておこう。
公爵という身分だけで結構衝撃だったのだ。もっとゆっくり、自分が置かれた状況を確認したい。
「その子供も夜中に動き回るほど元気なようですし、朝食はスープとサラダ、パンをご用意いたしました」
夜中に勝手に屋敷の中を動き回ったことに対しての皮肉が含まれていて少し笑ってしまった。
「朝食後に母上を訪ねて、それから彼の衣服を買いに街に行こうと思う」
「では、ご同行いたします」
「頼むよ」
少年は目の前に置かれたパンに真っ先にかぶりついてむせている。
昨日はスープしか食べていなかったからよほど空腹だったのだろうが、パンはすぐに喉を通るようなものではないだろう。
「しっかり噛まないと。ほら、水を飲んで」
俺はメアリーが入れてくれた水の入ったグラスを少年に渡した。
少年は勢いよくごくごくと水を飲み干した。
「ルシファー様にお仕えできる状態にするためにはしっかりと教育する必要がありそうですね」
そのセバスチャンの言葉に少年の動きが止まった。
そんな少年に俺は安心させるように微笑んだ。
「君さえよければ、俺に仕えてくれないか?」
前世だったら絶対に言わない言葉だ。同年代の子供に自分に仕えろだなんて。
でも、この世界は身分社会だ。
おそらく貴族ではないのだろう彼と、貴族の俺が一緒にいるためには主従関係になるしかないのだ。
身分違いの友達なんて綺麗事は言えない。
「もちろん、嫌だったら……」
「やる! 俺、お前の家来になる!! お前に一番近い家来になる!!」
前世ならば考えられないが、こうして簡単に人の家来になるなどと言えてしまうのが身分社会なのだろう。
「あなたはまず、喋り方から変えなければいけませんね。主人をお前などと呼ぶ家臣がどこにいるのですか? ご主人様、もしくはルシファー様とお呼びなさい」
そのようなこと、まだいいじゃないかと言いたかったけれど、それはセバスチャンの視線によって制された。
早く言葉遣いを改めることは俺のためではない。少年のためだ。
父上や母上に「お前」などと呼べば、父上や母上が許しても、他の使用人たちは少年を許すことができないかもしれない。
同僚の中でうまくやれなければ、どんな仕事も辛くなるだろう。
「ところで、あなたには名前がないのですよね?」
セバスチャンが少年を見ながら言った。
俺は少年が自分の好きな名前をつければいいと思っていたけれど、これから彼の師となるセバスチャンに名前をつけてもらうのもいいかもしれない。
そう考えていたら、セバスチャンの眼差しが俺に向いた。
「ルシファー様につけていただいてはどうでしょう?」
急に大役の提案をされて、俺は首を横に振った。
「いや、一人の人間の名前を六歳の子供に任せたらダメだと思う。本人が好きな名前をつけるか、セバスチャンや父上がつけたらいいと思うよ」
「俺はルシファー様につけてほしい!」
そうキラキラの眼差しを向けられて困った。正直、俺はネーミングセンスがないと思う。
しかし、期待に煌めく少年の瞳は眩しい。
「……気に入らなかったら、別の名前にしてくれよ?」
そんな俺の言葉に少年は頷かずに、ただただキラキラとした目を向けてくる。
「……雨が、俺と君を引き合わせてくれたと思うから、インベルという名前はどうかな?」
雨のぬかるみが馬車の動きを遅らせていた。それがなければ、窓から少年の姿を見つけることは難しかったかもしれない。
雨が彼と出会わせてくれたのだ。
「インベル……」
少年が繰り返して言った。それから、にかりと機嫌よく笑った。
「気に入った!」
ほっと俺は胸を撫で下ろしたが、すぐにセバスチャンの厳しい声が聞こえた。
「では、インベル、ルシファー様にお礼を述べてください」
「いや、いいよ。セバスチャン。インベルが喜んでくれているだけで嬉しい」
「ありがとう!」
感謝の言葉と共にインベルが抱きついてきた。
「インベル! ご主人様になんですか? その言葉遣いは。『ありがとうございます』でしょう? それに、下の者がご主人様にそのように抱きつくなどありえません!」
すかさず注意するセバスチャンをインベルは睨む。
しかし、それは昨日のように警戒や敵対を露わにしたものではなく、拗ねたような目だ。
「ルシファー様が嫌がってないんだから、別にいいだろ?」
「主人の優しさに甘えてはいけません!」
まだ幼い子供に対してセバスチャンが厳しすぎるような気もしたが、貴族の屋敷で働くならば礼儀作法は必要だし、インベルも大人しく従うことはなく、言い返すからこれくらいがちょうどいいのだろう。
きっと素直なタイプならば、セバスチャンもこれほど厳しくないはずなのだが、こればかりはその子の特性でもあるから仕方ない。
前世、父に注意されると拗ねてしまって素直になれなかった弟を思い出して俺は思わず笑ってしまった。
317
あなたにおすすめの小説
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
第2王子は断罪役を放棄します!
木月月
BL
ある日前世の記憶が蘇った主人公。
前世で読んだ、悪役令嬢が主人公の、冤罪断罪からの巻き返し痛快ライフ漫画(アニメ化もされた)。
それの冒頭で主人公の悪役令嬢を断罪する第2王子、それが俺。内容はよくある設定で貴族の子供が通う学園の卒業式後のパーティーにて悪役令嬢を断罪して追放した第2王子と男爵令嬢は身勝手な行いで身分剥奪ののち追放、そのあとは物語に一切現れない、と言うキャラ。
記憶が蘇った今は、物語の主人公の令嬢をはじめ、自分の臣下や婚約者を選定するためのお茶会が始まる前日!5歳児万歳!まだ何も起こらない!フラグはバキバキに折りまくって折りまくって!なんなら5つ上の兄王子の臣下とかも!面倒いから!王弟として大公になるのはいい!だがしかし自由になる!
ここは剣と魔法となんならダンジョンもあって冒険者にもなれる!
スローライフもいい!なんでも選べる!だから俺は!物語の第2王子の役割を放棄します!
この話は小説家になろうにも投稿しています。
悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る
桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付く。処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚び売ったり、どうにか能力を駆使したりして生きてたら、色々な人に構われる話。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる
蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。
キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・
僕は当て馬にされたの?
初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。
そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡
(第一部・完)
第二部・完
『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』
・・・
エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。
しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス……
番外編
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』
・・・
エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。
『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。
第三部
『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』
・・・
精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。
第四部
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』
・・・
ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。
第五部(完)
『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』
・・・
ジュリアンとアンドリューがついに結婚!
そして、新たな事件が起きる。
ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。
S S
不定期でマクシミとエリアスの話をあげてます。
この2人はきっといつまでもこんな感じなんだと思います。
エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃)
マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子)
♢
アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王)
ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃)
※扉絵のエリアスを描いてもらいました
※本編はしばらくお休みで、今は不定期に短い話をあげてます。
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた
さ
BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。
断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。
ーーそれなのに。
婚約者に婚約は破棄され、
気づけば断罪寸前の立場に。
しかも理由もわからないまま、
何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。
※最終的にハッピーエンド
※愛され悪役令息
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる