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しおりを挟む食事を終えて母上の寝室へと向かう。
俺が母上の元にいる間にセバスチャンは出かける準備をしてくれるそうだ。インベルの準備も馬車の準備もしておくと言っていた。
母上の寝室の前で足を止めて扉をノックする。部屋の中から顔を覗かせたメイドは俺を見て少し驚いたようだった。
「入っても?」
そう聞くと、メイドは少し戸惑ったように小声で言った。
「奥様は眠っておられます」
「いいんだ。顔を見たいだけだから」
メイドが扉を大きく開いてくれて俺は部屋の中に入る。むっとこもった空気が漂っている。
「窓は開けていないの?」
「奥様が寒いとおっしゃられますので」
「でも、新鮮な空気を入れたほうがいいと思うよ」
母上は真っ白な顔をして、目を瞑っている。呼吸は荒くないが、浅いように感じる。
メイドに温かい白湯を用意してくれるようにお願いして、俺は窓を開けた。
それから俺は改めて母上を見る。唇まで白く、生気を感じることはできない。
記憶の中にある病気を患う前の母上は明るくて笑顔の絶えない人だった。
内気で鬱々としていた息子をなんとか笑わせようと努力していた女性だった。
どうにか、また母上の笑顔を取り戻してあげることができたらいいのだけれど……
医者にも原因がわからないという病。
父上が識者を集めて研究を進めているとは聞くけれど、進展はあったのだろうか?
「ん……風が冷たいわ」
弱々しい声が聞こえて、俺は母上の手を握った。
母上の手はとても冷たかった。俺はその手を温めるように撫でる。
「部屋の空気を入れ替えているんです。もうすぐメイドが温かい白湯を持ってきてくれますから」
母上はゆっくりとその瞳を開けて、俺の顔を見る。
それから、嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、ルシファー。来てくれたのね」
母上が体を起こそうとしたので、俺は手伝う。
体を起こした母上の肩にショールをかけて、再び俺は母上の手を温めるように自分の両手で包み込んだ。
「ルシファーに会えて嬉しいわ。でも、ルシファーはわたくしのことなど気にせずに遊びに行ってきたらいいわ」
内気なルシファーはそれほど好んで外に遊びに行くような子供ではなかった。
外とは言っても、公爵家の息子が平民の子供のようにその辺を駆け回れるわけではないから、せいぜい庭に出る程度だが、ルシファーは部屋の中から庭を見たり、読書をして過ごすことのほうが多く、母上に声をかけられてやっと庭に出るような子供だった。
それを知っている母上がこのように言うのは、もしかすると弱っている自分をあまり見られたくないのかもしれない。
「この後、セバスチャンと一緒に街に行くのです。母上は何か欲しいものはありますか?」
「わたくしは大丈夫よ。ルシファーが楽しんできてくれたならそれで嬉しいもの」
「それなら、明日、またこの時間にお部屋に来て、街で見てきたものの話をしますね」
「それは嬉しいわ」と母上は微笑んだ。その笑顔は本当に優しくて、慈愛に満ちていた。
自分が病で辛い思いをしているというのに、それでも子供に対しての愛情を忘れない優しい人。
こんな母上だからこそ、父上は自分の身を削ってでも治療法を見つけようと躍起になっているのだろう。
メイドが白湯を持ってきてくれ、白湯を母上に渡すと、母上はフーフーッと息を吹きかけてから少しずつ飲んでいた。
俺は母上にまた明日来ることを約束して、母上の寝室を出た。
扉の前には外套を着たインベルとセバスチャンが立っていた。
「出かける用意ができました」
「では、すぐに行こうか」
「……」
扉が閉まるのをインベルがじっと見ていた。
扉の隙間から部屋の中を見ていたようで、「……あの女はルシファー様の母ちゃんか?」と聞いてきた。
俺はセバスチャンに外套を着せてもらいながら、「そうだよ」と頷いた。
「具合が悪いのか?」
「原因は不明だけど、病気なんだ」
「そうか……」
インベルは何やら考えるように黙ったが、セバスチャンがすかさず注意をした。
「インベル、奥様をあの女などと呼んではいけません。今後は奥様、もしくはクレメンティア様と呼びなさい」
「うん。わかった」
インベルは存外素直に頷いた。女性に対して失礼な言い方だったと思ったのか、もしくは、セバスチャンのお小言に慣れてきたのかもしれない。
馬車に乗り、街に出ると街の賑やかさにインベルはその目を輝かせた。
大人のことが苦手なようだったから、街を行く人々に警戒心を見せたなら長居はできないなと思ったけれど、問題はなさそうだ。
「美味そうなものがたくさんあるな!」
インベルは屋台にキラッキラッの眼差しを向けた。朝ごはんも食べてきたのだが、すでにお腹が空いているのかもしれない。
俺は屋台で何かを買ってもいいと思ったのだが、それはセバスチャンに止められた。
「まずはインベルの服を見に行きましょう」
セバスチャンの提案に俺は頷き、インベルも大人しく着いてくる。
しかし、インベルの目は街道沿いに並ぶ屋台の店に釘付けのままだ。その様子に俺は思わず笑ってしまった。
「帰りに何か食べて帰ろう」
「いいのか!?」
インベルが嬉しそうだ。
「ぼっちゃま、インベルを甘やかしてはなりません」
セバスチャンはそう言うけれど、こんなに可愛い反応をするのだから仕方ないだろう。
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