9 / 10
9.
しおりを挟む
「一目惚れだったんだ」
彼は、美貌を近づけてきた。
キラキラすぎて目がくらみそうになる。
「王宮の謁見の間できみの父親たちと交渉していたとき、謁見の間の片隅にいるきみを見つけた。あのとき、きみは怯えていた。それだけじゃない。孤独で寂しそうでなによりはかなかった。ピンときたよ。きみは、おれと同じなのだと。そして、そう感じた瞬間、戦争や政争に明け暮れていたおれの心が震えた。震え、ついには怖くなってきた。きみをここで助けなければ、いまきみをどうにかしないと、きみは死んでしまうと予感した。だから、おれが守らなければならない。そして、おれが愛さなければならない。そう強く確信した。そうなるといてもたってもいられなくなり、会見中に将軍にこっそり進言した。きみを人質にして本国に送れば、将軍の手柄となるだろうとね。欲だけのバカな将軍は、そんなくだらないおれの進言を鵜呑みにし、まんまとのったわけだ」
「はぁ……」
あまりの展開に、「はぁ」以外に反応しようがあるだろうか。
「マコ。きみとケンを見つけるのに時間がかかってしまい、ほんとうに悪かったと思っている。しかし、マクラウド司祭からこの町でしあわせに暮らしているのだと聞かされた。じつは、彼はおれの名付け親なんだ。驚いたよ。これは、神が導いてくれたんだとね。偶然ではなく必然だったんだとつくづく思ったよ」
「わたしとケンを拾ってもらって以来お世話になっているジョーイとライラ同様、司祭様にもお世話になっているの。あなたの言う通り、神のお導きだったのかもしれない」
そこまで信仰心があるわけではない。祖国にいたときから、神にたいして腹を立てたり恨んだりしたことはすくなくない。
しかし、わたしとケンがこの町にたどり着いてこうして生きながらえていること。そして、ルーカスはわずかな情報をもとにこの町にたどりついた。結果、わたしたちは出会えた。訂正。再会できた。これはもう神の導き以外のなにものでもない。
都合よすぎるけれど、いまなら神様を信じることができる。
「ケンは、他の子どもたちよりはるかに賢くて腕っぷしも強い。彼は、剣の素質がある。それから、参謀としての素質もね」
「ええ。でも、それだけじゃない。やさしく気遣い抜群で機転がきく。それから、正義感が強くて前向きで人の痛みをよく知っていて、さらには……」
ケンはいいところがありすぎる。だから、ひとつひとつ挙げるのが大変。
「ブハッ!」
一生懸命ケンのいいところを挙げている途中で、ルーカスが盛大にふきだした。
「マコ、きみはほんとうに親バカだな」
「悪かったわね。ケンは、あんなに可愛いんですもの。親バカにならざるをえないわ」
「そうだな。きっとおれもそうなるんだろうな」
「なんですって? というか、ケンのことを褒めてどうするつもりなの?」
「きみとケンに会うまでは、もしも会ったらテムス国に逃げようと考えていた。じつは、今回のことがなくても、国王からきみを奪い去って逃げるつもりだった。まったく関係のないテムス国に、潜伏先や仲介人の確保をして準備万端にしているんだ」
「なんですって?」
驚くのも飽きてきた。
「しかし、きみたちに、いや、ケンに会って気がかわった。このまま一生逃げ隠れし、つねに身の危険に怯えながら暮らすより、いっそ攻めた方がいいのではないか、と。まだ幼いが、ケンにはその資質がありそうだ。もちろん、資格もある。ケンは、あのろくでなしの王子たちよりずっとずっといい政治を行える。それこそ、国民のための政治をおこなうことができる。マコ、そんな顔をするなよ。わかっている。くだらない政争に巻き込まれたくない。ケンを巻き込みたくない。きみのその気持ちは理解している。おれだって、できればそんな煩わしいことはごめんだ。いっそ見て見ぬふりをし、いっさいかかわりたくない。しかし、この国のおおくの人たちのことを考えれば、自分たちだけ平穏に暮らし、しあわせになるなんてことできるわけはない。違うかい?」
彼は、わたしの手を握ったまま熱心に語っている。
「もちろんケン本人に話しをし、本人がどうしたいのかによる。もっとも、それもまだ五歳では理解出来ないだろう。どうしたいかなどと迫る方がおかしいし、理不尽だ。ケンだけではない。マコ、きみの生活も一変してしまうことになる。もしも逃げずに戦うことを選択すれば、ジョーイとライラや司祭や町の人たちと別れなければならない。彼らに迷惑をかけることになるからだ」
「いいわ。わたしは、戦う。もちろん、ケンしだいだけど」
「な、なんだって?」
わたしの即答に、つぎはルーカスが驚く番だった。
「母さん」
そのとき、教会の大扉からケンが飛び出してこちらに駆けてきた。
授業が終ったのだ。
司祭様は、のんびり歩いてくる。
ケンが駆けよってくるまでに、ルーカスはわたしの手から自分の手を離していた。
彼は、美貌を近づけてきた。
キラキラすぎて目がくらみそうになる。
「王宮の謁見の間できみの父親たちと交渉していたとき、謁見の間の片隅にいるきみを見つけた。あのとき、きみは怯えていた。それだけじゃない。孤独で寂しそうでなによりはかなかった。ピンときたよ。きみは、おれと同じなのだと。そして、そう感じた瞬間、戦争や政争に明け暮れていたおれの心が震えた。震え、ついには怖くなってきた。きみをここで助けなければ、いまきみをどうにかしないと、きみは死んでしまうと予感した。だから、おれが守らなければならない。そして、おれが愛さなければならない。そう強く確信した。そうなるといてもたってもいられなくなり、会見中に将軍にこっそり進言した。きみを人質にして本国に送れば、将軍の手柄となるだろうとね。欲だけのバカな将軍は、そんなくだらないおれの進言を鵜呑みにし、まんまとのったわけだ」
「はぁ……」
あまりの展開に、「はぁ」以外に反応しようがあるだろうか。
「マコ。きみとケンを見つけるのに時間がかかってしまい、ほんとうに悪かったと思っている。しかし、マクラウド司祭からこの町でしあわせに暮らしているのだと聞かされた。じつは、彼はおれの名付け親なんだ。驚いたよ。これは、神が導いてくれたんだとね。偶然ではなく必然だったんだとつくづく思ったよ」
「わたしとケンを拾ってもらって以来お世話になっているジョーイとライラ同様、司祭様にもお世話になっているの。あなたの言う通り、神のお導きだったのかもしれない」
そこまで信仰心があるわけではない。祖国にいたときから、神にたいして腹を立てたり恨んだりしたことはすくなくない。
しかし、わたしとケンがこの町にたどり着いてこうして生きながらえていること。そして、ルーカスはわずかな情報をもとにこの町にたどりついた。結果、わたしたちは出会えた。訂正。再会できた。これはもう神の導き以外のなにものでもない。
都合よすぎるけれど、いまなら神様を信じることができる。
「ケンは、他の子どもたちよりはるかに賢くて腕っぷしも強い。彼は、剣の素質がある。それから、参謀としての素質もね」
「ええ。でも、それだけじゃない。やさしく気遣い抜群で機転がきく。それから、正義感が強くて前向きで人の痛みをよく知っていて、さらには……」
ケンはいいところがありすぎる。だから、ひとつひとつ挙げるのが大変。
「ブハッ!」
一生懸命ケンのいいところを挙げている途中で、ルーカスが盛大にふきだした。
「マコ、きみはほんとうに親バカだな」
「悪かったわね。ケンは、あんなに可愛いんですもの。親バカにならざるをえないわ」
「そうだな。きっとおれもそうなるんだろうな」
「なんですって? というか、ケンのことを褒めてどうするつもりなの?」
「きみとケンに会うまでは、もしも会ったらテムス国に逃げようと考えていた。じつは、今回のことがなくても、国王からきみを奪い去って逃げるつもりだった。まったく関係のないテムス国に、潜伏先や仲介人の確保をして準備万端にしているんだ」
「なんですって?」
驚くのも飽きてきた。
「しかし、きみたちに、いや、ケンに会って気がかわった。このまま一生逃げ隠れし、つねに身の危険に怯えながら暮らすより、いっそ攻めた方がいいのではないか、と。まだ幼いが、ケンにはその資質がありそうだ。もちろん、資格もある。ケンは、あのろくでなしの王子たちよりずっとずっといい政治を行える。それこそ、国民のための政治をおこなうことができる。マコ、そんな顔をするなよ。わかっている。くだらない政争に巻き込まれたくない。ケンを巻き込みたくない。きみのその気持ちは理解している。おれだって、できればそんな煩わしいことはごめんだ。いっそ見て見ぬふりをし、いっさいかかわりたくない。しかし、この国のおおくの人たちのことを考えれば、自分たちだけ平穏に暮らし、しあわせになるなんてことできるわけはない。違うかい?」
彼は、わたしの手を握ったまま熱心に語っている。
「もちろんケン本人に話しをし、本人がどうしたいのかによる。もっとも、それもまだ五歳では理解出来ないだろう。どうしたいかなどと迫る方がおかしいし、理不尽だ。ケンだけではない。マコ、きみの生活も一変してしまうことになる。もしも逃げずに戦うことを選択すれば、ジョーイとライラや司祭や町の人たちと別れなければならない。彼らに迷惑をかけることになるからだ」
「いいわ。わたしは、戦う。もちろん、ケンしだいだけど」
「な、なんだって?」
わたしの即答に、つぎはルーカスが驚く番だった。
「母さん」
そのとき、教会の大扉からケンが飛び出してこちらに駆けてきた。
授業が終ったのだ。
司祭様は、のんびり歩いてくる。
ケンが駆けよってくるまでに、ルーカスはわたしの手から自分の手を離していた。
132
あなたにおすすめの小説
顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました
ラム猫
恋愛
セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。
ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
※全部で四話になります。
「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載しております。
余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる
ラム猫
恋愛
王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています
※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。
毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています
白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。
呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。
初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。
「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
結婚して5年、初めて口を利きました
宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。
ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。
その二人が5年の月日を経て邂逅するとき
隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」
新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。
「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる