10 / 10
10.
しおりを挟む
可愛らしい息子が駆けてくるのを見ながら、これからのことを考えていた。
ルーカスの言う通りである。血は、けっしてごまかすことはできない。ましてやなかったことにすることも。この先、ことあるごとに命を狙われたり祭りたてられたりするだろう。それ以前に、このままいけばあのふたりの王子のどちらかが国王になる。そうすれば、かならず反乱が起きる。結果、国王は断罪される。国王だけではおさまらない。王族は根絶やしにされる。たとえ他国に亡命しようと逃げ隠れしようと、かならずや捜しだされて断頭台の露と消える。
運命に従わねばならないのなら、避けることができないのなら、積極的になるべきだ。だれにとってもよりよい結果になるよう努力すべきだ。
ケンなら立派な国王になることができる。ルーカスや彼の家族が支えてくれるはずだから。ケンなら、この国の人たちを守り、しあわせにしてくれる。
これは、親バカなわたしの推測ではない。希望的観測でもない。「レディの勘」、でもない。
ケンこそが「生まれながらの王」だからである。
(これはやはり、親バカの贔屓目かもしれないわね)
それでもいい。それでもケンを信じたい。
ケンのことはともかく、わたし自身は彼にたいしてできることは多くはない。足をひっぱることしかできないかもしれない。それでも、彼の精神面のサポートや使い走りみたいなことならできるはず。
(やるのよ。ケンの可能性同様、わたしも可能性があるはず。母になり、わたしのすべてがかわったのだから)
そう。すべてがかわった。ケンがかえてくれたのだ。そして、ルーカスもかえてくれた。
彼らは、わたしにチャンスをくれたのだ。
「母さん、ルーカスと手を握り合っていたよね?」
「えっ?」
気合いを入れた瞬間、ケンが尋ねてきた。彼は、ルーカスとわたしを交互に見ている。
そのとき、彼の目線と座っているわたしのそれとが同じ高さであることに気がついた。わたしが小柄で座高が低いからではない。ケンは、また背が高くなっている。彼は、日に日に成長している。どんどん立派になっている。
肉体的にも精神的にも……。
ケンは、いずれわたしから巣立っていく。そのことを考えるとゾッとする。だから、できるだけそのことは考えないようにしている。そして、いまこのとき全力で彼とすごすようにしている。
「ケン。じつは、おれはきみの母さんと知り合いでね。きみと母さんを迎えに来たというわけさ」
「ルーカス、母さんと結婚するの?」
「ちょっ、ケン……」
まだ心の準備ができていない。というよりか、まだそんな段階ではない。
「そうだよ、ケン。きみの母さんとおれは結婚し、おれはきみの父親になる。だから、これからはみっちり剣の稽古をつけてやれる。言っておくが、剣の稽古は厳しいぞ。だから、そこは覚悟しておけ。しかし、それ以外ではやさしくて気前のいい父親になる。それから、やさしくて気遣い抜群の夫になる。働き者で愛情深く、いつなんどきでもふたりを優先し、守る。だから、そこは安心してくれ」
「ルーカス。あなた、なにを言いだすの」
文字通り驚愕した。というよりか、面食らった。
「母さん、よかったね。おめでとう。ぼくもこれで安心できる。集中していろいろなことを学ぶことができる」
ケンはわたしをハグし、それからルーカスをハグした。
わたしの最愛の息子は、わたしが考えている以上にしっかり者のようだ。
いいえ。わたしたちの最愛の息子、ね。
五年前、陛下に離縁されて追放されるまでの七日の間にぜったいにしたかったことは、ちゃんとかなった。そればかりか、願い以上のものを得ていたのだ。
そして、言葉は悪いけれどおまけまでついてきた。
ケンという宝を得たばかりか、こんなわたしを愛してくれる夫までできた。
これ以上、なにを望むことがあるのかしら?
五年前のわたしに教えてやりたい。示してやりたい。
『マコ、焦らなくても大丈夫よ。あなたのぜったいしたいことはちゃんとできるから。陛下からのいただく種は、五年の月日を経て育ち、立派な実になるから。結果オーライ。だから安心していいのよ』
そのように。
このさき、わたしたちはどうなるかわからない。過酷で悲惨な道を歩むことになることだけはわかっている。そのさきにあるもが、はたして生なのか死なのか。あるいは、悲惨な末路なのかしあわせなのか。
どのような将来を迎えることになっても、愛する息子と夫といっしょなら何も怖くはない。怖れることはない。
わたしたち親子、いいえ、家族の愛と絆さえあれば、どんなことだってできる。
いいえ。かならずややり遂げてみせる。
(了)
ルーカスの言う通りである。血は、けっしてごまかすことはできない。ましてやなかったことにすることも。この先、ことあるごとに命を狙われたり祭りたてられたりするだろう。それ以前に、このままいけばあのふたりの王子のどちらかが国王になる。そうすれば、かならず反乱が起きる。結果、国王は断罪される。国王だけではおさまらない。王族は根絶やしにされる。たとえ他国に亡命しようと逃げ隠れしようと、かならずや捜しだされて断頭台の露と消える。
運命に従わねばならないのなら、避けることができないのなら、積極的になるべきだ。だれにとってもよりよい結果になるよう努力すべきだ。
ケンなら立派な国王になることができる。ルーカスや彼の家族が支えてくれるはずだから。ケンなら、この国の人たちを守り、しあわせにしてくれる。
これは、親バカなわたしの推測ではない。希望的観測でもない。「レディの勘」、でもない。
ケンこそが「生まれながらの王」だからである。
(これはやはり、親バカの贔屓目かもしれないわね)
それでもいい。それでもケンを信じたい。
ケンのことはともかく、わたし自身は彼にたいしてできることは多くはない。足をひっぱることしかできないかもしれない。それでも、彼の精神面のサポートや使い走りみたいなことならできるはず。
(やるのよ。ケンの可能性同様、わたしも可能性があるはず。母になり、わたしのすべてがかわったのだから)
そう。すべてがかわった。ケンがかえてくれたのだ。そして、ルーカスもかえてくれた。
彼らは、わたしにチャンスをくれたのだ。
「母さん、ルーカスと手を握り合っていたよね?」
「えっ?」
気合いを入れた瞬間、ケンが尋ねてきた。彼は、ルーカスとわたしを交互に見ている。
そのとき、彼の目線と座っているわたしのそれとが同じ高さであることに気がついた。わたしが小柄で座高が低いからではない。ケンは、また背が高くなっている。彼は、日に日に成長している。どんどん立派になっている。
肉体的にも精神的にも……。
ケンは、いずれわたしから巣立っていく。そのことを考えるとゾッとする。だから、できるだけそのことは考えないようにしている。そして、いまこのとき全力で彼とすごすようにしている。
「ケン。じつは、おれはきみの母さんと知り合いでね。きみと母さんを迎えに来たというわけさ」
「ルーカス、母さんと結婚するの?」
「ちょっ、ケン……」
まだ心の準備ができていない。というよりか、まだそんな段階ではない。
「そうだよ、ケン。きみの母さんとおれは結婚し、おれはきみの父親になる。だから、これからはみっちり剣の稽古をつけてやれる。言っておくが、剣の稽古は厳しいぞ。だから、そこは覚悟しておけ。しかし、それ以外ではやさしくて気前のいい父親になる。それから、やさしくて気遣い抜群の夫になる。働き者で愛情深く、いつなんどきでもふたりを優先し、守る。だから、そこは安心してくれ」
「ルーカス。あなた、なにを言いだすの」
文字通り驚愕した。というよりか、面食らった。
「母さん、よかったね。おめでとう。ぼくもこれで安心できる。集中していろいろなことを学ぶことができる」
ケンはわたしをハグし、それからルーカスをハグした。
わたしの最愛の息子は、わたしが考えている以上にしっかり者のようだ。
いいえ。わたしたちの最愛の息子、ね。
五年前、陛下に離縁されて追放されるまでの七日の間にぜったいにしたかったことは、ちゃんとかなった。そればかりか、願い以上のものを得ていたのだ。
そして、言葉は悪いけれどおまけまでついてきた。
ケンという宝を得たばかりか、こんなわたしを愛してくれる夫までできた。
これ以上、なにを望むことがあるのかしら?
五年前のわたしに教えてやりたい。示してやりたい。
『マコ、焦らなくても大丈夫よ。あなたのぜったいしたいことはちゃんとできるから。陛下からのいただく種は、五年の月日を経て育ち、立派な実になるから。結果オーライ。だから安心していいのよ』
そのように。
このさき、わたしたちはどうなるかわからない。過酷で悲惨な道を歩むことになることだけはわかっている。そのさきにあるもが、はたして生なのか死なのか。あるいは、悲惨な末路なのかしあわせなのか。
どのような将来を迎えることになっても、愛する息子と夫といっしょなら何も怖くはない。怖れることはない。
わたしたち親子、いいえ、家族の愛と絆さえあれば、どんなことだってできる。
いいえ。かならずややり遂げてみせる。
(了)
103
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました
ラム猫
恋愛
セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。
ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
※全部で四話になります。
婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
メリザンドの幸福
下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。
メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。
メリザンドは公爵家で幸せになれるのか?
小説家になろう様でも投稿しています。
蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。
婚約者を追いかけるのはやめました
カレイ
恋愛
公爵令嬢クレアは婚約者に振り向いて欲しかった。だから頑張って可愛くなれるように努力した。
しかし、きつい縦巻きロール、ゴリゴリに巻いた髪、匂いの強い香水、婚約者に愛されたいがためにやったことは、全て侍女たちが嘘をついてクロアにやらせていることだった。
でも前世の記憶を取り戻した今は違う。髪もメイクもそのままで十分。今さら手のひら返しをしてきた婚約者にももう興味ありません。
「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載しております。
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる