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「一目惚れだったんだ」
彼は、美貌を近づけてきた。
キラキラすぎて目がくらみそうになる。
「王宮の謁見の間できみの父親たちと交渉していたとき、謁見の間の片隅にいるきみを見つけた。あのとき、きみは怯えていた。それだけじゃない。孤独で寂しそうでなによりはかなかった。ピンときたよ。きみは、おれと同じなのだと。そして、そう感じた瞬間、戦争や政争に明け暮れていたおれの心が震えた。震え、ついには怖くなってきた。きみをここで助けなければ、いまきみをどうにかしないと、きみは死んでしまうと予感した。だから、おれが守らなければならない。そして、おれが愛さなければならない。そう強く確信した。そうなるといてもたってもいられなくなり、会見中に将軍にこっそり進言した。きみを人質にして本国に送れば、将軍の手柄となるだろうとね。欲だけのバカな将軍は、そんなくだらないおれの進言を鵜呑みにし、まんまとのったわけだ」
「はぁ……」
あまりの展開に、「はぁ」以外に反応しようがあるだろうか。
「マコ。きみとケンを見つけるのに時間がかかってしまい、ほんとうに悪かったと思っている。しかし、マクラウド司祭からこの町でしあわせに暮らしているのだと聞かされた。じつは、彼はおれの名付け親なんだ。驚いたよ。これは、神が導いてくれたんだとね。偶然ではなく必然だったんだとつくづく思ったよ」
「わたしとケンを拾ってもらって以来お世話になっているジョーイとライラ同様、司祭様にもお世話になっているの。あなたの言う通り、神のお導きだったのかもしれない」
そこまで信仰心があるわけではない。祖国にいたときから、神にたいして腹を立てたり恨んだりしたことはすくなくない。
しかし、わたしとケンがこの町にたどり着いてこうして生きながらえていること。そして、ルーカスはわずかな情報をもとにこの町にたどりついた。結果、わたしたちは出会えた。訂正。再会できた。これはもう神の導き以外のなにものでもない。
都合よすぎるけれど、いまなら神様を信じることができる。
「ケンは、他の子どもたちよりはるかに賢くて腕っぷしも強い。彼は、剣の素質がある。それから、参謀としての素質もね」
「ええ。でも、それだけじゃない。やさしく気遣い抜群で機転がきく。それから、正義感が強くて前向きで人の痛みをよく知っていて、さらには……」
ケンはいいところがありすぎる。だから、ひとつひとつ挙げるのが大変。
「ブハッ!」
一生懸命ケンのいいところを挙げている途中で、ルーカスが盛大にふきだした。
「マコ、きみはほんとうに親バカだな」
「悪かったわね。ケンは、あんなに可愛いんですもの。親バカにならざるをえないわ」
「そうだな。きっとおれもそうなるんだろうな」
「なんですって? というか、ケンのことを褒めてどうするつもりなの?」
「きみとケンに会うまでは、もしも会ったらテムス国に逃げようと考えていた。じつは、今回のことがなくても、国王からきみを奪い去って逃げるつもりだった。まったく関係のないテムス国に、潜伏先や仲介人の確保をして準備万端にしているんだ」
「なんですって?」
驚くのも飽きてきた。
「しかし、きみたちに、いや、ケンに会って気がかわった。このまま一生逃げ隠れし、つねに身の危険に怯えながら暮らすより、いっそ攻めた方がいいのではないか、と。まだ幼いが、ケンにはその資質がありそうだ。もちろん、資格もある。ケンは、あのろくでなしの王子たちよりずっとずっといい政治を行える。それこそ、国民のための政治をおこなうことができる。マコ、そんな顔をするなよ。わかっている。くだらない政争に巻き込まれたくない。ケンを巻き込みたくない。きみのその気持ちは理解している。おれだって、できればそんな煩わしいことはごめんだ。いっそ見て見ぬふりをし、いっさいかかわりたくない。しかし、この国のおおくの人たちのことを考えれば、自分たちだけ平穏に暮らし、しあわせになるなんてことできるわけはない。違うかい?」
彼は、わたしの手を握ったまま熱心に語っている。
「もちろんケン本人に話しをし、本人がどうしたいのかによる。もっとも、それもまだ五歳では理解出来ないだろう。どうしたいかなどと迫る方がおかしいし、理不尽だ。ケンだけではない。マコ、きみの生活も一変してしまうことになる。もしも逃げずに戦うことを選択すれば、ジョーイとライラや司祭や町の人たちと別れなければならない。彼らに迷惑をかけることになるからだ」
「いいわ。わたしは、戦う。もちろん、ケンしだいだけど」
「な、なんだって?」
わたしの即答に、つぎはルーカスが驚く番だった。
「母さん」
そのとき、教会の大扉からケンが飛び出してこちらに駆けてきた。
授業が終ったのだ。
司祭様は、のんびり歩いてくる。
ケンが駆けよってくるまでに、ルーカスはわたしの手から自分の手を離していた。
彼は、美貌を近づけてきた。
キラキラすぎて目がくらみそうになる。
「王宮の謁見の間できみの父親たちと交渉していたとき、謁見の間の片隅にいるきみを見つけた。あのとき、きみは怯えていた。それだけじゃない。孤独で寂しそうでなによりはかなかった。ピンときたよ。きみは、おれと同じなのだと。そして、そう感じた瞬間、戦争や政争に明け暮れていたおれの心が震えた。震え、ついには怖くなってきた。きみをここで助けなければ、いまきみをどうにかしないと、きみは死んでしまうと予感した。だから、おれが守らなければならない。そして、おれが愛さなければならない。そう強く確信した。そうなるといてもたってもいられなくなり、会見中に将軍にこっそり進言した。きみを人質にして本国に送れば、将軍の手柄となるだろうとね。欲だけのバカな将軍は、そんなくだらないおれの進言を鵜呑みにし、まんまとのったわけだ」
「はぁ……」
あまりの展開に、「はぁ」以外に反応しようがあるだろうか。
「マコ。きみとケンを見つけるのに時間がかかってしまい、ほんとうに悪かったと思っている。しかし、マクラウド司祭からこの町でしあわせに暮らしているのだと聞かされた。じつは、彼はおれの名付け親なんだ。驚いたよ。これは、神が導いてくれたんだとね。偶然ではなく必然だったんだとつくづく思ったよ」
「わたしとケンを拾ってもらって以来お世話になっているジョーイとライラ同様、司祭様にもお世話になっているの。あなたの言う通り、神のお導きだったのかもしれない」
そこまで信仰心があるわけではない。祖国にいたときから、神にたいして腹を立てたり恨んだりしたことはすくなくない。
しかし、わたしとケンがこの町にたどり着いてこうして生きながらえていること。そして、ルーカスはわずかな情報をもとにこの町にたどりついた。結果、わたしたちは出会えた。訂正。再会できた。これはもう神の導き以外のなにものでもない。
都合よすぎるけれど、いまなら神様を信じることができる。
「ケンは、他の子どもたちよりはるかに賢くて腕っぷしも強い。彼は、剣の素質がある。それから、参謀としての素質もね」
「ええ。でも、それだけじゃない。やさしく気遣い抜群で機転がきく。それから、正義感が強くて前向きで人の痛みをよく知っていて、さらには……」
ケンはいいところがありすぎる。だから、ひとつひとつ挙げるのが大変。
「ブハッ!」
一生懸命ケンのいいところを挙げている途中で、ルーカスが盛大にふきだした。
「マコ、きみはほんとうに親バカだな」
「悪かったわね。ケンは、あんなに可愛いんですもの。親バカにならざるをえないわ」
「そうだな。きっとおれもそうなるんだろうな」
「なんですって? というか、ケンのことを褒めてどうするつもりなの?」
「きみとケンに会うまでは、もしも会ったらテムス国に逃げようと考えていた。じつは、今回のことがなくても、国王からきみを奪い去って逃げるつもりだった。まったく関係のないテムス国に、潜伏先や仲介人の確保をして準備万端にしているんだ」
「なんですって?」
驚くのも飽きてきた。
「しかし、きみたちに、いや、ケンに会って気がかわった。このまま一生逃げ隠れし、つねに身の危険に怯えながら暮らすより、いっそ攻めた方がいいのではないか、と。まだ幼いが、ケンにはその資質がありそうだ。もちろん、資格もある。ケンは、あのろくでなしの王子たちよりずっとずっといい政治を行える。それこそ、国民のための政治をおこなうことができる。マコ、そんな顔をするなよ。わかっている。くだらない政争に巻き込まれたくない。ケンを巻き込みたくない。きみのその気持ちは理解している。おれだって、できればそんな煩わしいことはごめんだ。いっそ見て見ぬふりをし、いっさいかかわりたくない。しかし、この国のおおくの人たちのことを考えれば、自分たちだけ平穏に暮らし、しあわせになるなんてことできるわけはない。違うかい?」
彼は、わたしの手を握ったまま熱心に語っている。
「もちろんケン本人に話しをし、本人がどうしたいのかによる。もっとも、それもまだ五歳では理解出来ないだろう。どうしたいかなどと迫る方がおかしいし、理不尽だ。ケンだけではない。マコ、きみの生活も一変してしまうことになる。もしも逃げずに戦うことを選択すれば、ジョーイとライラや司祭や町の人たちと別れなければならない。彼らに迷惑をかけることになるからだ」
「いいわ。わたしは、戦う。もちろん、ケンしだいだけど」
「な、なんだって?」
わたしの即答に、つぎはルーカスが驚く番だった。
「母さん」
そのとき、教会の大扉からケンが飛び出してこちらに駆けてきた。
授業が終ったのだ。
司祭様は、のんびり歩いてくる。
ケンが駆けよってくるまでに、ルーカスはわたしの手から自分の手を離していた。
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