婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの

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「予算半分で、公爵家の格を落とさずにパーティーを開く。……常識的に考えれば不可能ですね」

執務室のホワイトボードの前で、私は指示棒(教鞭)を叩いた。

目の前には、アイザック様と、選抜された「チーム・カルル(主要使用人たち)」が座っている。

全員、悲壮な顔をしていた。

「やはり、無理ですか……」

執事長が肩を落とす。

「いいえ。既存の『貴族の常識』でやるから無理なのです。思考の枠組み(パラダイム)を転換(シフト)させましょう」

私はホワイトボードに大きく文字を書いた。

『コンセプト:脱・成金趣味(ラスティック・ラグジュアリー)』

「成金……?」

アイザック様が首を傾げる。

「はい。これまでの公爵家のパーティーは、他国の高級食材や、派手な装飾品をこれでもかと並べる『足し算』の演出でした。金はかかりますが、古臭くて胃もたれします」

私はニヤリと笑った。

「今回は『引き算』でいきます。予算がないなら、ないことを『あえてやっている』ように見せかければいいのです。名付けて、『グラン・ノワールの自然と実りを愛する、洗練された大人のガーデンパーティー』です」

***

準備期間の三日間、屋敷は戦場と化した。

だが、それは悲壮感漂うものではなく、文化祭前夜のような熱気に包まれていた。

「花屋への発注はキャンセル! 庭師チーム、裏山の野草と、温室の剪定枝を集めて! それをガラス瓶に生けるだけでいいわ!」

「料理長! フォアグラとキャビアは却下! 代わりに領内の農家から、朝採れの野菜と、川魚、ジビエを買い付けて! 新鮮さが命よ!」

「楽団は呼ばないわ! 街の教会で歌っている聖歌隊の子供たちに声をかけて! 『天使の歌声』という演出にするの!」

私の指示が飛ぶたびに、使用人たちが「はいっ!」と走り回る。

アイザック様も、私の横で面白そうに腕を組んでいた。

「野草に、野菜に、子供の歌か。……随分と安上がりだな」

「原価率は通常の十分の一以下です。ですが、見ていてください。これが『化ける』瞬間を」

***

そして、運命のパーティー当日。

会場となる中庭には、カトリーヌ夫人と長老たちが、意地悪な笑みを浮かべて到着した。

「ほほほ! 見てごらん、あの地味な飾り付けを!」

夫人が扇子で会場を指差す。

そこには、金銀の燭台も、真紅の絨毯もなかった。

あるのは、白い麻のクロスがかけられたテーブルと、そこに飾られた可憐な野草やハーブのアレンジメント。

照明は高価な魔法ランプではなく、無数のキャンドルとランタンの柔らかな灯りだけ。

「貧乏くさいねぇ! まるで平民のピクニックじゃないか!」

長老たちも「これでは公爵家の恥だ」とヒソヒソ笑う。

招待客である近隣の貴族たちも、最初は戸惑った様子だった。

しかし。

「……あら? この香り、とても素敵じゃない?」

一人の令嬢が、テーブルのハーブに鼻を近づけた。

「ローズマリーとミント……清涼感があって、心が落ち着くわ」

「この照明も、なんだか幻想的だ。いつものギラギラした会場より、顔色が良く見えるぞ」

雰囲気が、少しずつ変わり始める。

そこへ、聖歌隊の子供たちによる、清らかなアカペラが響き渡った。

プロの楽団の技巧的な演奏とは違う、素朴で心洗われるハーモニー。

「まあ……可愛いわ」

「心が洗われるようだ……」

そして、メインディッシュの登場だ。

ワゴンで運ばれてきたのは、豪華な大皿料理ではなく、彩り豊かな野菜のテリーヌや、炭火で焼いた香ばしい川魚、そして新鮮なフルーツの盛り合わせだった。

「なんだこれは! 肉(ステーキ)はないのか!」

長老の一人が叫ぶ。

私はすかさずマイク(拡声魔道具)を握り、ステージに立った。

「皆様、本日はようこそお越しくださいました」

私の隣には、完璧なエスコートをするアイザック様が立っている。

「本日のテーマは『原点回帰』。我がグラン・ノワール領が誇る、豊かな自然の恵みをそのまま味わっていただく趣向でございます」

私は料理を指し示した。

「こちらは、今朝採れたばかりの『朝露野菜』。市場に出回る前の、最も味が濃い状態のものです。そしてお魚は、清流で育った『清流マス』。臭みは一切なく、身はふわふわです」

「へぇ……市場に出ない希少品か」

「都会の脂っこい料理に飽きていたところだ。こういうのが一番贅沢なんだよ」

貴族たちが料理に手を伸ばす。

「……美味しい!」

「なんて瑞々しいんだ!」

「この魚、絶品だぞ! ソースではなく、塩とハーブだけでこんなに旨いとは!」

会場のあちこちで感嘆の声が上がる。

最近の社交界では、健康志向(ヘルスケア)がブームになりつつあることを、私はリサーチ済みだった。

こってりしたフレンチフルコースよりも、オーガニックな料理の方が「意識が高い」と喜ばれるのだ。

「カトリーヌ様、いかがですか?」

私は呆然としている夫人の前に進み出た。

「予算が半分とのことでしたので、食材の『輸入費』と『輸送費』を全カットし、その分を素材の『鮮度』に投資しました」

「ぐ、ぐぬぬ……で、でも、こんなのただの田舎料理じゃないか!」

「おや、あちらをご覧ください」

私が視線を向けると、王都から招いた著名な美食家が、涙を流して野菜を食べていた。

「素晴らしい……! これこそが真の美食(ガストロノミー)だ! 素材への敬意、土地への愛を感じる!」

その一言で、勝負は決した。

周囲の貴族たちは「美食家先生が褒めているなら間違いない」「これが最新のトレンドなのだわ!」と、こぞって料理を称賛し始めた。

カトリーヌ夫人は顔を真っ赤にして、パクパクと口を開閉させている。

「さ、さらに!」

私は畳み掛ける。

「本日の料理に使われた野菜や魚、そしてテーブルに飾られたハーブ。これらは全て、来月から当領地が売り出す『新ブランド商品』でございます!」

「おおっ?」

「会場の出口にて、予約注文を受け付けております。本日ご成約の方には、特別割引を……」

私の言葉が終わるや否や、貴族たちが予約デスク(特設)に殺到した。

「私にもその野菜を!」

「ハーブの定期購入を頼む!」

「うちはレストランをやっているんだが、卸してくれないか!」

パーティー会場が、一瞬にして巨大な商談会場へと変貌した。

私は電卓を片手に、次々と注文をさばいていく。

「はい、毎月十ケースですね。ありがとうございます。……はい、契約書はこちらです」

その様子を見ていたアイザック様が、私の耳元で囁いた。

「……恐ろしいな、君は」

「褒め言葉として受け取ります」

「予算を半分に抑えるどころか、パーティーを開催して『黒字』を出すとは」

彼は呆れつつも、誇らしげに笑っていた。

「見ろ、長老たちの顔を」

視線の先では、長老たちが小さくなって震えていた。

彼らもまた、このパーティーの成功と、そこから生まれる莫大な利益を目の当たりにして、ぐうの音も出なくなっていたのだ。

ひと段落したところで、私はカトリーヌ夫人の前へ戻った。

「さて、夫人。約束通り、パーティーは成功させました。予算は半分どころか、三分の一で済みましたよ」

私はあえて「三分の一」という数字を強調した。

「残りの予算は、領内の孤児院への寄付に回させていただきます。公爵家の慈悲深さをアピールする、良い宣伝になりますので」

「……っ!」

夫人は悔しそうに扇子を握りしめた。

「……覚えておきなさい! 今回はまぐれよ! 次はこうはいかないからね!」

捨て台詞を吐いて、夫人は逃げるように会場を去っていった。

長老たちも、バツが悪そうにその後を追う。

「……勝利(ビクトリー)」

私は小さくガッツポーズをした。

「お疲れ様、カルル」

アイザック様が、シャンパングラスを二つ持ってきてくれた。

「乾杯しよう。俺の最強のパートナーに」

「ありがとうございます、ボス。……ですが、これはただの飲み物ではありませんね?」

「ああ。君が開発した『ハーブ入りスパークリングウォーター』だ。これも売るんだろう?」

「もちろんです。原価は水と草ですが、ボトルをお洒落にすれば金貨一枚で売れます」

「……あくどいな」

「商才と言ってください」

私たちはグラスを合わせた。

夜風に揺れるキャンドルの灯りの中で、パーティーの喧騒が心地よく響く。

「それにしても」

アイザック様が、周囲を見渡して呟いた。

「これほど美しいパーティーは初めてだ。……君の言う通り、金や宝石だけが豊かさではないんだな」

「ええ。知恵と工夫で、世界はいくらでも輝かせることができます」

「君自身が、一番の宝石だからな」

「……そのセリフ、売り文句に使えそうですね。『公爵も愛した輝き』とか」

私が照れ隠しに茶化すと、彼は「やれやれ」と笑って、私の肩を抱き寄せた。

こうして、公爵家親族との対決イベントも、私の圧勝で幕を閉じた。

領地の特産品ブランドも立ち上がり、財政はさらに潤うだろう。

すべては順風満帆。

――そう思っていた。

だが、私の「快進撃」が、遠い王都で新たな火種を生んでいることを、私はまだ知らなかった。

逃げ帰ったジェラール王太子が、最後の悪あがきとして、「あるとんでもない計画」を進めていたことを。
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