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「きゃああっ! 離してよ! 無礼者!」
静寂だった薔薇園が、一瞬にして騒音現場へと変わった。
執事たちをハンドバッグで殴打しながら乱入してきたのは、ピンクブロンドの髪を縦ロールにした、いかにも気が強そうな少女だ。
彼女は私たちのテーブルまで一直線に来ると、私を指差して叫んだ。
「貴女ね! お兄様を誑かした泥棒猫は!」
「……泥棒猫という呼称は不適切ですね」
私は冷静に紅茶のカップを置いた。
「私は正式な契約に基づき、ここに滞在しております。強いて言うなら『招き猫(黒字要因)』とお呼びください」
「はあ!? 何を訳の分からないことを!」
少女は真っ赤な顔で地団駄を踏んだ。
「私はリリアナ・フォン・ローズ! お兄様の従妹で、将来の婚約者候補筆頭よ! 貴女みたいな隣国の出戻り女に、お兄様の隣は似合わないわ!」
リリアナ嬢。
アイザック様の叔母様の娘で、子爵家の令嬢か。
以前からアイザック様に執着し、公爵邸に入り浸っては使用人たちを困らせていたという「要注意人物リスト(ブラックリスト)」の筆頭だ。
アイザック様が、心底面倒くさそうに溜息をついた。
「……リリアナ。勝手に入ってくるなと言ったはずだ。警備は何をしている」
「ひどいお兄様! 私という可愛い妹が会いに来たのに! こんな地味な眼鏡女のどこがいいのよ!」
リリアナ嬢は私を睨みつけた。
「見てよ、その色気のない格好! 宝石もつけてないし、化粧も薄いし! 公爵夫人としての品格がゼロじゃない!」
ふむ。
私の外見(スペック)に対する攻撃か。
私は眼鏡の位置を直し、手元のメモ帳を開いた。
「リリアナ様。ご指摘ありがとうございます。ですが、私の装いは『業務効率』と『機能美』を最優先しております」
「はあ? 言い訳しないで!」
「逆に、貴女の装いを分析させていただきましょう」
私は彼女の足元から頭までをスキャンするように視線を走らせた。
「まず、そのドレス。過剰なフリルとレースは可動域を制限し、歩行速度を30%低下させています。緊急時の避難に支障が出ますね」
「なっ……これは流行の最先端よ!」
「次に、その髪型。セットに毎朝二時間はかかっているでしょう。その時間は生産活動に充てられますか?」
「美しさのためなら当然よ!」
「そして、漂ってくる香水。ローズとムスクの配合バランスが悪く、トップノートが強すぎます。これでは周囲の人間、特に嗅覚の鋭いアイザック様には『悪臭』として認識されます」
「あ、あくしゅ……っ!?」
リリアナ嬢がショックでよろめく。
アイザック様が無言で頷き、ハンカチで鼻を押さえたのが決定打となったようだ。
「く、くっ……! 口が減らない女ね! でも、愛はお金や効率じゃないわ! お兄様と私は、幼い頃に結婚の約束をした仲なのよ!」
「……閣下、事実確認を」
私が視線を向けると、アイザック様は即答した。
「ない。五歳の時に『おままごと』で夫役をやらされただけだ。法的拘束力はない」
「だそうです」
「うわぁぁん! お兄様のばかぁ! 昔はあんなに優しかったのに、この女に毒されたのね!」
リリアナ嬢が泣きわめく。
典型的なヒステリーだ。
以前の使用人たちなら、おろおろと慰めるところだろう。
だが、今は違う。
周囲に控えていたメイドや執事たちが、氷のような冷ややかな目でリリアナ嬢を見ていた。
(私たちの女神カルル様を侮辱するとは……)
(旦那様との貴重な休憩時間を邪魔して……)
(あの方、以前来た時もカーペットを汚して謝りもしなかったわよね)
無言の圧力が、リリアナ嬢を取り囲む。
彼女はそれに気づき、怯えたように肩を震わせた。
「な、なによ……みんなして……」
「リリアナ様」
私は立ち上がり、彼女の目の前に立った。
身長差は私の方が頭一つ分高い。
「貴女は『愛』を語られましたが、公爵夫人という地位は、単なる愛玩動物(ペット)の席ではありません」
「な、なんですって……」
「領地経営、社交、屋敷の管理。これらを行う『共同経営者(パートナー)』としての能力が求められます」
私は懐から一枚の紙を取り出した。
「これは、貴女が公爵夫人になった場合の『維持費見積書』と『予想損失計算書』です」
「は……?」
「貴女の過去の浪費癖、ドレスや宝石への出費、癇癪による物品破損率、そして公務遂行能力の欠如。これらを総合的に試算した結果……」
私は紙を彼女の目の前に突きつけた。
「貴女を夫人に迎えた場合、年間で金貨五千枚の赤字が発生します。対して、貴女が生み出す利益はゼロ。いえ、精神的ストレスによる慰謝料を含めればマイナスです」
「き、きんかごせん……!?」
「つまり、貴女はアイザック様にとって『高コスト・低リターン』の極めてリスクの高い『不良債権』なのです」
「ふ、ふりょうさいけん……!」
リリアナ嬢の顔から血の気が引いていく。
「対して、私は現在、年間金貨一万枚以上の利益を生み出しております。どちらがパートナーとして相応しいか、数字は嘘をつきません」
「……っ!」
リリアナ嬢は反論しようと口を開いたが、言葉が出てこないようだった。
圧倒的な「数字」という暴力の前に、感情論は無力だ。
「さあ、ご理解いただけましたら、お引取りください。これ以上の滞在は『営業妨害』となります」
私がニッコリと微笑むと、それは死刑宣告のように見えたらしい。
「う……うわぁぁぁん!! お母様に言いつけてやるぅぅ!!」
リリアナ嬢は泣き叫びながら、脱兎のごとく逃げ出した。
その背中を見送りながら、私はやれやれと肩をすくめた。
「……分析終了。脅威レベル:低。対処時間:三分」
私が席に戻ると、アイザック様が感動した面持ちで拍手をしていた。
「ブラボー。見事だ、カルル」
「騒がしくて申し訳ありません、ボス。お茶が冷めてしまいましたね」
「構わない。極上のコメディを見せてもらった」
アイザック様は笑い、そして真剣な目で私を見た。
「『不良債権』か。言い得て妙だな。……だが、君は一つ計算を間違えているぞ」
「私が? 計算ミスですか?」
私が眼鏡を押さえると、彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「君が生み出している利益だ。金貨一万枚どころじゃない。俺の精神的安定(メンタルケア)を含めれば、その十倍の価値がある」
「……閣下。精神的価値の数値化は困難ですが、過大評価です」
「いいや、適正価格だ」
アイザック様は私の手を取り、指先にキスをした。
「ありがとう、カルル。君がいてくれて本当によかった」
「……仕事ですので」
私は赤くなる顔を隠すように、冷めた紅茶を啜った。
*
騒動はこれで終わりかと思われた。
しかし、リリアナ嬢はただの「先兵」に過ぎなかった。
数日後。
リリアナ嬢の母親であり、アイザック様の叔母にあたるカトリーヌ夫人が、怒り狂って屋敷に乗り込んできたのだ。
しかも、厄介なことに「公爵家の長老たち」を引き連れて。
「アイザック! どういうことだい! リリアナを泣かせて追い返すなんて!」
応接室で、派手な扇子を持った中年女性が叫ぶ。
その後ろには、白ひげを生やした頑固そうな老人たちが、厳しい顔で並んでいた。
公爵家の親族会議。
もっとも面倒くさいイベントの発生である。
「叔母上。リリアナが無礼を働いたので、事実を伝えたまでです」
アイザック様が冷淡に答えるが、カトリーヌ夫人は引かない。
「事実だって!? 『不良債権』だなんて、貴族の令嬢に向かって言う言葉かい! それに、なんだいその女は!」
夫人の矛先が、隣に控えていた私に向く。
「隣国の、婚約破棄された傷物を拾ってきたそうじゃないか! しかも、家政を牛耳って好き勝手していると聞いているよ!」
「訂正を。好き勝手ではなく、業務改善です」
私が口を挟むと、夫人はキーッと金切り声を上げた。
「口答えするんじゃないよ! 長老の皆様、聞いてください! この女はアイゼン家のスパイかもしれませんぞ! 公爵家のお金を横領しているという噂もあります!」
根も葉もない噂だ。
しかし、保守的な長老たちは、眉をひそめて私を見ていた。
「ふむ……確かに、他国の者を安易に信用するのは危険じゃな」
「家計を握らせているというのは本当か? アイザック殿」
「公爵家の伝統を壊されては困る」
彼らは「変化」を嫌う生き物だ。
私の改革が、彼らにとっては「伝統の破壊」に見えるのだろう。
「そこでだ、アイザック」
長老の一人が、重々しく告げた。
「この女の能力とやらが本物か、我々が試させてもらう」
「試す?」
アイザック様の目が剣呑に細まる。
「うむ。来週、公爵領の『社交パーティー』があるな。そこで、この女に主催を取り仕切らせよ。予算は通常の半分。準備期間は三日。それで完璧なパーティーを開催できれば、認めてやろう」
「なっ……半分!? しかも三日だと!?」
アイザック様が激昂して立ち上がろうとする。
通常、パーティーの準備には一ヶ月はかかる。予算半分など、粗末な茶会しか開けない。
明らかに、私を失敗させて追い出すための無理難題だ。
カトリーヌ夫人が勝ち誇ったように笑う。
「おや、できないのかい? 『有能』なんだろう? できなければ、即刻この屋敷から出て行ってもらうよ。そして、リリアナを正妻に迎えるんだね!」
アイザック様が反論しようとした時。
私は一歩前に出て、パンと手を叩いた。
「……面白い」
「は?」
全員の視線が私に集まる。
私は眼鏡の奥で、冷徹かつ不敵な光を宿した瞳で彼らを見回した。
「その挑戦(オファー)、お受けいたします」
「カ、カルル!?」
「予算半分? 三日? 結構です。むしろ余らせてみせましょう」
私はカトリーヌ夫人に顔を近づけた。
「ただし、私が成功した暁には、今後一切、私の業務に口出ししないこと。そしてリリアナ様には、公爵邸への『出入り禁止』を命じます。よろしいですね?」
「ふん! できるものならやってみな! 大恥をかかせてやるよ!」
夫人は扇子を鳴らし、長老たちと共に部屋を出て行った。
嵐が去った応接室で、アイザック様が頭を抱えた。
「……カルル、無茶だ。予算半分で公爵家のパーティーなんて、水とパンしか出せないぞ」
「閣下。私を誰だと思っていますか?」
私は手帳を取り出し、すでに計算を始めていた。
「私は『無駄を削る』プロですが、『価値を生み出す』プロでもあります。見ていてください。彼らの度肝を抜く、史上最高にコストパフォーマンスの良いパーティーを見せて差し上げます」
私の闘志に火がついた。
無理難題こそ、私の大好物(餌)だ。
こうして、私の「公爵家親族・完全論破プロジェクト」が始動したのである。
静寂だった薔薇園が、一瞬にして騒音現場へと変わった。
執事たちをハンドバッグで殴打しながら乱入してきたのは、ピンクブロンドの髪を縦ロールにした、いかにも気が強そうな少女だ。
彼女は私たちのテーブルまで一直線に来ると、私を指差して叫んだ。
「貴女ね! お兄様を誑かした泥棒猫は!」
「……泥棒猫という呼称は不適切ですね」
私は冷静に紅茶のカップを置いた。
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「はあ!? 何を訳の分からないことを!」
少女は真っ赤な顔で地団駄を踏んだ。
「私はリリアナ・フォン・ローズ! お兄様の従妹で、将来の婚約者候補筆頭よ! 貴女みたいな隣国の出戻り女に、お兄様の隣は似合わないわ!」
リリアナ嬢。
アイザック様の叔母様の娘で、子爵家の令嬢か。
以前からアイザック様に執着し、公爵邸に入り浸っては使用人たちを困らせていたという「要注意人物リスト(ブラックリスト)」の筆頭だ。
アイザック様が、心底面倒くさそうに溜息をついた。
「……リリアナ。勝手に入ってくるなと言ったはずだ。警備は何をしている」
「ひどいお兄様! 私という可愛い妹が会いに来たのに! こんな地味な眼鏡女のどこがいいのよ!」
リリアナ嬢は私を睨みつけた。
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ふむ。
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「リリアナ様。ご指摘ありがとうございます。ですが、私の装いは『業務効率』と『機能美』を最優先しております」
「はあ? 言い訳しないで!」
「逆に、貴女の装いを分析させていただきましょう」
私は彼女の足元から頭までをスキャンするように視線を走らせた。
「まず、そのドレス。過剰なフリルとレースは可動域を制限し、歩行速度を30%低下させています。緊急時の避難に支障が出ますね」
「なっ……これは流行の最先端よ!」
「次に、その髪型。セットに毎朝二時間はかかっているでしょう。その時間は生産活動に充てられますか?」
「美しさのためなら当然よ!」
「そして、漂ってくる香水。ローズとムスクの配合バランスが悪く、トップノートが強すぎます。これでは周囲の人間、特に嗅覚の鋭いアイザック様には『悪臭』として認識されます」
「あ、あくしゅ……っ!?」
リリアナ嬢がショックでよろめく。
アイザック様が無言で頷き、ハンカチで鼻を押さえたのが決定打となったようだ。
「く、くっ……! 口が減らない女ね! でも、愛はお金や効率じゃないわ! お兄様と私は、幼い頃に結婚の約束をした仲なのよ!」
「……閣下、事実確認を」
私が視線を向けると、アイザック様は即答した。
「ない。五歳の時に『おままごと』で夫役をやらされただけだ。法的拘束力はない」
「だそうです」
「うわぁぁん! お兄様のばかぁ! 昔はあんなに優しかったのに、この女に毒されたのね!」
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典型的なヒステリーだ。
以前の使用人たちなら、おろおろと慰めるところだろう。
だが、今は違う。
周囲に控えていたメイドや執事たちが、氷のような冷ややかな目でリリアナ嬢を見ていた。
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無言の圧力が、リリアナ嬢を取り囲む。
彼女はそれに気づき、怯えたように肩を震わせた。
「な、なによ……みんなして……」
「リリアナ様」
私は立ち上がり、彼女の目の前に立った。
身長差は私の方が頭一つ分高い。
「貴女は『愛』を語られましたが、公爵夫人という地位は、単なる愛玩動物(ペット)の席ではありません」
「な、なんですって……」
「領地経営、社交、屋敷の管理。これらを行う『共同経営者(パートナー)』としての能力が求められます」
私は懐から一枚の紙を取り出した。
「これは、貴女が公爵夫人になった場合の『維持費見積書』と『予想損失計算書』です」
「は……?」
「貴女の過去の浪費癖、ドレスや宝石への出費、癇癪による物品破損率、そして公務遂行能力の欠如。これらを総合的に試算した結果……」
私は紙を彼女の目の前に突きつけた。
「貴女を夫人に迎えた場合、年間で金貨五千枚の赤字が発生します。対して、貴女が生み出す利益はゼロ。いえ、精神的ストレスによる慰謝料を含めればマイナスです」
「き、きんかごせん……!?」
「つまり、貴女はアイザック様にとって『高コスト・低リターン』の極めてリスクの高い『不良債権』なのです」
「ふ、ふりょうさいけん……!」
リリアナ嬢の顔から血の気が引いていく。
「対して、私は現在、年間金貨一万枚以上の利益を生み出しております。どちらがパートナーとして相応しいか、数字は嘘をつきません」
「……っ!」
リリアナ嬢は反論しようと口を開いたが、言葉が出てこないようだった。
圧倒的な「数字」という暴力の前に、感情論は無力だ。
「さあ、ご理解いただけましたら、お引取りください。これ以上の滞在は『営業妨害』となります」
私がニッコリと微笑むと、それは死刑宣告のように見えたらしい。
「う……うわぁぁぁん!! お母様に言いつけてやるぅぅ!!」
リリアナ嬢は泣き叫びながら、脱兎のごとく逃げ出した。
その背中を見送りながら、私はやれやれと肩をすくめた。
「……分析終了。脅威レベル:低。対処時間:三分」
私が席に戻ると、アイザック様が感動した面持ちで拍手をしていた。
「ブラボー。見事だ、カルル」
「騒がしくて申し訳ありません、ボス。お茶が冷めてしまいましたね」
「構わない。極上のコメディを見せてもらった」
アイザック様は笑い、そして真剣な目で私を見た。
「『不良債権』か。言い得て妙だな。……だが、君は一つ計算を間違えているぞ」
「私が? 計算ミスですか?」
私が眼鏡を押さえると、彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「君が生み出している利益だ。金貨一万枚どころじゃない。俺の精神的安定(メンタルケア)を含めれば、その十倍の価値がある」
「……閣下。精神的価値の数値化は困難ですが、過大評価です」
「いいや、適正価格だ」
アイザック様は私の手を取り、指先にキスをした。
「ありがとう、カルル。君がいてくれて本当によかった」
「……仕事ですので」
私は赤くなる顔を隠すように、冷めた紅茶を啜った。
*
騒動はこれで終わりかと思われた。
しかし、リリアナ嬢はただの「先兵」に過ぎなかった。
数日後。
リリアナ嬢の母親であり、アイザック様の叔母にあたるカトリーヌ夫人が、怒り狂って屋敷に乗り込んできたのだ。
しかも、厄介なことに「公爵家の長老たち」を引き連れて。
「アイザック! どういうことだい! リリアナを泣かせて追い返すなんて!」
応接室で、派手な扇子を持った中年女性が叫ぶ。
その後ろには、白ひげを生やした頑固そうな老人たちが、厳しい顔で並んでいた。
公爵家の親族会議。
もっとも面倒くさいイベントの発生である。
「叔母上。リリアナが無礼を働いたので、事実を伝えたまでです」
アイザック様が冷淡に答えるが、カトリーヌ夫人は引かない。
「事実だって!? 『不良債権』だなんて、貴族の令嬢に向かって言う言葉かい! それに、なんだいその女は!」
夫人の矛先が、隣に控えていた私に向く。
「隣国の、婚約破棄された傷物を拾ってきたそうじゃないか! しかも、家政を牛耳って好き勝手していると聞いているよ!」
「訂正を。好き勝手ではなく、業務改善です」
私が口を挟むと、夫人はキーッと金切り声を上げた。
「口答えするんじゃないよ! 長老の皆様、聞いてください! この女はアイゼン家のスパイかもしれませんぞ! 公爵家のお金を横領しているという噂もあります!」
根も葉もない噂だ。
しかし、保守的な長老たちは、眉をひそめて私を見ていた。
「ふむ……確かに、他国の者を安易に信用するのは危険じゃな」
「家計を握らせているというのは本当か? アイザック殿」
「公爵家の伝統を壊されては困る」
彼らは「変化」を嫌う生き物だ。
私の改革が、彼らにとっては「伝統の破壊」に見えるのだろう。
「そこでだ、アイザック」
長老の一人が、重々しく告げた。
「この女の能力とやらが本物か、我々が試させてもらう」
「試す?」
アイザック様の目が剣呑に細まる。
「うむ。来週、公爵領の『社交パーティー』があるな。そこで、この女に主催を取り仕切らせよ。予算は通常の半分。準備期間は三日。それで完璧なパーティーを開催できれば、認めてやろう」
「なっ……半分!? しかも三日だと!?」
アイザック様が激昂して立ち上がろうとする。
通常、パーティーの準備には一ヶ月はかかる。予算半分など、粗末な茶会しか開けない。
明らかに、私を失敗させて追い出すための無理難題だ。
カトリーヌ夫人が勝ち誇ったように笑う。
「おや、できないのかい? 『有能』なんだろう? できなければ、即刻この屋敷から出て行ってもらうよ。そして、リリアナを正妻に迎えるんだね!」
アイザック様が反論しようとした時。
私は一歩前に出て、パンと手を叩いた。
「……面白い」
「は?」
全員の視線が私に集まる。
私は眼鏡の奥で、冷徹かつ不敵な光を宿した瞳で彼らを見回した。
「その挑戦(オファー)、お受けいたします」
「カ、カルル!?」
「予算半分? 三日? 結構です。むしろ余らせてみせましょう」
私はカトリーヌ夫人に顔を近づけた。
「ただし、私が成功した暁には、今後一切、私の業務に口出ししないこと。そしてリリアナ様には、公爵邸への『出入り禁止』を命じます。よろしいですね?」
「ふん! できるものならやってみな! 大恥をかかせてやるよ!」
夫人は扇子を鳴らし、長老たちと共に部屋を出て行った。
嵐が去った応接室で、アイザック様が頭を抱えた。
「……カルル、無茶だ。予算半分で公爵家のパーティーなんて、水とパンしか出せないぞ」
「閣下。私を誰だと思っていますか?」
私は手帳を取り出し、すでに計算を始めていた。
「私は『無駄を削る』プロですが、『価値を生み出す』プロでもあります。見ていてください。彼らの度肝を抜く、史上最高にコストパフォーマンスの良いパーティーを見せて差し上げます」
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