10 / 28
10
しおりを挟む
「……で、昨日の手紙はなんと?」
翌朝の執務室。
アイザック様が、羽ペンを走らせながら尋ねてきた。
私は手元の書類を分類しながら、淡々と答える。
「実家の父からです。『家計が火の車だ。今すぐ戻って帳簿を直せ。これは父としての命令だ』とのことでした」
「ふん、虫のいい話だな。で、どうした?」
「返信はすでに発送済みです。『コンサルティング契約のご案内』を同封しました。基本料金は金貨一千枚、実務着手金は別途見積もり、なお未払い給与の精算が完了するまで業務は開始しない、と」
「くくっ……金貨一千枚か。あの守銭奴の父親が泡を吹いて倒れる姿が目に浮かぶ」
アイザック様は楽しそうに喉を鳴らした。
「ま、当然の対応だ。君はもう我が領地の重要資産(コア・システム)だ。あんな泥舟に返すつもりはない」
「『資産』としての減価償却期間が終わるまでは、こき使うおつもりで?」
「いいや。価値が上がり続けるなら、永久保有だ」
さらりと殺し文句(プロポーズに近い発言)を吐くボスに、私は眉をひそめた。
「……閣下。そのような歯の浮くようなセリフは、社交界のご令嬢相手にお使いください。私には『特別ボーナス支給』と言っていただいた方が心拍数が上がります」
「君は本当に可愛げがないな。そこがいいんだが」
私たちは軽口を叩きながらも、手は一度も止めていなかった。
今日の業務は、領内全土から集められた「秋の収穫祭」に関する予算申請と、警備計画の策定だ。
通常、文官十人がかりで一週間かかる分量である。
だが、今の私たちには「準備運動」にもならない。
シャッ、シャッ、シャッ。
静寂な執務室に、紙が擦れる音とペンの音だけが、小気味よいリズムで響く。
「カルル、南地区の警備兵増員申請。どう思う?」
「却下です。昨年のデータによれば、南地区の来場者数は減少傾向。現行の人員で十分対応可能。代わりに、混雑が予想される中央広場に人員をシフトすべきです」
「同感だ。では、浮いた予算は?」
「救護テントの拡充と、迷子センターの設置に回します。昨年のトラブル件数のワースト1は『迷子』ですので」
「採用」
会話のキャッチボールすら、最小限の単語で成立する。
思考回路が直結しているかのような感覚。
私が「あ」と言えば、アイザック様は「うん」と頷いて承認印を押す。
彼が眉をひそめれば、私は即座に補足資料を差し出す。
(……快適ですね)
私は認めざるを得なかった。
王太子ジェラール殿下との仕事は、まるで泥沼の中を歩くようなストレスの連続だった。
いちいち説明し、説得し、尻を叩き、それでも間違った方向へ走ろうとする彼を必死で引き止める日々。
それに比べて、アイザック様との仕事は、整備された高速道路をスポーツカーで駆け抜けるような爽快感がある。
「……よし、ラスト!」
アイザック様が最後の一枚にサインをし、ペンを置いた。
私も同時に、承認済み書類の束をトントンと揃えた。
時計を見る。
「……十四時三十分。予定より三時間前倒し(巻いた)ですね」
「最高記録更新だな。我ながら恐ろしい処理能力だ」
アイザック様が背伸びをして、凝り固まった筋肉をほぐす。
「どうする? 時間が空いたな」
「そうですね。次の四半期の予算案に手を付けてもいいですが……」
私が次の書類の山に手を伸ばそうとすると、アイザック様がそれを制した。
「待て待て。働きすぎだ。君の『労働環境改善計画』に反するぞ。休息も業務のうちだろう?」
「……正論です。反論の余地がありません」
私は手を引っ込めた。
確かに、ここで根を詰めては、せっかくの効率化の意味がない。
「では、休憩(ティーブレイク)にしましょう。お茶を淹れます」
「いや、今日はいい天気だ。庭に出よう」
アイザック様は立ち上がり、窓を開け放った。
秋晴れの爽やかな風が吹き込んでくる。
「少し、君とゆっくり話がしたかったんだ。数字の話以外でな」
***
公爵邸の庭園は、美しく手入れされていた。
以前は荒れ放題だったらしいが、私の業務改善の一環で、庭師たちがやる気を出した結果、見事な薔薇園が復活している。
私たちはガゼボ(西洋風の東屋)に腰を下ろした。
メイドが運んできた紅茶とスコーンを前に、穏やかな時間が流れる。
「……静かですね」
「ああ。君が来る前は、この庭に出るのも億劫だった。どこにいても仕事のことが頭から離れなくてな」
アイザック様は紅茶のカップを揺らしながら、遠い目をした。
「俺は、十代の頃に父を亡くして公爵位を継いだ。周りは敵だらけ、領地は借金まみれ。生き残るために、心を凍らせて『氷の公爵』になりきるしかなかった」
ふと漏らされた、彼の過去。
普段の傲岸不遜な態度からは想像できない、弱音のような言葉。
「感情を殺し、利益だけを追求する。それが俺の生存戦略だった。……だが、時々思うんだ。俺は人間として、何か大事な機能を欠落させてしまったんじゃないかと」
彼は自嘲気味に笑った。
「だから、君を見た時、衝撃を受けたんだ」
「私、ですか?」
「ああ。君は俺と同じように、徹底的な合理主義者だ。だが、君は冷たくない」
アイザック様が私の方を向き、真っ直ぐに瞳を覗き込んできた。
「君の合理性には、芯に『愛』がある。王太子への請求も、使用人への改革も、結局は誰かを守るため、良くするための行動だ。君は、俺が失くしたものを全部持っている」
「……買い被りです」
私は動揺を隠すために、スコーンを口に放り込んだ。
「私はただ、損をするのが嫌いなだけです。非効率な不幸が許せないだけです」
「それを世間では『優しさ』と呼ぶんだよ、カルル」
アイザック様が手を伸ばし、私の口元についたスコーンの粉を親指で拭った。
「ッ……!?」
不意打ちの接触。
私の思考回路がショートする。
心拍数が急上昇。
顔面温度が上昇。
エラー、エラー、エラー。
「……か、閣下。衛生的に問題があります。ハンカチをお使いください」
「はは、照れると早口になる癖、可愛いな」
彼は楽しそうに笑い、拭った指を――あろうことか、自分の口で舐めた。
ボッッッ!!
私は湯沸かし器のように顔を真っ赤にした。
「こ、こ、行動の意味が不明です! それはセクハラに該当します! 訴訟リスクを考慮してください!」
「俺の婚約者だろう? これくらいは『福利厚生』の範囲内だ」
「契約書には記載されておりません!」
私が必死に抗議すると、アイザック様は満足げに目を細めた。
「カルル。君には敵わないな。仕事では完璧なのに、こういう時は隙だらけだ」
「……隙ではありません。バグです」
私はそっぽを向いて、紅茶を煽った。
(危険です。この男は、非常に危険です)
私の堅牢なファイアウォール(心の壁)を、いとも簡単に突破してくる。
王太子のように馬鹿なら対処も容易だが、この人は有能で、顔が良くて、その上でこうやって真正面から好意をぶつけてくる。
対処マニュアルが存在しない。
「……ところで、カルル」
アイザック様が少し声を潜めた。
「ん? なんでしょう」
「実は、君に相談したい『弱点』があるんだ」
「弱点? 閣下に?」
あの完璧超人の氷の公爵に、弱点などあるのだろうか。
私は興味を惹かれて身を乗り出した。
「はい。コンサルタントとして伺いましょう。一体何が?」
「……実は、甘いものが止められないんだ」
「は?」
「特に、君が改革した厨房が作る『特製プリン』。あれが美味すぎて、毎晩こっそり二個食べている」
アイザック様は真剣な顔で告白した。
「おかげで、最近ウエストがきつい。……どうすればいい? 運動時間を捻出すべきか、それともプリンを禁止リストに入れるべきか」
「…………」
私は力が抜けて、ガクッと肩を落とした。
なんて平和な悩みだ。
そして、なんて――可愛い人なんだろう。
「……却下です。プリン禁止はストレス要因となり、業務効率を下げます」
「む、そうか?」
「ええ。その代わり、私が毎朝の散歩にお付き合いします。二人で歩けば、カロリー消費と健康増進、ついでに領内の視察もできて一石三鳥です」
私が提案すると、アイザック様はパッと顔を輝かせた。
「名案だ! さすがカルル。君は俺の救世主だ」
「大袈裟です」
私たちは顔を見合わせて笑った。
秋の風が心地よく吹き抜ける。
仕事のパートナーとして、そして少しずつ、それ以上の存在として。
私たちの距離は、確実に縮まっていた。
――と、そんな穏やかな空気を引き裂くように、庭園の入り口から騒がしい声が聞こえてきた。
「ここね! ここにお兄様をたぶらかした泥棒猫がいるのね!」
「ちょっと! 勝手に入らないでください!」
執事たちの制止を振り切って、派手なドレスを着た少女がドカドカと庭に入ってくる。
「……あちゃあ」
アイザック様が額を押さえた。
「……厄介なのが来たな」
「どなたですか? データベースに該当者がいませんが」
「俺の従妹(いとこ)だ。昔から俺に執着していてな……『お兄様のお嫁さんになるのは私!』と言って聞かないんだ」
なるほど。
「身内枠」のライバル登場というわけか。
私は眼鏡の位置を直し、戦闘モード(ビジネスライク)へと切り替えた。
「想定の範囲内です、ボス。親族トラブル対応オプション、追加しておきますね」
「頼もしいよ。……手加減してやってくれ」
私が立ち上がると、少女がこちらを睨みつけて叫んだ。
「貴女ね! 隣国から来た出戻り令嬢って! お兄様から離れなさいよ、この貧乏神!」
ふむ。
語彙力は王太子の元婚約者(ミナ嬢)よりはマシだが、品性は同レベルのようだ。
私は優雅に微笑み、一歩前に出た。
「ごきげんよう。貧乏神ではなく、『福の神(黒字請負人)』のカルルです。ご予約のない面会はお断りしておりますが?」
新たな「害虫駆除」業務の開始である。
翌朝の執務室。
アイザック様が、羽ペンを走らせながら尋ねてきた。
私は手元の書類を分類しながら、淡々と答える。
「実家の父からです。『家計が火の車だ。今すぐ戻って帳簿を直せ。これは父としての命令だ』とのことでした」
「ふん、虫のいい話だな。で、どうした?」
「返信はすでに発送済みです。『コンサルティング契約のご案内』を同封しました。基本料金は金貨一千枚、実務着手金は別途見積もり、なお未払い給与の精算が完了するまで業務は開始しない、と」
「くくっ……金貨一千枚か。あの守銭奴の父親が泡を吹いて倒れる姿が目に浮かぶ」
アイザック様は楽しそうに喉を鳴らした。
「ま、当然の対応だ。君はもう我が領地の重要資産(コア・システム)だ。あんな泥舟に返すつもりはない」
「『資産』としての減価償却期間が終わるまでは、こき使うおつもりで?」
「いいや。価値が上がり続けるなら、永久保有だ」
さらりと殺し文句(プロポーズに近い発言)を吐くボスに、私は眉をひそめた。
「……閣下。そのような歯の浮くようなセリフは、社交界のご令嬢相手にお使いください。私には『特別ボーナス支給』と言っていただいた方が心拍数が上がります」
「君は本当に可愛げがないな。そこがいいんだが」
私たちは軽口を叩きながらも、手は一度も止めていなかった。
今日の業務は、領内全土から集められた「秋の収穫祭」に関する予算申請と、警備計画の策定だ。
通常、文官十人がかりで一週間かかる分量である。
だが、今の私たちには「準備運動」にもならない。
シャッ、シャッ、シャッ。
静寂な執務室に、紙が擦れる音とペンの音だけが、小気味よいリズムで響く。
「カルル、南地区の警備兵増員申請。どう思う?」
「却下です。昨年のデータによれば、南地区の来場者数は減少傾向。現行の人員で十分対応可能。代わりに、混雑が予想される中央広場に人員をシフトすべきです」
「同感だ。では、浮いた予算は?」
「救護テントの拡充と、迷子センターの設置に回します。昨年のトラブル件数のワースト1は『迷子』ですので」
「採用」
会話のキャッチボールすら、最小限の単語で成立する。
思考回路が直結しているかのような感覚。
私が「あ」と言えば、アイザック様は「うん」と頷いて承認印を押す。
彼が眉をひそめれば、私は即座に補足資料を差し出す。
(……快適ですね)
私は認めざるを得なかった。
王太子ジェラール殿下との仕事は、まるで泥沼の中を歩くようなストレスの連続だった。
いちいち説明し、説得し、尻を叩き、それでも間違った方向へ走ろうとする彼を必死で引き止める日々。
それに比べて、アイザック様との仕事は、整備された高速道路をスポーツカーで駆け抜けるような爽快感がある。
「……よし、ラスト!」
アイザック様が最後の一枚にサインをし、ペンを置いた。
私も同時に、承認済み書類の束をトントンと揃えた。
時計を見る。
「……十四時三十分。予定より三時間前倒し(巻いた)ですね」
「最高記録更新だな。我ながら恐ろしい処理能力だ」
アイザック様が背伸びをして、凝り固まった筋肉をほぐす。
「どうする? 時間が空いたな」
「そうですね。次の四半期の予算案に手を付けてもいいですが……」
私が次の書類の山に手を伸ばそうとすると、アイザック様がそれを制した。
「待て待て。働きすぎだ。君の『労働環境改善計画』に反するぞ。休息も業務のうちだろう?」
「……正論です。反論の余地がありません」
私は手を引っ込めた。
確かに、ここで根を詰めては、せっかくの効率化の意味がない。
「では、休憩(ティーブレイク)にしましょう。お茶を淹れます」
「いや、今日はいい天気だ。庭に出よう」
アイザック様は立ち上がり、窓を開け放った。
秋晴れの爽やかな風が吹き込んでくる。
「少し、君とゆっくり話がしたかったんだ。数字の話以外でな」
***
公爵邸の庭園は、美しく手入れされていた。
以前は荒れ放題だったらしいが、私の業務改善の一環で、庭師たちがやる気を出した結果、見事な薔薇園が復活している。
私たちはガゼボ(西洋風の東屋)に腰を下ろした。
メイドが運んできた紅茶とスコーンを前に、穏やかな時間が流れる。
「……静かですね」
「ああ。君が来る前は、この庭に出るのも億劫だった。どこにいても仕事のことが頭から離れなくてな」
アイザック様は紅茶のカップを揺らしながら、遠い目をした。
「俺は、十代の頃に父を亡くして公爵位を継いだ。周りは敵だらけ、領地は借金まみれ。生き残るために、心を凍らせて『氷の公爵』になりきるしかなかった」
ふと漏らされた、彼の過去。
普段の傲岸不遜な態度からは想像できない、弱音のような言葉。
「感情を殺し、利益だけを追求する。それが俺の生存戦略だった。……だが、時々思うんだ。俺は人間として、何か大事な機能を欠落させてしまったんじゃないかと」
彼は自嘲気味に笑った。
「だから、君を見た時、衝撃を受けたんだ」
「私、ですか?」
「ああ。君は俺と同じように、徹底的な合理主義者だ。だが、君は冷たくない」
アイザック様が私の方を向き、真っ直ぐに瞳を覗き込んできた。
「君の合理性には、芯に『愛』がある。王太子への請求も、使用人への改革も、結局は誰かを守るため、良くするための行動だ。君は、俺が失くしたものを全部持っている」
「……買い被りです」
私は動揺を隠すために、スコーンを口に放り込んだ。
「私はただ、損をするのが嫌いなだけです。非効率な不幸が許せないだけです」
「それを世間では『優しさ』と呼ぶんだよ、カルル」
アイザック様が手を伸ばし、私の口元についたスコーンの粉を親指で拭った。
「ッ……!?」
不意打ちの接触。
私の思考回路がショートする。
心拍数が急上昇。
顔面温度が上昇。
エラー、エラー、エラー。
「……か、閣下。衛生的に問題があります。ハンカチをお使いください」
「はは、照れると早口になる癖、可愛いな」
彼は楽しそうに笑い、拭った指を――あろうことか、自分の口で舐めた。
ボッッッ!!
私は湯沸かし器のように顔を真っ赤にした。
「こ、こ、行動の意味が不明です! それはセクハラに該当します! 訴訟リスクを考慮してください!」
「俺の婚約者だろう? これくらいは『福利厚生』の範囲内だ」
「契約書には記載されておりません!」
私が必死に抗議すると、アイザック様は満足げに目を細めた。
「カルル。君には敵わないな。仕事では完璧なのに、こういう時は隙だらけだ」
「……隙ではありません。バグです」
私はそっぽを向いて、紅茶を煽った。
(危険です。この男は、非常に危険です)
私の堅牢なファイアウォール(心の壁)を、いとも簡単に突破してくる。
王太子のように馬鹿なら対処も容易だが、この人は有能で、顔が良くて、その上でこうやって真正面から好意をぶつけてくる。
対処マニュアルが存在しない。
「……ところで、カルル」
アイザック様が少し声を潜めた。
「ん? なんでしょう」
「実は、君に相談したい『弱点』があるんだ」
「弱点? 閣下に?」
あの完璧超人の氷の公爵に、弱点などあるのだろうか。
私は興味を惹かれて身を乗り出した。
「はい。コンサルタントとして伺いましょう。一体何が?」
「……実は、甘いものが止められないんだ」
「は?」
「特に、君が改革した厨房が作る『特製プリン』。あれが美味すぎて、毎晩こっそり二個食べている」
アイザック様は真剣な顔で告白した。
「おかげで、最近ウエストがきつい。……どうすればいい? 運動時間を捻出すべきか、それともプリンを禁止リストに入れるべきか」
「…………」
私は力が抜けて、ガクッと肩を落とした。
なんて平和な悩みだ。
そして、なんて――可愛い人なんだろう。
「……却下です。プリン禁止はストレス要因となり、業務効率を下げます」
「む、そうか?」
「ええ。その代わり、私が毎朝の散歩にお付き合いします。二人で歩けば、カロリー消費と健康増進、ついでに領内の視察もできて一石三鳥です」
私が提案すると、アイザック様はパッと顔を輝かせた。
「名案だ! さすがカルル。君は俺の救世主だ」
「大袈裟です」
私たちは顔を見合わせて笑った。
秋の風が心地よく吹き抜ける。
仕事のパートナーとして、そして少しずつ、それ以上の存在として。
私たちの距離は、確実に縮まっていた。
――と、そんな穏やかな空気を引き裂くように、庭園の入り口から騒がしい声が聞こえてきた。
「ここね! ここにお兄様をたぶらかした泥棒猫がいるのね!」
「ちょっと! 勝手に入らないでください!」
執事たちの制止を振り切って、派手なドレスを着た少女がドカドカと庭に入ってくる。
「……あちゃあ」
アイザック様が額を押さえた。
「……厄介なのが来たな」
「どなたですか? データベースに該当者がいませんが」
「俺の従妹(いとこ)だ。昔から俺に執着していてな……『お兄様のお嫁さんになるのは私!』と言って聞かないんだ」
なるほど。
「身内枠」のライバル登場というわけか。
私は眼鏡の位置を直し、戦闘モード(ビジネスライク)へと切り替えた。
「想定の範囲内です、ボス。親族トラブル対応オプション、追加しておきますね」
「頼もしいよ。……手加減してやってくれ」
私が立ち上がると、少女がこちらを睨みつけて叫んだ。
「貴女ね! 隣国から来た出戻り令嬢って! お兄様から離れなさいよ、この貧乏神!」
ふむ。
語彙力は王太子の元婚約者(ミナ嬢)よりはマシだが、品性は同レベルのようだ。
私は優雅に微笑み、一歩前に出た。
「ごきげんよう。貧乏神ではなく、『福の神(黒字請負人)』のカルルです。ご予約のない面会はお断りしておりますが?」
新たな「害虫駆除」業務の開始である。
1,112
あなたにおすすめの小説
【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします
紫
恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。
王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい?
つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!?
そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。
報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。
王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。
2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……)
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
わたしはくじ引きで選ばれたにすぎない婚約者だったらしい
よーこ
恋愛
特に美しくもなく、賢くもなく、家柄はそこそこでしかない伯爵令嬢リリアーナは、婚約後六年経ったある日、婚約者である大好きな第二王子に自分が未来の王子妃として選ばれた理由を尋ねてみた。
王子の答えはこうだった。
「くじで引いた紙にリリアーナの名前が書かれていたから」
え、わたし、そんな取るに足らない存在でしかなかったの?!
思い出してみれば、今まで王子に「好きだ」みたいなことを言われたことがない。
ショックを受けたリリアーナは……。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる