婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの

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「報告します、カルル様! 『朝露野菜』の初回出荷分、完売です!」

「『清流マスの薫製』も、予約だけで三ヶ月待ちです!」

「王都の商会から、取り扱いを希望するオファーが殺到しております!」

公爵邸の執務室は、嬉しい悲鳴に包まれていた。

先日のパーティーでお披露目した領地特産品ブランド『グラン・ネイチャー』が、予想を遥かに超える大ヒットを記録したのだ。

私は積まれた注文書を見ながら、電卓(魔道具)を叩く。

「……ふむ。利益率は驚異の85%。原価がほぼタダ(雑草と川魚)ですからね。これは錬金術並みの成果です」

「錬金術師も裸足で逃げ出すレベルだ」

向かいの席で、アイザック様が呆れつつも満足げに笑っている。

「おかげで領地の財政は潤い、領民たちの懐も温まった。農民たちが『カルル様万歳』と叫んで踊っているぞ」

「踊る暇があったら、次の作付けをしてほしいですね。増産体制の構築が急務です」

私は冷静に次の手を打つ。

「物流ルートの確保、およびパッケージデザインの改良。それから、類似品(パクリ商品)が出回る前に対策を……」

その時だった。

バァン!!

執務室の扉が、ノックもなく乱暴に開かれた。

「失礼する! グラン・ノワール公爵はおられるか!」

入ってきたのは、見慣れない制服を着た男たちだ。

胸には、私の祖国――アイゼン王国の紋章。

そして、その先頭に立っていたのは、見覚えのある神経質そうな顔の男。

ジェラール王太子の側近、法務官のバロンだ。

「……何の用だ?」

アイザック様が、一瞬にして「氷の公爵」の顔に戻る。

室内の気温が急激に下がる。

しかし、バロン法務官は鼻息も荒く、一枚の羊皮紙を突きつけた。

「我が国アイゼン王国より、重大な通告がある! そこにいるカルル・フォン・アイゼンを、直ちに引き渡していただきたい!」

「……は?」

私が顔を上げる。

「引き渡し? どういう法的根拠で?」

「決まっているだろう! 『国家機密漏洩罪』および『知的財産権の侵害』だ!」

「はい?」

私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

機密漏洩? 私が?

あのザル警備の王城に、漏洩されて困るような機密などあっただろうか。

「ふざけるな」

アイザック様が低い声で唸る。

「彼女は我が国の公爵家の人間だ(予定)。貴国に指図される覚えはない」

「黙れ! これは国際問題だぞ!」

バロン法務官が叫ぶ。

「最近、貴殿の領地で売り出した『野菜』や『魚』! あれは我がアイゼン王国の技術を盗んだものだ!」

「……はあ?」

「カルル嬢は、王太子妃教育の一環として、我が国の農業技術や流通システムを学んでいた! その知識を使って商売をしているのだから、その利益は全て我が国に帰属する! そして、その技術を盗んで逃げた彼女は犯罪者だ!」

部屋中が、しんと静まり返った。

あまりの暴論に、怒りよりも呆れが先に立ったからだ。

「……ぷっ」

最初に吹き出したのは、私だった。

「くくっ……あははは! 傑作ですね、法務官殿」

「な、何がおかしい!」

「だって、そうでしょう? 『農業技術』? 我が国の農民が、雑草取りもろくにせずに肥料を撒くだけの農法を『技術』と呼ぶのですか?」

私は立ち上がり、バロン法務官の前に歩み出た。

「私がここで実践しているのは、土壌改良と品種改良、そして徹底した鮮度管理です。王国の古いやり方とは真逆の、私の『オリジナル・メソッド』ですよ」

「ぐっ……だ、だが! その発想の基礎は王国で培われたものだ! 国民の頭脳は国家の財産だ!」

「ほう。では聞きますが」

私は眼鏡を光らせた。

「私が王太子殿下の代わりに処理していた公務。あれも『王国の財産』である殿下の頭脳から生まれたものとして処理されていましたね?」

「う……そ、それは……」

「私の成果を『殿下の手柄』にするのは良くて、私が独自に開発した商品を『国のもの』にするのも良いと? 随分と都合の良い法律ですね」

「そ、そうだ! 貴様は王国の人間なのだから、王家に尽くすのが義務だ!」

バロン法務官が開き直って叫ぶ。

「とにかく! 王太子殿下のご命令だ! 『カルルを直ちに連れ戻し、賠償金として売上の全額を支払わせよ』とな!」

なるほど。

結局は、金か。

私が稼ぎ出した莫大な利益を見て、ジェラール殿下が「あれは本来、僕のものだ!」と騒ぎ出したのが目に浮かぶ。

「……金に困っているようだな、貴国は」

アイザック様が、凍てつくような冷笑を浮かべて立ち上がった。

「憐れなものだ。元婚約者の成功を妬み、難癖をつけて金を無心するとは。乞食の方がまだプライドがあるぞ」

「な、なんだと……!?」

「聞こえなかったか? 『帰れ』と言ったんだ」

アイザック様が指を鳴らす。

瞬間、控えていた近衛騎士たちが抜剣し、法務官たちを取り囲んだ。

ジャキッ!

「ひぃっ!?」

「カルルは渡さない。売上も一銭たりとも渡さない。……もしこれ以上、彼女を侮辱するなら」

アイザック様の瞳が、蒼い炎のように揺らめいた。

「宣戦布告と受け取るが、構わんな?」

その圧倒的な覇気に、バロン法務官は腰を抜かした。

「ま、待て! 乱暴な……! 我々は外交特権を持っているんだぞ!」

「特権? 詐欺師にそんなものはない」

アイザック様は冷たく言い放つ。

「騎士団長。この不法侵入者たちを国境まで『丁重に』送り届けろ。二度と我が領土の土を踏ませるな」

「はっ! 野郎ども、連れ出せ!」

「わ、わかった! 帰る! 帰るから押すな!」

バロン法務官たちは、騎士たちに抱えられ、情けない悲鳴を上げながら引きずり出されていった。

「……覚えてろぉぉ! ただで済むと思うなぁぁ!」

お決まりの捨て台詞が、遠ざかっていく。

執務室に静寂が戻った。

「……やれやれ。騒がしい客でしたね」

私が眼鏡を直すと、アイザック様が心配そうに私を見た。

「大丈夫か、カルル。嫌なことを思い出させたな」

「いいえ。むしろ、スッキリしました」

私は微笑んだ。

「彼らの焦り様を見て確信しました。王国の財政は、末期症状です」

「末期?」

「はい。なりふり構わず、こんな無茶苦茶な請求をしてくるということは、もう正規の手段では金を用意できない状態ということです」

私はホワイトボードに向かい、さらさらと図を描いた。

「おそらく、来月の国債の償還期限が迫っているのでしょう。私が以前、自転車操業で回していた部分です」

「……なるほど。それを返せなければ、国家破産(デフォルト)か」

「ええ。そして、その責任を私に押し付けて、私に尻拭いをさせようとしているのです」

図解を見ながら、アイザック様が呆れたようにため息をついた。

「どこまでも腐っているな。……で、どうする? カルル」

「どうする、とは?」

「助けてやるか? 君なら、あそこに戻って数ヶ月も働けば、立て直せるだろう?」

試すような問いかけ。

私はきっぱりと首を横に振った。

「お断りです。不採算事業への再投資は、経営判断としてあり得ません」

「そう言うと思った」

アイザック様は嬉しそうに笑った。

「だが、彼らは諦めないだろう。次はもっと強硬な手段に出るかもしれない」

「強硬手段……例えば、武力行使とか?」

「あるいは、人質を取るとかな」

その言葉に、私はハッとした。

人質。

私にはもう、王国に未練はない。実家とも縁を切った。

だが、もし「弱点」があるとしたら。

「……マリア」

私は一人の名前を呟いた。

「マリア?」

「私の専属侍女だったマリアです。彼女の実家は、王都の下町でパン屋を営んでいます。もし殿下が、彼女の家族を人質に取ったら……」

マリアは今、この屋敷で元気に働いている。

だが、彼女の家族はまだ王国にいるのだ。

「……あり得るな。あの馬鹿王子なら」

アイザック様の表情が険しくなる。

「先手を打とう。マリアの家族を、こちらの領地に呼び寄せるか?」

「……間に合うでしょうか」

「俺の諜報部隊『影(シャドウ)』を使えば、一日で接触できる。今夜中に動かそう」

「お願いします、ボス。費用は私の給与から……」

「いらん。これは俺の『婚約者』の『大事な部下』を守るための必要経費だ」

アイザック様は即座に執務机のベルを鳴らし、影の部隊長を呼び出した。

その迅速な判断と行動力。

(……本当に、頼りになる人です)

私は胸の奥が温かくなるのを感じた。

だが、私たちの予想は、少しだけ甘かった。

ジェラール殿下の暴走は、私たちの想像の斜め上を行っていたのだ。

その日の深夜。

王城から緊急の「魔法通信」が、全世界に向けて発信された。

『告ぐ! 我が国の裏切り者、カルル・フォン・アイゼンは、隣国の公爵に洗脳され、拉致監禁されている! 正義の名において、彼女を救出するための聖戦(という名の強盗)を開始する!』

それは、事実上の宣戦布告だった。

「……馬鹿ですか、あの男は」

寝室でその放送を聞いた私は、頭を抱えた。

個人の借金返済のために、戦争を始める王太子がどこにいる。

「面白い」

隣の部屋から出てきたアイザック様は、凶悪な笑みを浮かべて剣を佩いていた。

「売られた喧嘩だ。大安売りで買い取ってやろうじゃないか」

物語は、いよいよ国家間のドンパチへと発展しようとしていた。

もちろん、私が最前線で「請求書」を武器に戦うことになるのだが。
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