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「……正気ですか?」
翌朝の作戦会議室。
集められた騎士団の幹部たちを前に、私は呆れた声を上げた。
テーブルの上には、国境警備隊から送られてきた速報レポートが広げられている。
『アイゼン王国軍、国境に向けて進軍中。総勢、およそ三千』
「三千……。少ないですね」
「ああ。通常、戦争を仕掛けるなら最低でも一万は動員する。三千では、我が領の常駐騎士団だけで余裕で防衛可能だ」
アイザック様が地図を見下ろしながら、つまらなそうに言った。
「しかも、装備が酷い。半数が革鎧で、武器も錆びついているそうだ。おまけに……」
「おまけに?」
「食料を積んだ荷馬車が見当たらないらしい」
「……はい?」
私は耳を疑った。
「兵站(ロジスティクス)なしで進軍? ピクニックでもするつもりですか?」
「現地調達――つまり、略奪するつもりだろうな」
アイザック様が冷たく吐き捨てる。
「『聖戦』の名の下に、我が領地の豊かな村々を襲い、食料と金を奪い、ついでにカルルを奪還する。それが奴らの作戦だ」
「……作戦と呼ぶのもおこがましいですね。『大規模強盗団』の間違いでしょう」
私はこめかみを揉んだ。
ジェラール殿下の思考回路は、私の想像の斜め下を更新し続けている。
給料未払いの兵士たちに、「隣国に行けば飯が食えるぞ! 金があるぞ!」と焚きつけて連れてきたのだろう。
完全に、山賊のやり口だ。
「閣下。迎撃しますか?」
騎士団長が、殺る気満々で剣の柄に手をかける。
「我が精鋭部隊なら、三千の烏合の衆など一時間で蹴散らせますが」
「待て」
アイザック様が制止した。
「武力衝突は最終手段だ。血を流せば、後味が悪い。……カルル、君の案は?」
視線が私に集まる。
私は眼鏡を直すと、ホワイトボードに『経済封鎖(エコノミック・ブロック)』と大きく書いた。
「血を一滴も流さず、彼らを無力化します。……まずは、物流を止めましょう」
「物流?」
「はい。現在、アイゼン王国の食料輸入の40%は、我が領地およびその周辺国からのものです。特に小麦と塩。これを本日正午をもって、全面禁輸(ストップ)します」
「なるほど。兵糧攻めか」
「次に、我が領地からの輸出品――特に『グラン・ネイチャー』ブランドの野菜や魚。これらも出荷停止です。王国の貴族たちは、すでに『朝露野菜』の虜になっていますから、供給が止まればパニックになります」
「貴族から内部崩壊させるわけか」
「そして最後に……」
私はニヤリと笑った。
「『求人広告』をばら撒きます」
「求人?」
「はい。国境沿いに、巨大な看板を立てるのです。『グラン・ノワール公爵領、騎士および作業員募集中。日払い可。三食昼寝付き。給与は王国の三倍』と」
会議室に、沈黙が落ちた。
そして、騎士団長が吹き出した。
「ぶっ……! ははは! それは酷い! 腹を空かせた敵兵の目の前に、そんなものを出したら……」
「戦う前に、全員こちらに転職してくるでしょうね」
私は涼しい顔で言った。
「敵の戦力を、そのままこちらの労働力として吸収する。最も効率的な『人材獲得(ヘッドハンティング)』です」
「……恐ろしい女だ」
アイザック様が、腹を抱えて笑った。
「気に入った。全軍、カルルの指揮に従え! 剣を抜く必要はない。看板と炊き出しの準備をしろ!」
「「「はっ!!」」」
幹部たちが笑いを堪えながら敬礼し、部屋を出て行った。
*
二人きりになった会議室。
私はふぅ、と息をついた。
「……よかったのですか、ボス。あんなふざけた作戦で」
「最高だよ。俺が求めていたのは、こういう『スマートな戦争』だ」
アイザック様は私の隣に来ると、腰掛けていた机に手をつき、私を囲い込んだ。
「それに、君の手を汚させたくなかった」
「……汚れませんよ。私は指揮官ですから」
「精神的な話だ。いくら嫌いな国とはいえ、かつての故郷だ。そこを火の海にするのは、君だって気分が良くないだろう?」
その言葉に、私はハッとした。
この人は、そこまで考えてくれていたのか。
「……閣下は、甘いですね」
「君限定だ」
アイザック様は私の髪を指で梳いた。
「それに、一つ朗報がある」
「朗報?」
「『影』からの報告だ。昨夜、王都の下町から、パン屋の一家を無事保護したそうだ」
「……っ!」
マリアの家族だ。
「今は安全なルートでこちらに向かっている。今日の夕方には到着するだろう」
私の胸の奥にあった、最後の重石が取れた気がした。
これで、本当に憂いは何もない。
「ありがとうございます……アイザック様」
私が素直に礼を言うと、彼は満足げに目を細めた。
「礼には及ばない。君の笑顔が報酬だ」
「……笑顔は無料ではありませんが、今回だけはサービスしておきます」
私が精一杯の笑顔を見せると、彼は眩しそうに目を細め、そして優しく私を抱きしめた。
「愛しているよ、カルル。この戦争(茶番)が終わったら、改めてプロポーズさせてくれ」
「……見積もり次第ですね」
憎まれ口を叩きながらも、私は彼の背中に手を回していた。
***
そして、その日の午後。
国境にある要塞都市の城壁の上に、私とアイザック様は並んで立っていた。
眼下には、荒野が広がっている。
その向こうから、砂煙を上げて「王国軍」がやってきた。
「……あれが、軍隊か?」
アイザック様が双眼鏡を覗きながら絶句した。
私も双眼鏡を構える。
そこに映っていたのは、軍隊とは名ばかりの、ボロボロの集団だった。
隊列は乱れ、足取りは重い。
馬に乗っているのはジェラール殿下と数名の側近だけで、兵士たちは皆、痩せこけた顔でトボトボと歩いている。
「腹減った……」
「もう歩けねぇ……」
そんな声が聞こえてきそうだ。
ジェラール殿下だけが、無駄に豪華な鎧を着て、剣を振り回している。
「進めぇ! 進軍せよ! あの砦を落とせば、飯が食えるぞ! 宝があるぞ!」
その声に応える兵士は、誰一人いなかった。
彼らは砦の前に到着すると、力尽きたように座り込んだ。
そして、彼らの目に飛び込んできたのは――
巨大な看板と、そこから漂ってくる極上の香りだった。
『ようこそグラン・ノワール領へ! 定食屋「カルル」臨時出店中』
『本日のメニュー:厚切りベーコンとゴロゴロ野菜のクリームシチュー(パン食べ放題)』
『※投降した方には無料配布中! さらに就職祝い金支給!』
砦の門の前には、巨大な寸胴鍋が並べられ、私が編成した「炊き出し部隊(元・公爵家厨房スタッフ)」が、大鍋をかき混ぜていた。
クリームと肉の焼ける匂いが、風に乗って王国軍の鼻腔を直撃する。
「う、うわぁぁぁ!」
「シチューだ! 肉だぁぁ!」
「パンの匂いだぁぁ!」
兵士たちの目が血走った。
「ま、待て! 罠だ! 食べるな!」
ジェラール殿下が叫ぶが、もう誰も聞いていない。
「投降します! 俺、投降しますぅぅ!」
「武器なんか捨てます! シチューくださいぃぃ!」
ガラガラガッシャン!
剣や槍が投げ捨てられる音が響く。
兵士たちは雪崩を打って炊き出し所へ殺到した。
「あ、並んでくださーい! 順番ですよー!」
「君、良い体格してるね! うちの建設現場で働かない?」
「はい、契約書にサインしてねー!」
公爵家の文官たちが、シチューと引き換えに雇用契約書にサインをさせていく。
それは「戦争」ではなく、ただの「大規模就職説明会(ランチ付き)」だった。
「な、な、な……!」
ジェラール殿下は馬の上で、口をパクパクさせていた。
自分の軍隊が、シチュー一杯で霧散していく様を、信じられない思いで見つめている。
「ば、馬鹿者ども! 戻れ! 僕は王太子だぞ! 命令だ!」
「うるせぇ! 命令で腹が膨れるか!」
「給料払ってから言え!」
兵士たちから罵声を浴びせられ、殿下は怯んだ。
「……終わりましたね」
城壁の上で、私は冷ややかに呟いた。
「ああ。所要時間、三十分。史上最短の戦争だな」
アイザック様が肩をすくめる。
「さて、大将首(ジェラール)はどうする? 彼だけは雇うわけにはいかないだろう?」
「ええ。無能な上司は、組織の癌ですから」
私はマイク(拡声魔道具)のスイッチを入れた。
キーン、というハウリング音が戦場(就職会場)に響く。
「……あー、あー。テステス。……聞こえますか、ジェラール殿下」
私の声を聞いて、殿下がビクリと震えて見上げた。
「カ、カルル!? そこにいるのか!」
「はい、ここです。高みの見物で失礼します」
私は城壁から身を乗り出した。
「ご覧の通り、貴方の軍隊は解散しました。これ以上の抵抗は無意味です。大人しくお帰りください」
「ふ、ふざけるな! 僕を誰だと思っている! カルル、今すぐ降りてこい! そして僕に謝って、金を出せ!」
まだ状況が理解できていないらしい。
私は溜息をつき、隣のアイザック様に目配せをした。
「……仕方ありません。ボス、トドメをお願いします」
「了解だ」
アイザック様が片手を挙げた。
すると、城壁の上にズラリと並んだ弓兵たちが、一斉に矢をつがえた。
ただし、その矢の先についているのは、鉄の鏃(やじり)ではない。
「……なんだあれ?」
ジェラール殿下が目を凝らす。
「放てッ!!」
アイザック様の号令と共に、無数の矢が放たれた。
ヒュンヒュンヒュン!
矢はジェラール殿下の周囲の地面に突き刺さった。
矢文だ。
殿下は震える手で、足元の一本を抜いた。
そこに結ばれていた紙には、真っ赤なインクでこう書かれていた。
『請求書(督促状)』
『未払い金および慰謝料、ならびに今回の迷惑料。合計金貨一億枚。即時支払いなき場合は、国際司法裁判所へ提訴し、王位継承権の差し押さえを執行する』
「い、いちおくぅぅ……!?」
殿下が悲鳴を上げた。
「さらに追伸だ!」
私がマイクで告げる。
「現在、王都では貴方の側近や取り巻きたちが、私の『影』によって拘束され、不正の証拠を全て吐いています! 帰る場所があると思うなよ、元・王太子殿下!」
「も、もと……!?」
その時だった。
王国の方向から、早馬が駆けてきた。
「で、伝令ーッ!! 王都より緊急連絡ーッ!!」
伝令兵が、息も絶え絶えに叫んだ。
「国王陛下が激怒されています! ジェラール殿下の廃嫡が決定しましたーッ!!」
「……へ?」
ジェラール殿下の時間が止まった。
「直ちに捕縛し、連れ戻せとの王命です! 殿下、確保させていただきます!」
「え、あ、いや、ま、待っ……」
先ほどまで殿下の周りにいた数少ない近衛兵たちが、くるりと向きを変え、殿下を取り押さえた。
「ぎゃあぁぁ! 離せ! 僕は王だぞ! カルル、助けてくれぇぇ!」
無様な悲鳴が響き渡る。
シチューを食べていた元兵士たちは、そんな殿下を冷ややかな目で見送り、「おかわり!」と叫んでいた。
「……完全勝利(パーフェクト・ゲーム)ですね」
私はマイクのスイッチを切った。
「ああ。最高のショーだった」
アイザック様が私の腰を引き寄せ、城壁の上でキスをした。
夕日が、私たちと、平和になった国境を赤く染めていた。
だが、これで全てが終わったわけではない。
廃嫡されたとはいえ、ジェラールはまだ生きている。
そして、彼を唆していた「本当の黒幕」が、まだ王国の奥深くに潜んでいる可能性がある。
翌朝の作戦会議室。
集められた騎士団の幹部たちを前に、私は呆れた声を上げた。
テーブルの上には、国境警備隊から送られてきた速報レポートが広げられている。
『アイゼン王国軍、国境に向けて進軍中。総勢、およそ三千』
「三千……。少ないですね」
「ああ。通常、戦争を仕掛けるなら最低でも一万は動員する。三千では、我が領の常駐騎士団だけで余裕で防衛可能だ」
アイザック様が地図を見下ろしながら、つまらなそうに言った。
「しかも、装備が酷い。半数が革鎧で、武器も錆びついているそうだ。おまけに……」
「おまけに?」
「食料を積んだ荷馬車が見当たらないらしい」
「……はい?」
私は耳を疑った。
「兵站(ロジスティクス)なしで進軍? ピクニックでもするつもりですか?」
「現地調達――つまり、略奪するつもりだろうな」
アイザック様が冷たく吐き捨てる。
「『聖戦』の名の下に、我が領地の豊かな村々を襲い、食料と金を奪い、ついでにカルルを奪還する。それが奴らの作戦だ」
「……作戦と呼ぶのもおこがましいですね。『大規模強盗団』の間違いでしょう」
私はこめかみを揉んだ。
ジェラール殿下の思考回路は、私の想像の斜め下を更新し続けている。
給料未払いの兵士たちに、「隣国に行けば飯が食えるぞ! 金があるぞ!」と焚きつけて連れてきたのだろう。
完全に、山賊のやり口だ。
「閣下。迎撃しますか?」
騎士団長が、殺る気満々で剣の柄に手をかける。
「我が精鋭部隊なら、三千の烏合の衆など一時間で蹴散らせますが」
「待て」
アイザック様が制止した。
「武力衝突は最終手段だ。血を流せば、後味が悪い。……カルル、君の案は?」
視線が私に集まる。
私は眼鏡を直すと、ホワイトボードに『経済封鎖(エコノミック・ブロック)』と大きく書いた。
「血を一滴も流さず、彼らを無力化します。……まずは、物流を止めましょう」
「物流?」
「はい。現在、アイゼン王国の食料輸入の40%は、我が領地およびその周辺国からのものです。特に小麦と塩。これを本日正午をもって、全面禁輸(ストップ)します」
「なるほど。兵糧攻めか」
「次に、我が領地からの輸出品――特に『グラン・ネイチャー』ブランドの野菜や魚。これらも出荷停止です。王国の貴族たちは、すでに『朝露野菜』の虜になっていますから、供給が止まればパニックになります」
「貴族から内部崩壊させるわけか」
「そして最後に……」
私はニヤリと笑った。
「『求人広告』をばら撒きます」
「求人?」
「はい。国境沿いに、巨大な看板を立てるのです。『グラン・ノワール公爵領、騎士および作業員募集中。日払い可。三食昼寝付き。給与は王国の三倍』と」
会議室に、沈黙が落ちた。
そして、騎士団長が吹き出した。
「ぶっ……! ははは! それは酷い! 腹を空かせた敵兵の目の前に、そんなものを出したら……」
「戦う前に、全員こちらに転職してくるでしょうね」
私は涼しい顔で言った。
「敵の戦力を、そのままこちらの労働力として吸収する。最も効率的な『人材獲得(ヘッドハンティング)』です」
「……恐ろしい女だ」
アイザック様が、腹を抱えて笑った。
「気に入った。全軍、カルルの指揮に従え! 剣を抜く必要はない。看板と炊き出しの準備をしろ!」
「「「はっ!!」」」
幹部たちが笑いを堪えながら敬礼し、部屋を出て行った。
*
二人きりになった会議室。
私はふぅ、と息をついた。
「……よかったのですか、ボス。あんなふざけた作戦で」
「最高だよ。俺が求めていたのは、こういう『スマートな戦争』だ」
アイザック様は私の隣に来ると、腰掛けていた机に手をつき、私を囲い込んだ。
「それに、君の手を汚させたくなかった」
「……汚れませんよ。私は指揮官ですから」
「精神的な話だ。いくら嫌いな国とはいえ、かつての故郷だ。そこを火の海にするのは、君だって気分が良くないだろう?」
その言葉に、私はハッとした。
この人は、そこまで考えてくれていたのか。
「……閣下は、甘いですね」
「君限定だ」
アイザック様は私の髪を指で梳いた。
「それに、一つ朗報がある」
「朗報?」
「『影』からの報告だ。昨夜、王都の下町から、パン屋の一家を無事保護したそうだ」
「……っ!」
マリアの家族だ。
「今は安全なルートでこちらに向かっている。今日の夕方には到着するだろう」
私の胸の奥にあった、最後の重石が取れた気がした。
これで、本当に憂いは何もない。
「ありがとうございます……アイザック様」
私が素直に礼を言うと、彼は満足げに目を細めた。
「礼には及ばない。君の笑顔が報酬だ」
「……笑顔は無料ではありませんが、今回だけはサービスしておきます」
私が精一杯の笑顔を見せると、彼は眩しそうに目を細め、そして優しく私を抱きしめた。
「愛しているよ、カルル。この戦争(茶番)が終わったら、改めてプロポーズさせてくれ」
「……見積もり次第ですね」
憎まれ口を叩きながらも、私は彼の背中に手を回していた。
***
そして、その日の午後。
国境にある要塞都市の城壁の上に、私とアイザック様は並んで立っていた。
眼下には、荒野が広がっている。
その向こうから、砂煙を上げて「王国軍」がやってきた。
「……あれが、軍隊か?」
アイザック様が双眼鏡を覗きながら絶句した。
私も双眼鏡を構える。
そこに映っていたのは、軍隊とは名ばかりの、ボロボロの集団だった。
隊列は乱れ、足取りは重い。
馬に乗っているのはジェラール殿下と数名の側近だけで、兵士たちは皆、痩せこけた顔でトボトボと歩いている。
「腹減った……」
「もう歩けねぇ……」
そんな声が聞こえてきそうだ。
ジェラール殿下だけが、無駄に豪華な鎧を着て、剣を振り回している。
「進めぇ! 進軍せよ! あの砦を落とせば、飯が食えるぞ! 宝があるぞ!」
その声に応える兵士は、誰一人いなかった。
彼らは砦の前に到着すると、力尽きたように座り込んだ。
そして、彼らの目に飛び込んできたのは――
巨大な看板と、そこから漂ってくる極上の香りだった。
『ようこそグラン・ノワール領へ! 定食屋「カルル」臨時出店中』
『本日のメニュー:厚切りベーコンとゴロゴロ野菜のクリームシチュー(パン食べ放題)』
『※投降した方には無料配布中! さらに就職祝い金支給!』
砦の門の前には、巨大な寸胴鍋が並べられ、私が編成した「炊き出し部隊(元・公爵家厨房スタッフ)」が、大鍋をかき混ぜていた。
クリームと肉の焼ける匂いが、風に乗って王国軍の鼻腔を直撃する。
「う、うわぁぁぁ!」
「シチューだ! 肉だぁぁ!」
「パンの匂いだぁぁ!」
兵士たちの目が血走った。
「ま、待て! 罠だ! 食べるな!」
ジェラール殿下が叫ぶが、もう誰も聞いていない。
「投降します! 俺、投降しますぅぅ!」
「武器なんか捨てます! シチューくださいぃぃ!」
ガラガラガッシャン!
剣や槍が投げ捨てられる音が響く。
兵士たちは雪崩を打って炊き出し所へ殺到した。
「あ、並んでくださーい! 順番ですよー!」
「君、良い体格してるね! うちの建設現場で働かない?」
「はい、契約書にサインしてねー!」
公爵家の文官たちが、シチューと引き換えに雇用契約書にサインをさせていく。
それは「戦争」ではなく、ただの「大規模就職説明会(ランチ付き)」だった。
「な、な、な……!」
ジェラール殿下は馬の上で、口をパクパクさせていた。
自分の軍隊が、シチュー一杯で霧散していく様を、信じられない思いで見つめている。
「ば、馬鹿者ども! 戻れ! 僕は王太子だぞ! 命令だ!」
「うるせぇ! 命令で腹が膨れるか!」
「給料払ってから言え!」
兵士たちから罵声を浴びせられ、殿下は怯んだ。
「……終わりましたね」
城壁の上で、私は冷ややかに呟いた。
「ああ。所要時間、三十分。史上最短の戦争だな」
アイザック様が肩をすくめる。
「さて、大将首(ジェラール)はどうする? 彼だけは雇うわけにはいかないだろう?」
「ええ。無能な上司は、組織の癌ですから」
私はマイク(拡声魔道具)のスイッチを入れた。
キーン、というハウリング音が戦場(就職会場)に響く。
「……あー、あー。テステス。……聞こえますか、ジェラール殿下」
私の声を聞いて、殿下がビクリと震えて見上げた。
「カ、カルル!? そこにいるのか!」
「はい、ここです。高みの見物で失礼します」
私は城壁から身を乗り出した。
「ご覧の通り、貴方の軍隊は解散しました。これ以上の抵抗は無意味です。大人しくお帰りください」
「ふ、ふざけるな! 僕を誰だと思っている! カルル、今すぐ降りてこい! そして僕に謝って、金を出せ!」
まだ状況が理解できていないらしい。
私は溜息をつき、隣のアイザック様に目配せをした。
「……仕方ありません。ボス、トドメをお願いします」
「了解だ」
アイザック様が片手を挙げた。
すると、城壁の上にズラリと並んだ弓兵たちが、一斉に矢をつがえた。
ただし、その矢の先についているのは、鉄の鏃(やじり)ではない。
「……なんだあれ?」
ジェラール殿下が目を凝らす。
「放てッ!!」
アイザック様の号令と共に、無数の矢が放たれた。
ヒュンヒュンヒュン!
矢はジェラール殿下の周囲の地面に突き刺さった。
矢文だ。
殿下は震える手で、足元の一本を抜いた。
そこに結ばれていた紙には、真っ赤なインクでこう書かれていた。
『請求書(督促状)』
『未払い金および慰謝料、ならびに今回の迷惑料。合計金貨一億枚。即時支払いなき場合は、国際司法裁判所へ提訴し、王位継承権の差し押さえを執行する』
「い、いちおくぅぅ……!?」
殿下が悲鳴を上げた。
「さらに追伸だ!」
私がマイクで告げる。
「現在、王都では貴方の側近や取り巻きたちが、私の『影』によって拘束され、不正の証拠を全て吐いています! 帰る場所があると思うなよ、元・王太子殿下!」
「も、もと……!?」
その時だった。
王国の方向から、早馬が駆けてきた。
「で、伝令ーッ!! 王都より緊急連絡ーッ!!」
伝令兵が、息も絶え絶えに叫んだ。
「国王陛下が激怒されています! ジェラール殿下の廃嫡が決定しましたーッ!!」
「……へ?」
ジェラール殿下の時間が止まった。
「直ちに捕縛し、連れ戻せとの王命です! 殿下、確保させていただきます!」
「え、あ、いや、ま、待っ……」
先ほどまで殿下の周りにいた数少ない近衛兵たちが、くるりと向きを変え、殿下を取り押さえた。
「ぎゃあぁぁ! 離せ! 僕は王だぞ! カルル、助けてくれぇぇ!」
無様な悲鳴が響き渡る。
シチューを食べていた元兵士たちは、そんな殿下を冷ややかな目で見送り、「おかわり!」と叫んでいた。
「……完全勝利(パーフェクト・ゲーム)ですね」
私はマイクのスイッチを切った。
「ああ。最高のショーだった」
アイザック様が私の腰を引き寄せ、城壁の上でキスをした。
夕日が、私たちと、平和になった国境を赤く染めていた。
だが、これで全てが終わったわけではない。
廃嫡されたとはいえ、ジェラールはまだ生きている。
そして、彼を唆していた「本当の黒幕」が、まだ王国の奥深くに潜んでいる可能性がある。
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