婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む
「……ふあぁ。よく寝た」

翌朝。

アイザック様が伸びをしながら起き上がると、隣のベッドはすでにもぬけの殻だった。

「……カルル?」

彼が窓の外を見ると、プールサイドに整列させられたアロハシャツの集団と、その前で指示棒を振る妻の姿があった。

「……もう始めているのか」

アイザック様は天を仰ぎ、諦めたように着替えを始めた。

***

「いいですか! 本日より、このホテルにおける『南国時間(遅刻の言い訳)』は廃止します!」

炎天下のプールサイド。

私は、集められたホテル従業員三十名に対し、拡声器(マイク)で怒号を飛ばしていた。

私の服装は、昨日市場で調達したアロハシャツとショートパンツ。

ただし、シャツのボタンは上まで留め、裾はきっちりとパンツに入れ、眼鏡を装着している。

名付けて「常夏ビジネススタイル」だ。

「えぇ~……でもぉ、今日は波がいいしぃ……」

「サーフィン行ってから仕事しようかなって……」

従業員たちがダルそうに呟く。

彼らは全員、この国の公務員らしいが、労働意欲はマイナスレベルだ。

カメハメ王も、列の端っこで「まあまあ、そう固いこと言わずにぃ」とへらへらしている。

「黙りなさい! 貴方たちがサーフィンをしている間に、客は逃げているのです!」

私はホワイトボード(どこからか調達した)をバンと叩いた。

「まず、勤務時間の管理から始めます。これを見てください」

私が指差したのは、入り口に設置させた真新しい木箱と、紙のカードだ。

「『タイムカード』システムです」

「たいむ……?」

「出勤時と退勤時に、このカードに時刻を打刻すること。遅刻は一分につき給与カット。逆に、早出・残業には手当を出します」

「きゅ、給与カットぉ!?」

「手当!?」

従業員たちがざわめく。

「貴方たちの給与明細を確認しましたが、一律固定給でしたね? これでは誰も働きません。これからは『成果主義』を導入します」

私はニヤリと笑った。

「部屋の掃除を完璧にこなした者、お客様から『ありがとう』と言われた者、そして……チップを獲得した者。これらは全て人事評価にプラスし、ボーナスを支給します」

「ボ、ボーナスぅ!?」

「金だ……金がもらえるのか!?」

ダルそうだった彼らの目が、急に輝き出した。

南国だろうが北国だろうが、人間を動かす燃料は「報酬(インセンティブ)」である。

「さらに! このホテルの売上が目標を達成した場合、従業員全員に『大入り袋』を出します! 原資は、そこにいるカメハメ王のへそくりです!」

「ええっ!? 私のへそくりぃ!?」

王様が飛び上がったが、私は無視した。

「さあ、稼ぎたい者は働きなさい! サボりたい者は……サメの餌になりなさい!」

「「「イエスマム!!」」」

従業員たちの目の色が変わった。

彼らは一斉に散らばり、猛烈な勢いで窓を拭き、プールを掃除し、草むしりを始めた。

その動きは、昨日のナマケモノが嘘のようだ。

「……すごい」

カメハメ王が口を開けて見ている。

「あいつらが……走っている……!」

「簡単なことです。彼らは『どうせ頑張っても給料は同じ』と諦めていただけです。希望(エサ)を見せれば、人は走るのです」

私は眼鏡の位置を直した。

「さて、次はハード面(設備)の改善ですね」

***

私が次に向かったのは、ホテル内のレストランだ。

「いらっしゃい……あ、奥様」

料理長らしき大柄な男が、気まずそうに出てきた。

昨日の夕食は酷かった。

冷めたスープ、硬いパン、そして謎の煮込み料理。

「料理長。この島の特産品は?」

「え? ああ……海で獲れるロブスターと、裏山で採れるトロピカルフルーツ、あとはスパイスだな」

「なぜそれを使わないのですか?」

「いやぁ、手間がかかるし……輸入した缶詰の方が楽だから……」

「……馬鹿者」

私は厨房に入り込み、冷蔵庫を開けた。

中は缶詰だらけだ。

「宝の持ち腐れとはこのことです! いいですか、観光客が求めているのは『ここでしか食べられないもの』です!」

私は市場で買ってきた食材をカウンターに広げた。

「本日のランチからメニューを一新します。メインは『活ロブスターのスパイシーグリル』。デザートは『完熟マンゴーのパフェ』。パンは焼きたてのココナッツパンです!」

「そ、そんな急に言われても……レシピが……」

「私が教えます! 手を動かして!」

私はエプロンをつけ、包丁を握った。

そこへ、遅れて起きてきたアイザック様がやってきた。

「カルル、ここにいたのか。朝食は……」

「あ、ちょうど良いところに!」

私はアイザック様の手を引き、テラス席へ連れて行った。

「あなた、そこに座ってください。そして、この『トロピカルドリンク』を持って、海をバックに微笑んでください」

「……は?」

「宣伝用の写真撮影です! 『氷の公爵もとろける南国の楽園』というキャッチコピーでポスターを作ります!」

「待て! 俺は客だぞ! なんで広告塔に……」

「モデル料は、今日のランチ(試作品)を一番に食べる権利です!」

「……安いな」

文句を言いながらも、アイザック様は完璧なポーズを決めてくれた。

サングラスをずらし、カクテル片手に微笑む銀髪の美丈夫。

背景の青い海が霞むほどの輝きだ。

「……完璧です。これで女性客の予約は倍増します」

私は素早くスケッチ(画家を雇う金が惜しいので自分で描いた)を取った。

***

正午。

リニューアルオープンしたレストランには、良い香りが漂っていた。

スパイスとガーリックで炒められたロブスターの香ばしい匂い。

それに誘われて、宿泊客(数少ない物好きたち)や、近くを通った観光客が集まってきた。

「なんだ? いい匂いがするぞ」

「あの廃墟ホテルか? なんか綺麗になってないか?」

恐る恐る入ってきた客たちは、キビキビと働くウェイター(ボーナス目当て)に案内され、席についた。

そして、運ばれてきた料理を食べて目を見開いた。

「う、うまい!」

「なんだこのプリプリの海老は!」

「マンゴーが甘い! 缶詰じゃないぞ!」

「それに、あのテラスにいるイケメンを見ろ! 絵画みたいだぞ!」

客たちの歓声が広がる。

アイザック様は、視線に晒されながら黙々とロブスターの殻を剥いていた。

「……美味いな、これ」

「でしょう? 鮮度が違いますから」

私はレジで集金しながら、ニヤリと笑った。

「初日のランチ売上、過去最高を記録しました。この調子なら、口コミで客足は戻ります」

「……たくましいな、君は」

アイザック様がナプキンで口を拭う。

「で? 午後はどうするんだ? 少しは海で遊ぶか?」

「いえ。午後は『財務整理』です」

私はカメハメ王を睨んだ。

「王様。借金の詳細を聞かせてもらえますか? 相手は『海賊』と言っていましたが」

「は、はいぃ……」

王様が震えながら答える。

「隣の島を根城にしている『黒ひげ商会』っていう高利貸しでして……最初は少額だったんですが、利子がトイチ(十日で一割)で……」

「トイチ……完全な違法金利ですね」

私の目が冷たく光った。

「契約書は?」

「これですぅ……」

渡された羊皮紙を見て、私は鼻で笑った。

「……穴だらけですね。法的に無効な条項ばかりです」

「えっ? そ、そうなんですか?」

「はい。ですが、相手は海賊。法律論で攻めても『大砲』で返してくるでしょう」

私は腕を組んだ。

「ならば、こちらも『物理』と『経済』の両面で対抗するしかありません」

「ぶ、物理……?」

「アイザック様」

私は夫に向き直った。

「バカンス中に恐縮ですが、一仕事お願いできますか?」

「……今度はなんだ? 海賊退治か?」

「いえ。海賊との『平和的交渉(という名の脅迫)』です」

アイザック様は溜息をつき、そして凶悪に笑った。

「やれやれ。……まあ、食後の運動にはちょうどいいか」

南国の楽園再建計画。

次は、悪徳金融業者(海賊)への「過払い金請求」のお時間である。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない

あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。 王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。 だがある日、 誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。 奇跡は、止まった。 城は動揺し、事実を隠し、 責任を聖女ひとりに押しつけようとする。 民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。 一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、 奇跡が失われる“その日”に備え、 治癒に頼らない世界を着々と整えていた。 聖女は象徴となり、城は主導権を失う。 奇跡に縋った者たちは、 何も奪われず、ただ立場を失った。 選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。 ――これは、 聖女でも、英雄でもない 「悪役令嬢」が勝ち残る物語。

処理中です...