婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの

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「……暑いですね」

南の島国、サザン・アイランド。

照りつける太陽、エメラルドグリーンの海、どこまでも続く白い砂浜。

港に降り立った私、カルル・グラン・ノワール公爵夫人は、日傘をさしながら冷静に感想を述べた。

「気温三十五度、湿度八十%。不快指数は高めですが、観光資源としてのポテンシャルはSランクです」

「もっと情緒のある感想はないのか?」

隣で苦笑するのは、アロハシャツ(現地の民族衣装)にサングラスという、珍しくラフな格好をしたアイザック様だ。

「『わぁ、綺麗!』とか『海に入りましょう!』とか」

「海水の塩分濃度と日焼けのリスクを考慮すると、入水は推奨できません。それより……」

私は港周辺を見回した。

「客引きの導線が悪すぎます。観光客がどこに行けばいいか迷っている。看板の文字も小さくて読めない。機会損失(ロス)が甚だしいですね」

「……はぁ。やっぱり君を連れてくるとこうなるか」

アイザック様は諦めたように肩をすくめた。

「カルル。今回の旅の目的を覚えているか?」

「はい。スパイスの独占貿易契約、および……」

「違う。新婚旅行だ。仕事は忘れろと言っただろう?」

「努力目標として善処します」

私たちは迎えの馬車に乗り込んだ。

目指すは、この島で一番の格式を誇るとされる「王立サザン・リゾートホテル」だ。

***

馬車に揺られること三十分。

到着したホテルを見て、私は絶句した。

「……これが、最高級ホテル?」

建物自体は立派な石造りだ。

しかし、壁には蔦が絡まり放題、塗装は剥げ、看板の『H』の文字が傾いている。

エントランスにはドアマンもおらず、枯れ葉が舞っていた。

「……廃墟マニア向けのツアーでしたか?」

「いや、予約サイト(旅行代理店)の写真では、もっと輝いていたんだが……」

アイザック様も眉をひそめている。

中に入ると、ロビーは薄暗く、カビ臭い空気が漂っていた。

フロントには、居眠りをしているアロハシャツの青年が一人。

「すみません。チェックインを」

私が声をかけると、青年はハッとして顔を上げ、あくびを噛み殺しながら言った。

「あー、いらっしゃいませぇ~。予約の方っすかぁ?」

「……『グラン・ノワール』で予約してあります」

「グラン……? えーっと、台帳どこだっけなぁ」

青年はカウンターの下をガサゴソと探し始めた。

一分経過。

三分経過。

五分経過。

私のこめかみに、青筋が浮かんだ。

「……遅い」

「え? あ、すんません。見つかんなくてぇ」

「台帳の管理方法は? インデックスは貼っていないのですか? そもそも、お客様をお待たせしているという意識は?」

「い、いやぁ、ここは南国なんでぇ、時間はゆっくり流れるっていうかぁ……」

「時間の流れは物理法則で一定です!」

私はカウンターの中に身を乗り出した。

「どきなさい! 私が探します!」

「えっ、ちょっ、お客さん!?」

私は棚から台帳をひったくり、パラパラとめくった。

「……ありました。G列、上から三番目。……管理がずさんすぎます! これではダブルブッキングが頻発するでしょう!」

「あ、すごいっすね姐さん。よく分かりましたね」

「姐さんではありません! 公爵夫人です!」

私がキーを受け取り、憤慨していると、後ろでアイザック様が腹を抱えて笑っていた。

「くくっ……到着五分でキレるとはな。記録更新だ」

「笑い事ではありません、あなた! これは由々しき事態です。サービス業への冒涜です!」

「まあまあ。部屋に行けばマシかもしれないだろう?」

***

淡い期待を抱いて案内された「ロイヤルスイート」。

ガチャリと扉を開けた瞬間、その期待は粉々に砕け散った。

「……なんですか、これは」

部屋は広かった。

景色も最高だった。

だが。

「カーテンが片方外れています。カーペットに謎のシミがあります。テーブルの上に前任者の忘れ物(サングラス)が残っています」

私は指差し確認を行った。

「そして極めつけは……この『魔導エアコン』、壊れていて温風しか出ません」

ブォォォォ……という音と共に、生温かい風が吹き付けてくる。

「……サウナですね。整わせるつもりですか?」

「これは……酷いな」

さすがのアイザック様も、額の汗を拭いながら苦笑いした。

「フロントに電話して部屋を替えさせよう」

「いえ、無駄です。あのフロントの対応を見る限り、他の部屋も五十歩百歩でしょう。それに、満室だと言っていましたから」

私は腕まくりをした。

「仕方ありません。……掃除します」

「は? 新婚旅行だぞ? 客だぞ?」

「汚い部屋で寝るよりマシです! マリア! 掃除用具セット(旅行用携帯版)を!」

「はいっ! 準備万端です!」

影から現れたマリア(彼女もついてきた)が、モップと雑巾を手渡してくる。

「始めるわよ! 目標時間三十分! 徹底的に磨き上げるわ!」

「イエスマム!」

私とマリアは、公爵邸で培った「清掃スキル」をフル稼働させた。

アイザック様は呆然とソファ(唯一綺麗な場所)に座り、私たちが嵐のように部屋を片付けるのを眺めていた。

「……俺のハネムーン、これでいいのか?」

彼の呟きは、掃除機の音にかき消された。

***

三十分後。

部屋は見違えるように輝いていた。

エアコンも私が分解修理(魔石の位置がずれていただけ)して、冷たい風が出るようになった。

「ふぅ。これでようやく人心地つけました」

私が冷たいお茶を淹れると、ドアがノックされた。

「ルームサービスか?」

アイザック様が扉を開ける。

そこに立っていたのは、派手な王冠を被り、やたらと煌びやかなマントを羽織った小太りの男だった。

後ろには、先ほどのフロントの青年が縮こまって立っている。

「お、お初にお目にかかりますぅ! グラン・ノワール公爵閣下、ならびに奥方様!」

男は揉み手をしながら入ってきた。

「私、このホテルのオーナー兼、このサザン・アイランド王国の国王、カメハメ三世と申しますぅ!」

国王。

この冴えないおじさんが?

「……ご丁寧にどうも。何の用だ?」

アイザック様が不機嫌そうに尋ねる。

「い、いえね! フロントの者から、『とんでもなく手際の良い掃除のプロフェッショナルな奥様』がいらっしゃったと聞きまして!」

国王は私の前に跪いた。

「お願いですぅ! どうか、このホテル……いえ、この国を助けてくださいぃぃ!」

「……はい?」

「実は、我が国は財政破綻寸前なんですぅ! 借金取り(隣国の海賊)に追われていて、来月までに金貨一万枚返さないと、国ごと乗っ取られちゃうんですぅ!」

国王が泣きつく。

「観光客は減る一方、従業員はやる気なし、設備投資の金もない! もうお手上げなんですぅ!」

なるほど。

状況は理解した。

典型的かつ末期的な「経営不振」だ。

アイザック様が私を見た。

「カルル。関わるなよ。俺たちはバカンスに来たんだ」

「……」

「無視だ。他のホテルに移ろう」

「……アイザック様」

私は眼鏡(サングラスから掛け替えた)をクイと押し上げた。

そのレンズの奥で、私の瞳が「¥」マークに輝いたのを、彼は見逃さなかっただろう。

「この国、立地条件は最高です。スパイスの産地としても優秀。ただ、経営者(トップ)が無能なだけ」

「おい、待て。嫌な予感がする」

「もし、ここを再建できれば……当公爵家の『南国支部(リゾート部門)』として、莫大な利益を生み出します」

私は手帳を取り出し、計算を始めた。

「買収価格は底値。リノベーション費用を含めても、三年で回収可能。その後は……」

「カルル! ハネムーンだぞ!」

「大丈夫です、あなた。日中は経営再建(ビジネス)、夜は愛の語らい(ハネムーン)。マルチタスクで処理します」

私は国王に向き直り、ニッコリと微笑んだ。

「お話、詳しく伺いましょうか。……コンサルティング料は高くつきますが、よろしいですね?」

「は、はいぃぃ! 国さえ残るなら何でもしますぅ!」

「カルルぅぅぅ……」

アイザック様の悲痛な叫びが、南国の空に吸い込まれていった。

こうして、私の「ハネムーン」改め「南国リゾート買収・再建プロジェクト」が幕を開けたのである。
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