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一章 役立たず王女、島流しにされる
⑨
しおりを挟む銀色の長い前髪が彼の目元にかかると鬱陶しそうにしつつ髪を掻き上げた。
メイジーが今わかることは、ガブリエーレのおかげで食べられずにすんだということだけだ。
あの大鍋で間違いなくメイジーを茹でようとしていた。
海で命の危機を乗り越えたものの、陸地についてもこんなことになるなんて思いもしなかった。
メイジーの握り込んだ手のひらは恐怖から微かに震えている。
(こんなのってあんまりだわ……! どこに行っても危険ばかり)
こうして命の危機に曝されて初めて、今までいた環境がどれだけ幸せだったのかを噛み締める。
物置き部屋の中は狭かったがメイジーは安全だった。
柔らかいベッドも温かい食事も当たり前のようにそこにあった。
虐げられて居場所がないと感じていたけれど、メイジーは城で守られていたのだ。
とりあえずガブリエーレにお礼だけは言わなければならないと顔を上げた。
「あの……っ!」
『お前……どこから来た?』
ガブリエーレの唇はまったく動いていないのに声だけが頭に響く。
その声には怒りが込められているような気がした。
「…………へ?」
『答えろ』
ガブリエーレに頭を下げていた人たちも顔を上げて、メイジーを睨みつけているではないか。
ガブリエーレの言葉は絶対なのだろうか。
彼らにとってガブリエーレは特別な存在だろう。
メイジーは圧迫感に震える唇を開いた。
「わたしはシールカイズ王国から来ましたわ」
『シールカイズ王国だと……? ありえない』
何がありえないのか聞きたかったが、今はそんな雰囲気ではなさそうだ。
ガブリエーレは顎に手を当てながら考えている。
『その喋り方と格好、髪も長く美しかったのだろうな……貴族の娘か?』
「……!」
ガブリエーレが何者かはわからない。
だけどシールカイズ王国を知っていることは間違いないようだ。
(わたしが王女だと言うべき? そうすればこの人にとってプラスになるのかしら……)
今、メイジーの言葉が通じるのはガブリエーレだけだ。
メイジーの前にあるグツグツと煮えたつ鍋がまだある。
もしかしたら答えによっては食べられるかもしれないと思いメイジーが口を開く。
「わ、わたしはシールカイズ王国の王女……でした」
『…………』
そう言うとガブリエーレは驚くようにわずかに目を見開いた。
その後、すぐに無表情に戻るがこちらに軽蔑した眼差しを送っている。
『この状況でよく王女だったなどと嘘をつけるな』
「嘘ではありません! わたくしは本当に……っ」
『シールカイズ王国の王女がたったものが、一人でこんな辺鄙な島まで来られるわけがない。何か魔法でも使わなければ不可能だ。どうやって生き延びたのか説明できるのか?」
ガブリエーレの言っていることは納得できる。
王族で王女であったとしたら、こうして船の上で生き延びることはできないだろう。
それに彼はここがどこかだと知っているようだ。
そしてシールカイズ王国のことも。
(たしかに王族が小さな船で雨水飲んで、海藻食べながら流れていたものを使って生き延びたって説明しても信じてもらえないわよね……)
そして島だと言われたことで、ここは陸地やどこかの国ではないことがわかった。
メイジーは自分がどうすれば王族だったと信じてもらえるのか考えを巡らせる。
(カーテシーを披露する? ううん、そんなの貴族の令嬢なら誰だってできる。フルネームを言うなんて意味ないわよね。どうすれば……)
メイジーが考えている間にガブリエーレは責めるような口調で続けた。
『シールカイズ王国の王女は赤髪だったはずだ。あともう一人、王女がいるが病弱で部屋からでれないのだろう?』
「どうしてそれを……!」
『ふん、やはり嘘か……俺が知らないとでも思ったのか?』
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