154 / 1,325
第三章 幸せの行方
55 力丸 8
しおりを挟む
「い、いや、いやだ。あああああ!」
成人が悲鳴を上げて、必死に後退りする。
なに?なんで?
何が起こっているのか、全然分からない。
「成人…?」
手を伸ばすほど、パニックは酷くなる。
部屋の前で戸惑っていると、緋色殿下が階段を駆け上がってくるのが見えた。
あまりの殺気に、動けない。
怒っている。
「緋色!!」
兄上の大声。殿下が、ほんの少し反応を見せた隙に追いついて、後ろから抱き込んだ。
「緋色。成人を頼むぞ。力丸は俺に預けろ。」
兄上の腕に、かなり力が入っているから、殿下の行動を抑え込んでいるのだろう、とぼんやり思う。殿下のこめかみに、青筋が立っていた。
「深呼吸しろ。ほら、成人のところに行くぞ。」
兄上は、殿下を抱えたその体勢のまま、ぐいぐいと部屋へ入っていく。
俺は、その場に立ち尽くすしかない。
開いたままの扉から部屋の中が見える。成人は、絨毯の上でうずくまって呻いていた。じっとりとした汗が滲み、眉はしかめられ、苦しくて仕方ない様子だ。声を堪えているのだろう。唇を噛みしめ過ぎて血が滲んでいる。
一体どうしたっていうんだ……。
部屋へ入ったのに、殿下も兄上も少し離れた所から成人の様子を見守っている。
なんで、何もせずに見ているんだろう。揺さぶって正気に戻してやらなければ、あんな調子で唇を噛んでいたら、傷が酷くなってご飯が食べられなくなってしまう。
そう思った時には行動に移していた。部屋へ駆け込んで成人に近付き、体に手を掛ける。
「い、あ、いや、いやあああああ!」
成人の金切り声が響き渡り、俺は兄上に殴られて吹き飛んだ。ぐわん、と揺れる視界で素早く状況を確かめると、兄上は殿下に殴られて膝から崩れ落ちていた。
「う、う、うう。」
成人の呻き声にそちらを見ると、右手を口に突っ込んで声を堪えている。
ああ。今度は、手から血が出るほどに噛みしめてしまった。
どうして……。
殿下を見ると、成人を見ながら、両手の拳を握りしめて立っている。殿下の拳から、ぽたり、と血が落ちた。頭を振って起き上がった兄上が、その両手をそっと撫でる。ふー、ふー、と荒い息を吐く殿下を落ち着かせるように。
「力丸。二度目は無い。無知は罪だ。」
兄上の低い声。兄上が、殿下より先に手加減して殴ってくれたことで、俺は命拾いしたのだ……。
成人のくぐもった呻き声は続く。心を抉られるような、苦しいかなしい声を、ただ聞く。
触れてはいけない、のだ…な。
では、このまま?
血だらけの唇や右手を庇ってやることもできず、揺さぶって正気に戻してやることもできず、脂汗を拭くこともできず、何に苦しんでいるのかも分からないまま、ただここで、離れた場所で、苦しむ声を聞いている、だけ……?
俺が。
俺が、何かしたのだ。
成人が、こんな風に苦しむ何かを。
無知は、罪だった。
それから長い長い時間、成人が苦しむ姿をただ、見ていた。ただ、聞いていた。
俺のまだ短い人生の中で、最悪の時間だった。
成人が悲鳴を上げて、必死に後退りする。
なに?なんで?
何が起こっているのか、全然分からない。
「成人…?」
手を伸ばすほど、パニックは酷くなる。
部屋の前で戸惑っていると、緋色殿下が階段を駆け上がってくるのが見えた。
あまりの殺気に、動けない。
怒っている。
「緋色!!」
兄上の大声。殿下が、ほんの少し反応を見せた隙に追いついて、後ろから抱き込んだ。
「緋色。成人を頼むぞ。力丸は俺に預けろ。」
兄上の腕に、かなり力が入っているから、殿下の行動を抑え込んでいるのだろう、とぼんやり思う。殿下のこめかみに、青筋が立っていた。
「深呼吸しろ。ほら、成人のところに行くぞ。」
兄上は、殿下を抱えたその体勢のまま、ぐいぐいと部屋へ入っていく。
俺は、その場に立ち尽くすしかない。
開いたままの扉から部屋の中が見える。成人は、絨毯の上でうずくまって呻いていた。じっとりとした汗が滲み、眉はしかめられ、苦しくて仕方ない様子だ。声を堪えているのだろう。唇を噛みしめ過ぎて血が滲んでいる。
一体どうしたっていうんだ……。
部屋へ入ったのに、殿下も兄上も少し離れた所から成人の様子を見守っている。
なんで、何もせずに見ているんだろう。揺さぶって正気に戻してやらなければ、あんな調子で唇を噛んでいたら、傷が酷くなってご飯が食べられなくなってしまう。
そう思った時には行動に移していた。部屋へ駆け込んで成人に近付き、体に手を掛ける。
「い、あ、いや、いやあああああ!」
成人の金切り声が響き渡り、俺は兄上に殴られて吹き飛んだ。ぐわん、と揺れる視界で素早く状況を確かめると、兄上は殿下に殴られて膝から崩れ落ちていた。
「う、う、うう。」
成人の呻き声にそちらを見ると、右手を口に突っ込んで声を堪えている。
ああ。今度は、手から血が出るほどに噛みしめてしまった。
どうして……。
殿下を見ると、成人を見ながら、両手の拳を握りしめて立っている。殿下の拳から、ぽたり、と血が落ちた。頭を振って起き上がった兄上が、その両手をそっと撫でる。ふー、ふー、と荒い息を吐く殿下を落ち着かせるように。
「力丸。二度目は無い。無知は罪だ。」
兄上の低い声。兄上が、殿下より先に手加減して殴ってくれたことで、俺は命拾いしたのだ……。
成人のくぐもった呻き声は続く。心を抉られるような、苦しいかなしい声を、ただ聞く。
触れてはいけない、のだ…な。
では、このまま?
血だらけの唇や右手を庇ってやることもできず、揺さぶって正気に戻してやることもできず、脂汗を拭くこともできず、何に苦しんでいるのかも分からないまま、ただここで、離れた場所で、苦しむ声を聞いている、だけ……?
俺が。
俺が、何かしたのだ。
成人が、こんな風に苦しむ何かを。
無知は、罪だった。
それから長い長い時間、成人が苦しむ姿をただ、見ていた。ただ、聞いていた。
俺のまだ短い人生の中で、最悪の時間だった。
1,917
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる