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第九章 礼儀を知る人知らない人
166 文官の独り言 2
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「疲れたか? 少し休むか?」
顔を上げて少しぼうっとしとったら、ええ声が聞こえた。え? と顔を向けると、短髪の凛々しいお方と目が合う。
「いえ。すみません」
さぼっとると思われたかもしれん、と慌てて頭を深く下げる。少しぼんやりとしてしもとった。しっかりと食事をして睡眠を取り、風呂まで頂いたいうのに、なんて事や。ちゃんとせなあかん。
ん? 風呂? よう考えたら俺ら、どこの風呂に浸かっとったんやろ……。何か、えらく広い風呂やったような……。
「ちと早いが昼休憩にするか」
「緋色殿下。殿下は座ったばっかりやないですか」
緋色殿下。皇国の貴きお方の言葉に、次期様が顔を上げて言葉をお返しになる。気安いその返しに、お二人の関係性が垣間見えた。新しい次期様は、皇国の皇子殿下と仲が良ろしくていらっしゃるんやな。そりゃまた、これからのこの国は、ずいぶんと安泰……。
「こいつらが疲れてるだろ。まだ一晩寝ただけだし」
こいつら、と視線がこちらへ向くのを首をすくめて見守った。充分休ませてもろといて、そんなこと言いません。なんか調子は出んけど、精一杯頑張らしてもらいます。
書類に目を落とそうとすると、とんとんと肩を叩かれた。びっくりして振り向けば、優しい大きな目が一つ。
「くま、あるねえ」
「へ? くま?」
「うん」
細い細い指が、俺の目の下をそっと擦った。綺麗に作られた人形のような顔の中、開かない左目が痛々しい。視線をずらせば、左腕もまた肘の辺りまでしかないようだった。
こんな小さな子どもが、いったいどんな目にあってこのような姿になったものか……。
「分かっとるんですよ、成人殿下。休ませてやりたいのはやまやまなんですけどね。この者らがおらんと、どうにも仕事が回らへんのです」
「そっか」
次期様のお言葉に、真面目な顔で頷かれる成人殿下。成人殿下? この方が、成人殿下……。緋色殿下のご伴侶?
「すごいんだね」
「え? へ?」
すごい? すごいって?
「たくさん頑張ってて、すごい」
一つだけの小さな手が伸びてきて、俺の頭を撫でる。ふわ。なんや、これ。なんや、これ。
気持ちええな……。
ぽけっとしとるうちに、その手は隣の同僚の頭も撫でていた。あ。同僚もぽけっとした顔をしとる。分かる。気持ちええよな。
「成人、近い」
緋色殿下が素早く立ち上がられたかと思うと、成人殿下を軽々と抱き上げてしまわれた。
ああ。もう少しだけ撫でて頂きたかったな、なんて考えてしまう。
「俺以外の頭は撫でなくていい」
「あはは。なんでー?」
「なんでも」
「あはは。緋色も、頑張っててすごい」
成人殿下の手が緋色殿下の頭を撫でられると、緋色殿下の凛々しいお顔が、ゆるっと和んだ。
ああ。
こちらも、とても良いご関係でいらっしゃる。
「かめも。なーひとでんか、かめも」
「すえーしも。すえーしもすごい」
二人の若君? が、緋色殿下の足元で頭を差し出していらっしゃる。ふふ、そやね。お二人は成人殿下にようよう遊んでもろとったもんね。成人殿下に頭を撫でて頂くと気持ちええことを知っていらっしゃるんやろ。
はあ、と大きく息を吐く。ため息やない。呼吸。そう、呼吸が、すごく楽な気がした。
なんやろ。ええな、これ。騒がしいけど、嫌ではなくて。こんな事しとったら仕事の手が止まってしまういうのに、全然嫌ではなくて。
まあええか、と頬が緩む。
ずっと忘れとった何かを思い出したような、そんな気がした。
顔を上げて少しぼうっとしとったら、ええ声が聞こえた。え? と顔を向けると、短髪の凛々しいお方と目が合う。
「いえ。すみません」
さぼっとると思われたかもしれん、と慌てて頭を深く下げる。少しぼんやりとしてしもとった。しっかりと食事をして睡眠を取り、風呂まで頂いたいうのに、なんて事や。ちゃんとせなあかん。
ん? 風呂? よう考えたら俺ら、どこの風呂に浸かっとったんやろ……。何か、えらく広い風呂やったような……。
「ちと早いが昼休憩にするか」
「緋色殿下。殿下は座ったばっかりやないですか」
緋色殿下。皇国の貴きお方の言葉に、次期様が顔を上げて言葉をお返しになる。気安いその返しに、お二人の関係性が垣間見えた。新しい次期様は、皇国の皇子殿下と仲が良ろしくていらっしゃるんやな。そりゃまた、これからのこの国は、ずいぶんと安泰……。
「こいつらが疲れてるだろ。まだ一晩寝ただけだし」
こいつら、と視線がこちらへ向くのを首をすくめて見守った。充分休ませてもろといて、そんなこと言いません。なんか調子は出んけど、精一杯頑張らしてもらいます。
書類に目を落とそうとすると、とんとんと肩を叩かれた。びっくりして振り向けば、優しい大きな目が一つ。
「くま、あるねえ」
「へ? くま?」
「うん」
細い細い指が、俺の目の下をそっと擦った。綺麗に作られた人形のような顔の中、開かない左目が痛々しい。視線をずらせば、左腕もまた肘の辺りまでしかないようだった。
こんな小さな子どもが、いったいどんな目にあってこのような姿になったものか……。
「分かっとるんですよ、成人殿下。休ませてやりたいのはやまやまなんですけどね。この者らがおらんと、どうにも仕事が回らへんのです」
「そっか」
次期様のお言葉に、真面目な顔で頷かれる成人殿下。成人殿下? この方が、成人殿下……。緋色殿下のご伴侶?
「すごいんだね」
「え? へ?」
すごい? すごいって?
「たくさん頑張ってて、すごい」
一つだけの小さな手が伸びてきて、俺の頭を撫でる。ふわ。なんや、これ。なんや、これ。
気持ちええな……。
ぽけっとしとるうちに、その手は隣の同僚の頭も撫でていた。あ。同僚もぽけっとした顔をしとる。分かる。気持ちええよな。
「成人、近い」
緋色殿下が素早く立ち上がられたかと思うと、成人殿下を軽々と抱き上げてしまわれた。
ああ。もう少しだけ撫でて頂きたかったな、なんて考えてしまう。
「俺以外の頭は撫でなくていい」
「あはは。なんでー?」
「なんでも」
「あはは。緋色も、頑張っててすごい」
成人殿下の手が緋色殿下の頭を撫でられると、緋色殿下の凛々しいお顔が、ゆるっと和んだ。
ああ。
こちらも、とても良いご関係でいらっしゃる。
「かめも。なーひとでんか、かめも」
「すえーしも。すえーしもすごい」
二人の若君? が、緋色殿下の足元で頭を差し出していらっしゃる。ふふ、そやね。お二人は成人殿下にようよう遊んでもろとったもんね。成人殿下に頭を撫でて頂くと気持ちええことを知っていらっしゃるんやろ。
はあ、と大きく息を吐く。ため息やない。呼吸。そう、呼吸が、すごく楽な気がした。
なんやろ。ええな、これ。騒がしいけど、嫌ではなくて。こんな事しとったら仕事の手が止まってしまういうのに、全然嫌ではなくて。
まあええか、と頬が緩む。
ずっと忘れとった何かを思い出したような、そんな気がした。
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