【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

52 楽しそうなのは  成人

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やすさん、さっきぶり!」

 包拳礼をして、頭を下げたまま動かないやすさんに声をかける。
 さっきも会ったからね。久しぶりじゃなくて、さっきぶり。

「は、は。ええっと、あー、その。よ、ようこそお越しくださいました。緋色ひいろ殿下、成人なるひと殿下。風呂屋の安次郎やすじろうです」
「うん」

 やすさん、ご挨拶、完璧。

緋色ひいろと一緒に来たよ。中、入る」
「は。こ、光栄至極……ん? いや、至極光栄? に、ございます?」
「ふ、ふはっ」

 緋色ひいろはちょっと笑って、それから、んん、と息を整えた。

「そんなに畏まらなくてよい。顔を上げよ、安次郎やすじろう。伴侶が世話になった」
「は、ははっ」

 あれ? やすさん、顔を上げよ、って緋色ひいろが言ったのに、ますます深く頭を下げちゃった。

「包拳礼、もういいよ? お風呂、入ろ?」
「はいっ。どうぞお使いください」
「ん?」
「へ?」

 やすさんが番台に座っててくれないと入れないんだけど?

「俺ね。お金持ってきたから」

 緋色ひいろの分も任せて、と鞄を持ち上げてみせると、やっと頭を上げたやすさんが首を傾げた。

「へ? いや、お代はもう充分過ぎるほど」
安次郎やすじろう
「へいっ」

 緋色ひいろが名前を呼んだら、ぴしっとやすさんの背筋が伸びる。

「普段通りに営業しろ」
「へ?」
成人なるひと、風呂屋の入り方を教えてくれ」
「うん」

 緋色ひいろは、お風呂屋さんに来たことないんだよね? 俺は、さっき来たから分かる。ふふん。

「あ。あー、ええっと。ほな、俺は失礼して番台に……」

 そうそう、それ。やすさんが番台に居てくれないと中に入れない。

「俺ら、外に居ますんでごゆっくり」
「おう」

 常陸丸ひたちまるとじいじに見送られて、男用の暖簾をくぐった。ここも間違えたら駄目なんだよ、緋色ひいろ。俺たちは男だから、男用に入ります。
 やすさんはさっきと同じように番台に座っている。

「いらっしゃいませ」

 言葉が丁寧だよ、やすさん。。ぺこぺこと頭下げてるのもさっき来た時と違う。
 まあ、いいけどさ。

「二人です」

 財布から、二人分の小銭を出してやすさんの手に乗せた。磁石でくっつく釦で作ってある鞄と財布は、片手でも開け閉めしやすい優れもの。たくさん歳を取って亡くなった吉野よしのが作ってくれた宝物だ。吉野よしのはもう居なくなってしまったけれど、吉野よしのが作ってくれたものは残って、俺を助けてくれている。

「はい、確かに頂きました」

 やすさんがお金を受け取ったら、靴を脱いで下駄箱に入れて中に入る。
 どう? 緋色ひいろ。分かった?
 ふり返ったら、緋色ひいろはくつくつと、すごく楽しそうに笑っていた。

「え? なに?」
「いや。楽しそうで何より」

 楽しそうなのは緋色ひいろでしょ?
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