【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

55 一人、湯の中  緋色

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 なんだこのぬるま湯は。
 少し温かいだけの湯がちゃぷちゃぷと、寝転んだ体に揺れてかかる。

「ふわ~」

 気持ち良さそうな声に横を向くと、目をつぶってゆらゆらと揺れる成人なるひとが居た。
 片手を繋いだだけ。他に俺に触れている箇所もないのに、力を抜いた体がゆらゆらと湯に揺れている。
 一人で湯に浸かっているのか……。力を抜いて?
 その事に驚いて繋いでいる手を握り直した。きゅ、と握り返されて嬉しくなる。単純だな、俺も。
 ちっとも温まった気がしないので起き上がり、小さく開いていた成人の口にキスをした。

「うにゃ?」

 キスをしっかり受け止めた成人なるひとは、口を離したら、片方だけ開く目をぱちりと開いて首を傾げた。キスをするのが好きな成人なるひとがキスを拒むことなど有り得ない。だが不意打ちのキスはいつも、しっかりと唇を重ねてからこう聞くんだ。今のなに? と。

「今のなに?」

 ほらな。

「キスしてほしそうだったからキスした」
「ええー?」
「好きだろ?」
「好きだけど」
「はは」

 いつものやり取り。
 何度やっても飽きないやり取り。
 笑いながら、繋いでいた手を離してみた。いつものやり取りを交わしながら、いつもなら決してしない行動を混ぜた。
 きょと、としただけで、成人なるひとは変わらず湯にゆらゆら揺れていた。

「……」
「ん?」
「あ、いや……」
緋色ひいろ、熱いお風呂行く? 泡のとこ?」
「あ、ああ、そうだな。ここじゃ入った気がしない」
「俺、ちょうどいいー」
「ちょうどよくはないだろ」
「ほんとにちょうどいいー」

 呟くように言いながら、成人なるひとはまた目を閉じる。
 ゆらゆら。ゆらゆら……。
 そっとそこから離れて、先ほど成人が言っていた泡の出ている風呂に移動した。
 なんだこれ。なんだかこそばゆいな。なんでこんな泡を立てるんだ? 湯がかき混ぜられて、少しぬるくなっている気がする。好みではなかったのですぐに出た。
 やはり、先ほども入った大風呂が一番だ。思う存分、足も伸ばせるしな。
 久しぶりにしっかりと熱めの湯に浸かりながら、一人で湯の中に寝転がる成人なるひとを見ていた。
 分かってんのか、成人なるひと
 今、お前、一人で風呂に浸かってるぞ。まるっきり一人で湯の中だ。分かってんのか。
 日々を重ねていく中で、成人なるひとが一人でできることが増えていくことが嬉しいような、俺の手を必要としなくなるのが寂しいような。俺の複雑な胸の内も知らず、成人なるひとはすっかり力を抜いて湯の中でくつろいでいる。
 後で、抱いて泡の風呂に一緒に入ることにしよう。慣れない感触に、しがみついてくるのが楽しみだ。
 
 
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