勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環

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幕間

とある王子様の初恋

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 3月になると、スミレが咲き始める。庭師に頼んで庭に植えてもらったスミレが毎年花開くたび、子供の頃に一度出会っただけの少女のことを思い出す。
 あれが自分の初恋だったのだろう。
 桃色がかった柔らかそうな淡い茶色の髪。そしてスミレ色の大きな目。もうあまり思い出せることはないけれど、その二つはよく覚えている。

 アズール兄さんの公務に付いて行った孤児院で、孤児達と遊んでいたあの少女は、誰なのだろう。たまたまあの日だけ遊んだのだと孤児達から教えてもらった。だから名前も知らないのだと。
 もう二度と会えないのだと分かっているのに、会えないとなると会いたいと思ってしまう。忘れようと思うのに、毎年庭のスミレを見に来てしまうのだった。

「セレスト、ここにいたのね」

「サラ! 到着は明日じゃなかったか?」

「一日でも早く、あなたに会いたくて」

 婚約者のサラはルンザリオ帝国の第一皇女だ。ヒュリゴ王国の第三王子である僕などでは不釣り合いなのだが、サラが望んでくれて婚約を結んだ。
 周辺国の王族貴族の中から、サラなら選び放題だったはずなのに、僕なんかの何が良かったのだろうか。一度それを聞いてみた時には『セレストなら、本当に心から愛することができると思ったからよ』と言われた。
 僕が知りたいのはそういうことではなくて、なんだかはぐらかされたような気もしたけれど、嬉しかったのも事実で。サラに会うたび惹かれていく自分がいた。

 サラからの真っ直ぐな好意はとても嬉しく、僕自身もサラを大切に思っている。
 だけど、サラといても心のどこかで、あの子ならどんな顔をするのだろう。何と言うのだろうと想像する自分がいる。

「スミレ、綺麗ね」

「あぁ。……あ、そうだ。サラに見せたいものがあるんだ」

「何かしら?」

「行こう」

 サラに手を差し出すと嬉しそうに微笑んで手を合わせてくれる。その瞬間が好きだった。僕と歩くことを心から喜んでくれていると思えて、こちらも自然と笑顔になる。
 繋いだサラの手を自分の肘に導く。横に並ぶと以前はあまり無かった身長差が、この3ヶ月でさらに開いたようだと分かる。いつかはサラをすっぽりと抱き込めるくらい逞しくなりたい。



「わ……! 綺麗!」

 サラがヒュリゴ王立貴族学校に留学したいと言うのを数年前に聞いてから、王宮に滞在することになるサラのために準備していた庭だ。
 庭師に頼んで手に入れられる限りの様々なラナンキュラスを植えてもらい、今回サラがやってくるのに合わせて開花させてもらった。3月に開花する花とはいえ、全ての花を咲かせてくれとは難題だと庭師が苦労していたことは知っている。
 だが、これだけサラが喜んでくれたなら、庭師だって苦労した甲斐があるというものではなかろうか。なんせ相手は帝国の皇女だ。

「華やかで、可愛らしいラナンキュラスが、サラみたいだと思うんだ。サラはルンザリオ帝国の第一皇女という雲の上のような女性なのに、尊大に振る舞うこともないし、着飾ることも必要以上にしない。だけど、いつも気高く美しい。出会った頃から素敵な女の子だったけれど、君はとても魅力的な女性になった。そんな君の隣にいられることを誇らしく思うよ」

「セレスト……私、あなたのことが大好きよ。私のそばにいることがあなたの重荷になるのなら、皇女なんて身分もいらないと思うくらい」

「サラ……」

 僕をこんなにも想ってくれているなんて。国を大事に思うサラが身分をいらないと思うくらいだなんて。
 確かに将来の皇婿という立場に見合う人間にならなければとプレッシャーを感じることもあるし、僕が未熟なせいでサラの皇位継承の足を引っ張ってしまうのではという不安もある。
 だけど、サラを僕の手で支えてあげたいとも本心から思っている。

「大丈夫だよ。僕は、サラに相応しい男になってみせるよ」

「……ありがとう。あなたで本当に良かったわ」

 そう言って微笑むサラを抱き締めた。『セレスト』と少し焦ったような声で呼ばれる。照れているけれど嬉しいという気持ちが伝わってくる。
 僕もサラが僕を想ってくれるように真っ直ぐに、君のことを想いたい。僕も好きだよって伝えたい。だけど、どうしてもその言葉が出てこない。
 あの女の子のことを忘れなければ。そうじゃなきゃサラに気持ちを言ってはいけない気がする。だからごめん、待っていて。

 もう少しだけ、時間をちょうだい。
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