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第1章
第19話:満ちゆく月の影
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平穏という名の残酷な秒針は、一瞬の情けもなく、正確に時を刻み続けていた。
鴉との他愛もない交流や、迷宮のような塔の探索でどれほど心を紛らわそうとも、僕の心臓の最奥には、常に氷のように冷たい澱が沈殿していた。
「……もうすぐ、一ヶ月だね」
夜、天窓から見下ろす月が、欠けることのない無慈悲な真円へと近づいていくのを見つめ、僕は誰に聞かせるでもなく呟いた。あの神と交わした、呪いのような契約。一ヶ月に一度、僕という存在をこの世界に繋ぎ止めるための代償――「魔力提供」の日が、目前に迫っていた。
体内に澱んだ膨大な魔力を、魔石という空の器へと注ぎ込む。
言葉にすれば、それは単なるエネルギーの移し替えに過ぎない。けれど、それが魂を削り取るような痛みなのか、あるいは意識を混濁させる虚脱感なのか、僕には想像することさえ叶わなかった。
ここ数日、体内の脈動が狂い始めている。
血管の奥底を、熱せられた泥のような何かが這い回り、絶え間なく内壁を打ち付けているような、吐き気を催す不快感。これが「レリル」という天賦の才が持つ、御しきれぬほどの魔力なのだろうか。神の言葉が事実なら、この熱を放っておけば、僕の肉体は内側から魔力の暴走によって焼き切られ、灰に帰す。この苦痛から逃れるためには、定期的に「抜き取られる」ことこそが唯一の生存条件なのだ。
「怖いな……。あんなに死にたいと思っていたのに。今は、こんなに怖いんだ」
僕は暗い寝室で膝を抱え、制御できない震えを押し殺した。
鴉は僕の異変を鋭く察したのだろう。寝床から音もなく滑り降りると、そっと僕の震える手に自らの温かな頭を押し当ててきた。その健気な仕草に、かえって胸が締め付けられる。
魔力を根こそぎ奪われたとき、僕の心はどうなってしまうのだろう。
もしそのまま意識が戻らず、抜け殻のようになってしまったら。もし、手違いで僕という個体が壊れてしまったら――この子は、またあの孤独な空へ、一人で帰らなければならないのだろうか。
鴉の羽を撫でる僕の指先は、今や死人のように冷え切っていた。
これまで必死に、砂の城を積み上げるようにして守ってきた「生活」が、明日の朝にはすべて無残に踏み荒らされてしまうかもしれない。僕がここに存在を許されている唯一の理由は、あくまで「魔力の安定供給源」としての家畜のような価値があるからだ。もしその機能を果たせなければ、待っているのは冷たい魔石への「加工」――完全な死だ。
「……大丈夫だよ。きっと、大丈夫」
自分に言い聞かせる声は、夜の静寂に吸い込まれて消えた。
窓の外では、完璧な美しさを湛えた満月が、冷徹な監視者のように白々と世界を照らしている。
明日、あの大扉が開かれる。
僕の平穏を容赦なく終わらせ、僕を「レリル」という呪われた現実へと引き戻すために、誰かがこの塔を訪れる。
その訪問者が、僕にとって、そして僕の隣で静かに息を呑むこの子にとって、福音となるか、あるいは破滅の使者となるか。僕はただ、嵐の前の凪のような夜の中で、一度も開けることのなかった「地獄の続き」を見据えるように、眠れぬ目を閉じた。
鴉との他愛もない交流や、迷宮のような塔の探索でどれほど心を紛らわそうとも、僕の心臓の最奥には、常に氷のように冷たい澱が沈殿していた。
「……もうすぐ、一ヶ月だね」
夜、天窓から見下ろす月が、欠けることのない無慈悲な真円へと近づいていくのを見つめ、僕は誰に聞かせるでもなく呟いた。あの神と交わした、呪いのような契約。一ヶ月に一度、僕という存在をこの世界に繋ぎ止めるための代償――「魔力提供」の日が、目前に迫っていた。
体内に澱んだ膨大な魔力を、魔石という空の器へと注ぎ込む。
言葉にすれば、それは単なるエネルギーの移し替えに過ぎない。けれど、それが魂を削り取るような痛みなのか、あるいは意識を混濁させる虚脱感なのか、僕には想像することさえ叶わなかった。
ここ数日、体内の脈動が狂い始めている。
血管の奥底を、熱せられた泥のような何かが這い回り、絶え間なく内壁を打ち付けているような、吐き気を催す不快感。これが「レリル」という天賦の才が持つ、御しきれぬほどの魔力なのだろうか。神の言葉が事実なら、この熱を放っておけば、僕の肉体は内側から魔力の暴走によって焼き切られ、灰に帰す。この苦痛から逃れるためには、定期的に「抜き取られる」ことこそが唯一の生存条件なのだ。
「怖いな……。あんなに死にたいと思っていたのに。今は、こんなに怖いんだ」
僕は暗い寝室で膝を抱え、制御できない震えを押し殺した。
鴉は僕の異変を鋭く察したのだろう。寝床から音もなく滑り降りると、そっと僕の震える手に自らの温かな頭を押し当ててきた。その健気な仕草に、かえって胸が締め付けられる。
魔力を根こそぎ奪われたとき、僕の心はどうなってしまうのだろう。
もしそのまま意識が戻らず、抜け殻のようになってしまったら。もし、手違いで僕という個体が壊れてしまったら――この子は、またあの孤独な空へ、一人で帰らなければならないのだろうか。
鴉の羽を撫でる僕の指先は、今や死人のように冷え切っていた。
これまで必死に、砂の城を積み上げるようにして守ってきた「生活」が、明日の朝にはすべて無残に踏み荒らされてしまうかもしれない。僕がここに存在を許されている唯一の理由は、あくまで「魔力の安定供給源」としての家畜のような価値があるからだ。もしその機能を果たせなければ、待っているのは冷たい魔石への「加工」――完全な死だ。
「……大丈夫だよ。きっと、大丈夫」
自分に言い聞かせる声は、夜の静寂に吸い込まれて消えた。
窓の外では、完璧な美しさを湛えた満月が、冷徹な監視者のように白々と世界を照らしている。
明日、あの大扉が開かれる。
僕の平穏を容赦なく終わらせ、僕を「レリル」という呪われた現実へと引き戻すために、誰かがこの塔を訪れる。
その訪問者が、僕にとって、そして僕の隣で静かに息を呑むこの子にとって、福音となるか、あるいは破滅の使者となるか。僕はただ、嵐の前の凪のような夜の中で、一度も開けることのなかった「地獄の続き」を見据えるように、眠れぬ目を閉じた。
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