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第1章
第18話:最上階
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塔での奇妙な生活にも、少しずつだが慣れ始めた頃。心にわずかな余白が生まれた僕は、さらなる未知を求めて、これまで本能的に避けてきた場所――最上階である四階へと続く、あの薄暗い螺旋階段に手をかけた。
石造りの階段は、上へ向かうほどにその幅を狭め、まるで天へ挑むかのように急勾配になっていく。一段一段、石段の角が丸く削れているのは、気の遠くなるような長い年月、誰かが執念深くここを上り下りし続けた生々しい証だ。一段踏みしめるごとに、静寂の中で僕の心臓の鼓動だけが、早鐘のように耳元で大きく鳴り響いた。
「……ここが、この塔の終点、か」
四階の入り口に佇む扉は、これまでの質素な木扉とは一線を画していた。深い焦茶色の重厚な木材には、銀色の細工で複雑な幾何学模様が刻まれ、魔除けのような鉄の装飾が威厳を放っている。僕は一度深く息を吸い込み、冷たい鉄に掌を当てて、ゆっくりとその扉を押し開けた。
扉の先に広がっていたのは、息を呑むような一面の「星空」だった。天井から細い鎖で吊るされた無数の水晶や、壁一面に埋め込まれた真鍮製の天体模型が、高い位置にある小窓から差し込む僅かな陽光を複雑に反射し、部屋全体を静謐な宇宙へと変貌させていたのだ。
だが、僕がこの部屋を訪れた最大の目的は、その美しさに浸るためではない。肩に止まっている鴉の未来のためだった。
部屋をぐるりと見渡すと、東側の壁の高い位置に、外の世界へと繋がる大きな換気窓が据え付けられていた。石壁に穿たれたその開口部は、他の階の覗き窓のような窮屈なものではなく、鳥が一羽、悠々と翼を広げて通り抜けられるほどの広さがある。
「ここなら……お前が好きな時に外へ行ける」
僕は震える手で、埃を被っていた窓の古い留め金を外した。キィという高い音を立てて窓が開くと、そこから極北の鋭く冷たい、けれどどこまでも清浄な風が勢いよく流れ込んできた。
三階の書庫から見る景色よりもずっと高く、どこまでも遠くへと開かれた景色。塔を取り囲む切り立った崖の向こうには、波打つような深い森の緑が果てしなく続き、さらにその先――地平線の端には、人間たちが営みを続ける王都の煙が、陽炎のように微かに揺れている。
僕は部屋の片隅に置かれていた予備の薪や端材を集め、この窓のすぐ側に、鴉がいつでも羽を休められるような「止まり木」と「巣箱」を設えることにした。
魔法を失ったこの手は不器用で、木を削るだけでも指先に小さな傷を作ってしまう。けれど、自分のせいで死にかけたあの子が、二度とあのような氷の檻に閉じ込められることのないように。もしまたあの恐ろしい辺境伯がやってきたとしても、あの子だけはすぐに空へと逃げ出せるように。
僕は一心不乱に手を動かし、窓枠を鴉の出入りしやすい形状に整えていった。それは、この塔で僕が初めて、誰かのために自分の意志で行った「改造」だった。
作業を終える頃には、夕闇が迫り、天体模型の真鍮が茜色に輝いていた。
卓上にあった古い手記の最後のページをめくると、そこにはこれまでの緻密な図解とは異なる、殴り書きのような力強い筆致でこう記されていた。
『理の外にある者よ。絶望の先にあるのは、虚無ではなく、未だ名付けられぬ新たな理である』
それは、かつてこの孤独の中で、自分なりの自由を見出そうとした先住人の遺言のようにも思えた。
天体模型の環の上に飛び移った鴉が、満足そうに短く鳴いて、開かれた窓から一度だけ外の風を切り、再び僕の元へと戻ってきた。
僕はこの塔の囚人に過ぎないのかもしれない。けれど、この最上階に「自由への出口」を自分の手で作ったことで、心に澱のように積もっていた諦めは、あの子と共に空を、世界を知りたいという、小さな、けれど消えない好奇心へと書き換えられていった。
魔法を失ったこの身体でも、僕はあの子と共に、この不自由な塔の中で「新たな理」を見つけ出せるだろうか。 鴉が僕の指先を優しく甘噛みした。まるで、僕の新しい決意を祝福してくれているかのように。
石造りの階段は、上へ向かうほどにその幅を狭め、まるで天へ挑むかのように急勾配になっていく。一段一段、石段の角が丸く削れているのは、気の遠くなるような長い年月、誰かが執念深くここを上り下りし続けた生々しい証だ。一段踏みしめるごとに、静寂の中で僕の心臓の鼓動だけが、早鐘のように耳元で大きく鳴り響いた。
「……ここが、この塔の終点、か」
四階の入り口に佇む扉は、これまでの質素な木扉とは一線を画していた。深い焦茶色の重厚な木材には、銀色の細工で複雑な幾何学模様が刻まれ、魔除けのような鉄の装飾が威厳を放っている。僕は一度深く息を吸い込み、冷たい鉄に掌を当てて、ゆっくりとその扉を押し開けた。
扉の先に広がっていたのは、息を呑むような一面の「星空」だった。天井から細い鎖で吊るされた無数の水晶や、壁一面に埋め込まれた真鍮製の天体模型が、高い位置にある小窓から差し込む僅かな陽光を複雑に反射し、部屋全体を静謐な宇宙へと変貌させていたのだ。
だが、僕がこの部屋を訪れた最大の目的は、その美しさに浸るためではない。肩に止まっている鴉の未来のためだった。
部屋をぐるりと見渡すと、東側の壁の高い位置に、外の世界へと繋がる大きな換気窓が据え付けられていた。石壁に穿たれたその開口部は、他の階の覗き窓のような窮屈なものではなく、鳥が一羽、悠々と翼を広げて通り抜けられるほどの広さがある。
「ここなら……お前が好きな時に外へ行ける」
僕は震える手で、埃を被っていた窓の古い留め金を外した。キィという高い音を立てて窓が開くと、そこから極北の鋭く冷たい、けれどどこまでも清浄な風が勢いよく流れ込んできた。
三階の書庫から見る景色よりもずっと高く、どこまでも遠くへと開かれた景色。塔を取り囲む切り立った崖の向こうには、波打つような深い森の緑が果てしなく続き、さらにその先――地平線の端には、人間たちが営みを続ける王都の煙が、陽炎のように微かに揺れている。
僕は部屋の片隅に置かれていた予備の薪や端材を集め、この窓のすぐ側に、鴉がいつでも羽を休められるような「止まり木」と「巣箱」を設えることにした。
魔法を失ったこの手は不器用で、木を削るだけでも指先に小さな傷を作ってしまう。けれど、自分のせいで死にかけたあの子が、二度とあのような氷の檻に閉じ込められることのないように。もしまたあの恐ろしい辺境伯がやってきたとしても、あの子だけはすぐに空へと逃げ出せるように。
僕は一心不乱に手を動かし、窓枠を鴉の出入りしやすい形状に整えていった。それは、この塔で僕が初めて、誰かのために自分の意志で行った「改造」だった。
作業を終える頃には、夕闇が迫り、天体模型の真鍮が茜色に輝いていた。
卓上にあった古い手記の最後のページをめくると、そこにはこれまでの緻密な図解とは異なる、殴り書きのような力強い筆致でこう記されていた。
『理の外にある者よ。絶望の先にあるのは、虚無ではなく、未だ名付けられぬ新たな理である』
それは、かつてこの孤独の中で、自分なりの自由を見出そうとした先住人の遺言のようにも思えた。
天体模型の環の上に飛び移った鴉が、満足そうに短く鳴いて、開かれた窓から一度だけ外の風を切り、再び僕の元へと戻ってきた。
僕はこの塔の囚人に過ぎないのかもしれない。けれど、この最上階に「自由への出口」を自分の手で作ったことで、心に澱のように積もっていた諦めは、あの子と共に空を、世界を知りたいという、小さな、けれど消えない好奇心へと書き換えられていった。
魔法を失ったこの身体でも、僕はあの子と共に、この不自由な塔の中で「新たな理」を見つけ出せるだろうか。 鴉が僕の指先を優しく甘噛みした。まるで、僕の新しい決意を祝福してくれているかのように。
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