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第1章
第17話:分かち合う静寂
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鴉がこの塔を「自らの家」として選んでから数日が過ぎ、僕たちの間には、言葉を介さない不思議で愛おしいルールが根付き始めていた。
毎朝、高い窓から差し込む冬の終わりの鋭い光が僕の瞼を叩く頃、鴉は僕の枕元でパサリと小さく羽を鳴らす。それが「いつまで眠っているんだ」という、彼なりの合図だった。
かつての僕なら、目覚めるたびに絶望の重みに沈み込み、夕刻近くまで石のように動けずにいただろう。けれど今は、僕の目覚めを待ち、空腹を訴え、あるいは共に過ごす時間を催促する「熱」がすぐ側にいる。その事実だけで、重かったはずの四肢に、不思議と確かな力が宿るのだった。
「おはよう。今日も……空はあんなに青いよ」
掠れた僕の挨拶に、鴉は「カァ」と短く小気味よい声で応じると、当然のような顔をして僕の肩へと飛び移る。 一羽と一人の、奇妙で静かな共同生活。僕はまず、彼がいつでも自由奔放に外の世界と行き来できるよう、三階にある小さな一角を徹底的に磨き上げることにした。
かつては分厚い埃に埋もれ、時の流れから完全に見捨てられていた死の部屋。けれど今、そこには常に開け放たれた窓から新鮮な風が吹き抜け、停滞していた空気を見事に攪拌している。机の上には、彼がどこからか運んできた枯れ葉や、川辺で拾い上げたのであろう奇妙な形の光る石が、宝石のように並べられていた。
「それは何? ……不思議な形だね。僕へのお土産かな」
掃除の手を休め、僕が石を手に取って光に透かすと、鴉は誇らしげに喉を鳴らして胸を張る。
客観的に見れば、何の意味もない、ただの独り言に過ぎない。けれど、言葉の通じない異種の相手と、不器用に意志を通わせ合うその瞬間の積み重ねが、鋭利な憎悪で削り取られた僕の心を、薄皮一枚分ずつ丁寧に癒やしていくのを感じていた。
冷え切った地下の水場での洗濯にさえ、彼は当然のように付いてきた。
以前は、孤独と水の冷たさにただ震えるだけだった、あの鉄の匂いのする地下室。けれど今は、水面を覗き込んで自分の姿に首を傾げる鴉の影が、僕の影の隣に並んで映っている。ただそれだけで、暗い水場がどこか賑やかな社交場のように感じられた。
僕が力を込めてシーツを濯げば、鴉は跳ねた水しぶきに驚いて大仰に羽をばたつかせる。その拍子に、冷たい雫が僕の頬を直撃し、僕は堪えきれずに小さく、声を漏らして笑った。
――笑ったのは、この地獄のような世界に放り込まれてから、初めてのことだった。
笑えるんだ、僕。まだ、感情を殺しきれていなかったんだ。
レリルの、触れれば指が凍りつくほど冷たかったはずの頬が、内側からの微かな熱で上気していく。孤独を埋めるためだけにこの子を利用しているのではないか、と自分を責めた夜もあった。けれど、今この瞬間に感じている救いを、僕はもう「自分勝手だ」と否定しないことに決めた。
磨き上げられ、本来の石の輝きを取り戻した床。
知恵の香りと自由な風が絶え間なく通り抜ける書庫。
そして、左の肩にずっしりと伝わってくる、生きた温かな重み。
この塔は、もはや僕を閉じ込めるためだけの冷徹な檻ではなくなっていた。
世界から捨てられた僕と、名前を持たない一羽の鳥が、確かに「生活」という名の灯火を絶やさずに営み続ける、大切な拠点へと変わりつつあったのだ。
毎朝、高い窓から差し込む冬の終わりの鋭い光が僕の瞼を叩く頃、鴉は僕の枕元でパサリと小さく羽を鳴らす。それが「いつまで眠っているんだ」という、彼なりの合図だった。
かつての僕なら、目覚めるたびに絶望の重みに沈み込み、夕刻近くまで石のように動けずにいただろう。けれど今は、僕の目覚めを待ち、空腹を訴え、あるいは共に過ごす時間を催促する「熱」がすぐ側にいる。その事実だけで、重かったはずの四肢に、不思議と確かな力が宿るのだった。
「おはよう。今日も……空はあんなに青いよ」
掠れた僕の挨拶に、鴉は「カァ」と短く小気味よい声で応じると、当然のような顔をして僕の肩へと飛び移る。 一羽と一人の、奇妙で静かな共同生活。僕はまず、彼がいつでも自由奔放に外の世界と行き来できるよう、三階にある小さな一角を徹底的に磨き上げることにした。
かつては分厚い埃に埋もれ、時の流れから完全に見捨てられていた死の部屋。けれど今、そこには常に開け放たれた窓から新鮮な風が吹き抜け、停滞していた空気を見事に攪拌している。机の上には、彼がどこからか運んできた枯れ葉や、川辺で拾い上げたのであろう奇妙な形の光る石が、宝石のように並べられていた。
「それは何? ……不思議な形だね。僕へのお土産かな」
掃除の手を休め、僕が石を手に取って光に透かすと、鴉は誇らしげに喉を鳴らして胸を張る。
客観的に見れば、何の意味もない、ただの独り言に過ぎない。けれど、言葉の通じない異種の相手と、不器用に意志を通わせ合うその瞬間の積み重ねが、鋭利な憎悪で削り取られた僕の心を、薄皮一枚分ずつ丁寧に癒やしていくのを感じていた。
冷え切った地下の水場での洗濯にさえ、彼は当然のように付いてきた。
以前は、孤独と水の冷たさにただ震えるだけだった、あの鉄の匂いのする地下室。けれど今は、水面を覗き込んで自分の姿に首を傾げる鴉の影が、僕の影の隣に並んで映っている。ただそれだけで、暗い水場がどこか賑やかな社交場のように感じられた。
僕が力を込めてシーツを濯げば、鴉は跳ねた水しぶきに驚いて大仰に羽をばたつかせる。その拍子に、冷たい雫が僕の頬を直撃し、僕は堪えきれずに小さく、声を漏らして笑った。
――笑ったのは、この地獄のような世界に放り込まれてから、初めてのことだった。
笑えるんだ、僕。まだ、感情を殺しきれていなかったんだ。
レリルの、触れれば指が凍りつくほど冷たかったはずの頬が、内側からの微かな熱で上気していく。孤独を埋めるためだけにこの子を利用しているのではないか、と自分を責めた夜もあった。けれど、今この瞬間に感じている救いを、僕はもう「自分勝手だ」と否定しないことに決めた。
磨き上げられ、本来の石の輝きを取り戻した床。
知恵の香りと自由な風が絶え間なく通り抜ける書庫。
そして、左の肩にずっしりと伝わってくる、生きた温かな重み。
この塔は、もはや僕を閉じ込めるためだけの冷徹な檻ではなくなっていた。
世界から捨てられた僕と、名前を持たない一羽の鳥が、確かに「生活」という名の灯火を絶やさずに営み続ける、大切な拠点へと変わりつつあったのだ。
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