虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第3章

第66話:守りたいもの

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 窓の外を見れば、遠くの森の深淵から響く魔物の咆哮が、湿った夜風に乗って重苦しく執務室まで届いてくる。それは間もなく訪れる破滅の序曲だ。 

 領主としての冷徹な理性が、暗闇の中で俺の耳元に這い寄り、冷酷な正論を囁き続ける。

『彼の願いを聞き入れろ。彼を魔石化すれば、この領地は瞬時に救われる。先祖代々守り続けてきた民を、一人も欠かすことなく護り抜くことができる。それが、ストルムベルク辺境伯という地位を預かる者としての、唯一無二の正解だ』

 そうだ。それこそが、何者にも否定できない「最善」だ。たった一人の罪人の命を捧げるだけで、数万の領民の未来が買える。俺がこれまでの人生で叩き込まれてきた騎士道も、領主学も、すべてがその選択を肯定し、俺を英雄へと押し上げようとしている。

 だが。どれほど理屈で自分を納得させようとしても、目を閉じれば、浮かんでくるのは救うべき領民たちの顔ではない。「ヨハン」と、初めて敬称を捨てて俺の名前を呼び、真っ直ぐに俺の魂を見つめてきた、あの彼の切実な笑顔だ。

(あの笑顔が……あのはにかむような、春の陽だまりのような微笑みが、もう二度と、永遠にこの世界から失われてしまうというのか)

 冷たい石に変わり、感情も、記憶も、その指先の温もりさえもすべてを失った「それ」を、俺はこれからどんな顔で眺め続ければいい。その犠牲という名の、彼の鮮血で守られた街を歩くとき、俺は、自分を「人間」だと思いながら正気でいられるだろうか。

「俺が守りたいのは……領地だけではない。俺は、俺は……っ」

 喉の奥で、血を吐き出すような剥き出しの本音が、沈黙の部屋に漏れ出した。 

 領主として失格だ、無能だと罵られても、もはや構わない。彼を冷酷な石に変えて安寧を貪るくらいなら、俺は誇り高き剣を手にし、死を覚悟して魔物の群れに一人で突っ込む。その漆黒の波に飲み込まれ、肉を裂かれる方を選ぶ。

 守りたいもののために、最も守りたいものを犠牲にする。そんな逃れようのない地獄のような矛盾の中で、俺はただ、絶望と執着の入り混じった視線で、彼が一人震えているはずの塔の方角を、呪うように、祈るように見つめ続けるしかなかった。 

 俺が欲しいのは、冷たい魔石ではない。 

 俺が守りたいのは、ただの土地の平穏だけではない。 

 俺の隣で、不器用に、けれど確かに体温を持って笑いながら生き続ける、彼自身の尊い命なんだ。

 俺は執務机を拳で叩きつけた。彼が石になるというなら、俺はその石を砕いてでも彼を引っ張り出してやる。 
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