嘘つき王と影の騎士

篠雨

文字の大きさ
54 / 86
第3章:氷解のゆりかご

第52話:無意味な鋼に魂を灯した日

しおりを挟む
 セシルが額を預けてきたことに、アルヴィスの肩が微かに震えた。 
 拒絶ではなく、弱々しくも確かな寄り添い。その小さな変化が、アルヴィスの心に溜まっていた濁流を、決壊させた。

「……セシル。貴方は、自分が私の人生を食いつぶしていると言いましたね」

 アルヴィスの声が、暗闇の中で重く沈み込む。 
 アルヴィスはセシルの髪に指を差し込み、愛おしそうに、あるいは確認するようにその頭を深く、自身の胸へと抱き寄せた。

「貴方は自分のことを『お荷物』だと言った。私が義務感で、貴方を憐れんでここにいるのだと。……だが、それは違う。逆なのだ、セシル」

 アルヴィスが顔を上げると、そこにはセシルが今まで見たこともないような、ひどく脆く、今にも泣き出しそうな顔をした一人の男がいた。

「貴方がいなければ、私は二十年前、とうに自分自身を殺していた」

 その言葉の重みに、セシルは思わず息を呑んだ。公爵家の世継ぎ、期待の若手騎士。そんな光り輝く称号の裏で、アルヴィスもまた、役割を演じ続けるだけの空虚な日々に、静かに絶望していたのだ。

「公爵家の道具として生き、命じるままに人を斬り、名誉を積み上げるだけの人生になるんだと思っていた。……幼い頃から、私は『アストレアの剣』であること以外を望むことを許されなかった。私という人間が何を思い、何に傷つくかなど、誰も、父上でさえも興味はなかった。私は、ただ正しく、強くあるための装置だった」

 アルヴィスの声には、長年押し殺してきた乾いた痛みが混じっていた。

「そんな人生に何の意味があるのか分からなかった。……だが、そんな私に、誰よりもボロボロになりながら『国を、未来を守れ』と、震える手で命じてくれたのは貴方だった。……覚えていますか、セシル。貴方が即位して間もない頃、初めて呪術の反動で倒れたあの夜のことを」

 セシルの脳裏に、古い記憶が鮮明に蘇る。まだ十代だったセシルは、慣れない「奇跡」の行使で内臓を焼かれるような激痛に襲われ、神殿の奥で一人、血を吐いて蹲っていた。そこに駆けつけたのが、若き近衛騎士であったアルヴィスだった。

「あの時、私は貴方を助けようとした。だが、貴方は私の腕を振り払い、青ざめた顔で私を睨みつけた。『私に構うな、お前にはやるべきことがあるはずだ。……私を救う暇があるなら、この先にあるはずの、誰も泣かなくていい未来を救え』と」

 アルヴィスは、セシルの細い指を壊れ物を扱うように包み直した。

「……衝撃だった。自分の命が削れる音をさせながら、貴方は自分の救済ではなく、私の『正義』の行方を案じていた。私をただの護衛や道具としてではなく、未来を託すべき一人の志ある男として、その瞳に映してくれた。……あの日、私は初めて自分という人間に『意味』があるのだと、貴方の言葉によって思い知らされたんだ」

 セシルは、自分の手のひらに伝わるアルヴィスの熱い吐息と、震えを感じながら、愕然としていた。 
 自分が生きるための「嘘」として演じていた聖王としての強がり。それが、この鋼のように強靭な男の「生きる理由」そのものになっていたなんて。

「貴方がいたから、私は自分が『ただの剣』ではないと信じられた。……だから、お願いだ、セシル。私の人生を『重荷』だなんて言葉で奪わないでくれ。貴方がいなければ、私はまた、あの血に塗れただけの無意味な鋼に戻ってしまう……」

 アルヴィスがセシルの両手を、自分の大きな掌で包み込む。
 その手は、かつて王都で石を投げられ、泥にまみれた手だ。だが、アルヴィスにとっては、どんな宝石よりも尊く、気高い輝きを放っていた。

「あの日、雪山で貴方を失いかけた時……私が本当に恐ろしかったのは、国が『聖王』を失うことではない。私の世界から、唯一の光である貴方が消えてしまうことだった。……私がこうして狂ったように貴方に固執しているのは、貴方を救うためではない」

 アルヴィスは、セシルの掌に自分の額を擦り付けた。
 騎士が、かつての主に、そして一人の男に、自分の弱さをすべて差し出すような、あまりに卑屈で、あまりに切実な仕草。

「私自身の魂が死なないために、貴方が必要なのだ。……貴方がいなければ、私はまた、血に塗れた無意味な鋼に戻ってしまう。だから、お願いだ、セシル。……私の人生を、貴方の存在を、私から奪わないでくれ」

 自分以上に自分のことを想い、自分を失うことを誰よりも恐れている男。
 セシルは、自分の手のひらに伝わるアルヴィスの熱い吐息と、かすかな震えを感じながら、愕然としていた。

 救われていたのは、自分だけではなかったのだ。 
 自分の存在が、この強い男の「生きる理由」そのものであったという、あまりにも重く、まばゆい真実。

「……アル、ヴィス……」

 セシルの声が、初めてアルヴィスの「本音」に呼応するように、微かに、けれど温かく震えた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。

黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の (本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である) 異世界ファンタジーラブコメ。 魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、 「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」 そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。 魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。 ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。 彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、 そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』 と書かれていたので、うっかり 「この先輩、人間嫌いとは思えないな」 と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!? この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、 同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」 とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑) キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、 そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。 全年齢対象です。 BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・ ぜひよろしくお願いします!

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。

黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。 ※このお話だけでも読める内容ですが、 同じくアルファポリスさんで公開しております 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 と合わせて読んでいただけると、 10倍くらい楽しんでいただけると思います。 同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。 魔法と剣で戦う世界のお話。 幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、 魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、 家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。 魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、 「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、 二人で剣の特訓を始めたが、 その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・ これは病気か!? 持病があっても騎士団に入団できるのか!? と不安になるラルフ。 ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!? ツッコミどころの多い攻めと、 謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの 異世界ラブコメBLです。 健全な全年齢です。笑 マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。 よろしくお願いします!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

死に戻り騎士は愛のために願う 〜10回だけの奇跡〜

湯川岳
BL
「一生苦しむがいい。その呪いは俺からのプレゼントだ」 幼い頃に出会った友から呪いを貰ってしまったユーリ。 時は流れ、シューベルト家次男のアルトを追って騎士団に入隊をし、副団長まで上り詰めたユーリ。 毎日アルトの世話をしていく内に心惹かれていく。 「キスしてみろよ。それでオレが嫌じゃなければ……考えてやってもいい」 ユーリはアルトに口付けをする。そして呪いがこの時を待っていたかのように発動してしまった。 意識が乗っ取られ、目を覚ませばそこにあったはずの幸せは鮮やかな赤で染まっていた。 その日を境に始まったのは、暗くて長い道のりだった。 ※アルト編、ユーリ編。どちらから先に読まれても大丈夫です。 エンディング異なります。それもお楽しみ頂けたら幸いです。 ※最後はハッピーエンド確定。4話までだいぶ暗めの話なので苦手な方はお気をつけ下さい。 ※タイトル変えてみました。 旧:死に戻り騎士の願い 表紙素材:ぱくたそ

昨日の自分にサヨナラ

林 業
BL
毎晩会えるだけで幸せだった。 いつか一緒に過ごせたらと夢を見る。 目が覚めれば現実は残酷だと思い知る。 隣に貴方がいればそれだけでいいのにと願う。

『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。
BL
聖クロノア学院で、記憶と感情が静かに交差する。 「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」 記憶を失ったベータの少年・ユリス。 彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオンだった。 封じられた記憶。 拭いきれない心の傷。 噛み合わない言葉と、すれ違う想い。 謎に包まれた聖クロノア学院のなかで、 ふたりの距離は、近づいては揺れ、また離れていく。 触れたいのに、触れられない。 心を開けば、過去が崩れてしまう。 それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。 ――やがて、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。 過去と向き合い、誰かと繋がることでしか見えない未来がある。 許し、選びなおし、そしてささやかな祈り。 孤独だった少年たちは、いつしか「願い」を知っていく。 これは、ふたりの愛の物語であると同時に、 誰かの傷が、誰かの救いへと変わっていく物語。 運命に抗うのは、誰か。 未来を選ぶのは、誰なのか。 優しさと痛みが交差する場所で、物語は紡がれる。

負け犬の俺と、アンドロイドの紫ノくん【改稿】

鷹の森
BL
※こちらの作品は改稿したものです、以前掲載した作品があまりに齟齬だらけだったので再投稿します。完結しています※ 「日生くんでしょ、僕、染崎紫ノ」 「……えっ!? 紫ノくん!?」  幼い頃アンドロイドと揶揄われいじめられていた親友と再会した俺は、紫ノくんのあまりの容姿の変わりように、呆然とした。美青年、その言葉はまるで、紫ノくんのために作られたみたいだった。  恋に敗れ続ける俺と、小学生の頃から一途に俺を好きでいてくれた紫ノくん。  本当は同じ中学、同じ高校と一緒に通いたかったけど、俺の引っ越しをきっかけに、紫ノくんとは会えずじまいでいた。  電車を降りて、目の前の男がICカードを落とした人が居たから拾ったら、手首を掴まれて、強制連行……!? 「俺はずっと、日生くんが好きだよ。終わりまで、日生くんが好きだ」  紫ノくんの重い愛。でもそれは、俺にとっては居心地が良くて——? 美形攻め……染崎紫ノ(そめざきしの) 平凡受け……田手日生(たでひなせ)

処理中です...