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第3章:氷解のゆりかご
第53話:存在の肯定、存在の証明
アルヴィスはセシルの手を握ったまま、その瞳をじっと見つめ返した。そこにはもう、セシルを威圧するような騎士の鋭さはなく、ただ一人の男としての、祈るような静謐さがあった。
「……セシル。貴方は、魔力を失った自分には価値がないと言った。民に『偽物』と罵られたことを、誰よりも貴方自身が、真実だと思い込もうとしている」
図星を指され、セシルはびくりと肩を揺らした。二十年間、己の内に秘めた呪術の痛みと、民に見せてきた「魔力」という名の光。そのギャップに誰よりも苦しみ、嘘が暴かれた瞬間に「自分は空っぽになった」と信じて疑わなかった。
「だが、私にとっては逆だ」
アルヴィスの声が、セシルの鼓膜を優しく揺らす。
「魔力という奇跡の衣を剥ぎ取られ、王冠を捨て、たった一人の人間として私の前にいる……今の貴方が、私は何よりも愛おしい」
「……っ、そんなはず、ないだろう……! 私はもう、君に何も……恩返しも、利益も、何も返してあげられないのに……!」
「何もいらないと言っているんだ、セシル!」
遮るようなアルヴィスの強い言葉に、セシルは息を呑んだ。
「貴方が私のために何かを成す必要も、何かの役に立つ必要もない。……ただ、明日も目を開け、私の隣で呼吸をしていてくれれば、それでいい。貴方が、貴方であればいいんだ」
——貴方が、貴方であればいい。
その言葉は、セシルの二十年を全否定し、同時に全肯定するものだった。
国を背負わなくていい。奇跡を起こさなくていい。身を削って誰かの身代わりにならなくていい。ただ、この世に存在していること。それ自体が「価値」なのだと、アルヴィスは断言したのだ。
「誰が貴方を嘘つきだと呼ぼうと、私は貴方が流してきた本物の血を知っている。誰が貴方を無力だと笑おうと、私は貴方が守ろうとしたものの気高さを知っている。……世界中が貴方を否定しても、私が貴方を肯定する。私が、貴方の存在の証明になる」
アルヴィスの大きな手が、セシルの頬を包み込む。その親指が、今も止まらないセシルの涙を、壊れ物に触れるような仕草で拭った。
「もう自分を責めないでくれ。……自分を、お荷物だなんて呼ばないでくれ。貴方が生きているだけで、私は……救われているんだから」
アルヴィスの瞳に、一筋の光が溜まり、こぼれ落ちた。
それは、忠誠でも憐れみでもない。一人の男が、愛しい人の生を心から願い、その存在を寿ぐための、純粋な祈りの涙だった。
セシルは、自分の内側で何かが崩れ落ちる音を聞いた。
二十年間、自分を縛り付けていた「王としての責任」という名の重い鎖が、アルヴィスの涙の熱によって、今、静かに溶け始めていた。
「……あ、……ぁ……っ」
喉の奥から、嗚咽(おえつ)が漏れる。
初めて、自分が「生きていてもいいのだ」という許しを得た。
何者でもない、空っぽなはずの自分を、この男がまるごと受け止めてくれた。
セシルは震える唇を噛み締め、視界が滲む中、アルヴィスの顔を食い入るように見つめた。その表情に一切の嘘がないことを悟った瞬間、彼の凍てついた世界に、本物の春が訪れようとしていた。
「……セシル。貴方は、魔力を失った自分には価値がないと言った。民に『偽物』と罵られたことを、誰よりも貴方自身が、真実だと思い込もうとしている」
図星を指され、セシルはびくりと肩を揺らした。二十年間、己の内に秘めた呪術の痛みと、民に見せてきた「魔力」という名の光。そのギャップに誰よりも苦しみ、嘘が暴かれた瞬間に「自分は空っぽになった」と信じて疑わなかった。
「だが、私にとっては逆だ」
アルヴィスの声が、セシルの鼓膜を優しく揺らす。
「魔力という奇跡の衣を剥ぎ取られ、王冠を捨て、たった一人の人間として私の前にいる……今の貴方が、私は何よりも愛おしい」
「……っ、そんなはず、ないだろう……! 私はもう、君に何も……恩返しも、利益も、何も返してあげられないのに……!」
「何もいらないと言っているんだ、セシル!」
遮るようなアルヴィスの強い言葉に、セシルは息を呑んだ。
「貴方が私のために何かを成す必要も、何かの役に立つ必要もない。……ただ、明日も目を開け、私の隣で呼吸をしていてくれれば、それでいい。貴方が、貴方であればいいんだ」
——貴方が、貴方であればいい。
その言葉は、セシルの二十年を全否定し、同時に全肯定するものだった。
国を背負わなくていい。奇跡を起こさなくていい。身を削って誰かの身代わりにならなくていい。ただ、この世に存在していること。それ自体が「価値」なのだと、アルヴィスは断言したのだ。
「誰が貴方を嘘つきだと呼ぼうと、私は貴方が流してきた本物の血を知っている。誰が貴方を無力だと笑おうと、私は貴方が守ろうとしたものの気高さを知っている。……世界中が貴方を否定しても、私が貴方を肯定する。私が、貴方の存在の証明になる」
アルヴィスの大きな手が、セシルの頬を包み込む。その親指が、今も止まらないセシルの涙を、壊れ物に触れるような仕草で拭った。
「もう自分を責めないでくれ。……自分を、お荷物だなんて呼ばないでくれ。貴方が生きているだけで、私は……救われているんだから」
アルヴィスの瞳に、一筋の光が溜まり、こぼれ落ちた。
それは、忠誠でも憐れみでもない。一人の男が、愛しい人の生を心から願い、その存在を寿ぐための、純粋な祈りの涙だった。
セシルは、自分の内側で何かが崩れ落ちる音を聞いた。
二十年間、自分を縛り付けていた「王としての責任」という名の重い鎖が、アルヴィスの涙の熱によって、今、静かに溶け始めていた。
「……あ、……ぁ……っ」
喉の奥から、嗚咽(おえつ)が漏れる。
初めて、自分が「生きていてもいいのだ」という許しを得た。
何者でもない、空っぽなはずの自分を、この男がまるごと受け止めてくれた。
セシルは震える唇を噛み締め、視界が滲む中、アルヴィスの顔を食い入るように見つめた。その表情に一切の嘘がないことを悟った瞬間、彼の凍てついた世界に、本物の春が訪れようとしていた。
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