偽りの聖者と泥の国

篠雨

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第1章:主人公

第8話:称号という名の枷

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 最初は、すべてが幸福な熱狂の中にあった。

 レオが地方の村を訪れ、地面に手を触れて「最適化」を唱えるたび、枯れた井戸からは水が溢れ、痩せた土地には青々とした芽が吹いた。 

 現代の農業知識と、地脈を効率化するチート魔力。それはセシルが十二年かけても成し得なかった「即効性の奇跡」だった。

「勇者様! ありがとうございます!」 
「あんたは神様だ、セシル・アドレアンのようなケチな王とは大違いだ!」

 どこへ行っても、レオは花吹雪と称賛の嵐に包まれた。 

 自分を無視していた現代のクラスメイト。自分を「いらない子」扱いした両親。それらすべてを見返したような全能感。レオはこの時、人生で初めて「自分の居場所」を見つけたのだと確信していた。

 だが、その熱狂は、一ヶ月を過ぎた頃から少しずつ形を変え始めた。

「勇者様、次はいつ私たちの街に来てくれるんですか? 隣の村はもう二回も地脈を直してもらったそうじゃないですか」

 ある日の移動中、レオの馬車を止めた男が言った。その声には、感謝ではなく、僅かな「不満」が混じっていた。

「あ、ええと……予定を組んでいるから、順番に……」

「順番? そんな悠長なことを言っている間に、うちの作物が枯れたらどうしてくれるんですか。あんた『聖勇者』だろう? 手をかざすだけで治せるんだから、今すぐやってくれたっていいじゃないか」

 レオは言葉に詰まった。 
 最初は「奇跡」として拝まれていた彼の力は、いつの間にか、民にとって「あって当然の公共サービス」になりつつあった。

 カスティエ公爵は、その空気をさらに煽った。 
 彼はレオの力を使い、大規模な灌漑施設や魔石採掘場を次々と建設させた。短期間での急激な開発は、一時的な好景気を生んだが、それは地脈の「貯金」を切り崩す暴挙だ。

 次第に、レオの元に届く「お願い」は、切実な救済から、強欲な要求へと変わっていった。

「勇者様、もっと金の鉱脈を掘り当ててくれ! 借金が返せないんだ!」 
「隣の領地より魔石の出が悪いぞ! 手を抜いてるんじゃないのか?」
「前の王は血を吐きながらやってたぞ。あんたは涼しい顔をして、出し惜しみしてるのか!」

 セシルが命を削って捧げてきた「血」を「偽善」だと笑った彼らは、今度はレオの「汗をかかない奇跡」を「手抜き」だと詰り始めた。

「……なんで……」

 王宮のバルコニーから、広場に集まる群衆を見下ろしながら、レオは小さく呟いた。 
 彼らが掲げる看板には、かつて自分を称えていたはずの「聖勇者」という文字が、今は「義務」を催促する言葉のように躍っている。

 レオの手のひらには、頻繁な地脈接続の負荷で、消えないしびれが残り始めていた。 

 だが、一度止まれば、この熱狂は一瞬で殺意に変わるだろう。それを本能で察したレオは、痛む腕を抱えながら、次の「奇跡」を演じるために笑顔の仮面を被り直すしかなかった。

 「聖勇者」という輝かしい称号は、いつの間にか、レオを逃がさないための見えない「枷」に変わっていた。
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