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第2章:地脈の鳴動
第15話:腐敗
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王宮の大広間は、むせ返るような香水の匂いと、脂ぎった贅沢品の臭気に満ちていた。
かつてセシルが治めていた頃の、静謐で、どこか禁欲的ですらあった王宮の面影はもうどこにもない。レオが地脈を「最適化」し、強引に引き出した魔石や黄金。その不当なまでの富が、この一ヶ月で王都の中枢を完全に腐らせていた。
「さあさあ、聖勇者様! もっとお飲みなさい! 貴方のおかげで、我が領地の鉱山は昨年の三倍の利益を上げましたぞ!」
肥満体の重臣が、下卑た笑いと共にレオの肩を叩く。レオはその衝撃にふらつきながら、金で縁取られた重い杯を口に運んだ。味の濃い高級ワインが、ひどく苦く感じられた。
上座に座るのは、事実上の「王」として振る舞う摂政カスティエ公爵だ。
彼はレオがもたらした富で仕立てた、目を焼くような極彩色の法衣を纏い、まるで神にでもなったかのような尊大な態度で臣下たちの言葉を聞き流している。
「レオ様。次は西の湿地帯をお願いしたい。あそこの水を全て抜いて、大農園にするのです。貴方の力なら、一夜で『最適化』できるでしょう?」
「……でも、あそこは渡り鳥の中継地だって、セシルさんの日誌に書いてありました。無理に乾燥させたら、生態系が……」
レオが弱々しく反論すると、宴の喧騒が一瞬だけ止まった。
カスティエが、冷え切った瞳でレオを見据える。
「……また、あの『呪術使い』の話ですか? 彼は無能ゆえに、無意味な自然保護を口実に開発を止めていただけだ。貴方は彼とは違う。『正解』を知る勇者だ。……それとも、今のこの豊かな暮らしを、以前の貧しい、病に怯える毎日に戻したいのですか?」
「……それは、違うけど」
「ならば、黙って力を振るえばよろしい。民は貴方の奇跡を求めている。我々はその声を代弁しているに過ぎないのです」
カスティエの言葉に、重臣たちが一斉に「左様、左様!」と声を上げた。
彼らにとってレオは、崇めるべき英雄ではなく、いくらでも金を吐き出す「魔法の打ち出の小槌」に過ぎなかった。レオの意志など、この煌びやかな宴の狂乱の中では、羽虫の羽音ほどにも聞き入れられない。
ふと、レオは壁際に立つエルヴィンと目が合った。
この乱痴気騒ぎの中でも、彼は一滴の酒も口にせず、ただ彫像のように直立してレオを監視している。その瞳には、主人の贅沢に付き合わされる家畜を見守るような、冷めた憐れみが浮かんでいた。
(……セシルさんは、こんな奴らのために、あんなにボロボロになっていたの?)
不意に、激しい吐き気がレオを襲った。
豪華な料理。金色の装飾。自分を称える偽りの言葉。
それら全てが、セシルの命を削って奪い取った「略奪品」に見えた。
カスティエが、満足げに新しい魔石の塊を弄んでいる。
レオが「良かれと思って」行った最適化の結果が、この醜悪な欲望の宴なのだ。
自分が生み出した「正解」が、この国を道徳的な破滅へと突き動かしている事実に、レオは初めて震え上がった。
「……僕、もう……部屋に戻ってもいいかな」
レオの声は、肥った重臣たちの笑い声にかき消された。
もはやレオには、自分の意志でこの「正義の搾取」を止める力は残っていなかった。
かつてセシルが治めていた頃の、静謐で、どこか禁欲的ですらあった王宮の面影はもうどこにもない。レオが地脈を「最適化」し、強引に引き出した魔石や黄金。その不当なまでの富が、この一ヶ月で王都の中枢を完全に腐らせていた。
「さあさあ、聖勇者様! もっとお飲みなさい! 貴方のおかげで、我が領地の鉱山は昨年の三倍の利益を上げましたぞ!」
肥満体の重臣が、下卑た笑いと共にレオの肩を叩く。レオはその衝撃にふらつきながら、金で縁取られた重い杯を口に運んだ。味の濃い高級ワインが、ひどく苦く感じられた。
上座に座るのは、事実上の「王」として振る舞う摂政カスティエ公爵だ。
彼はレオがもたらした富で仕立てた、目を焼くような極彩色の法衣を纏い、まるで神にでもなったかのような尊大な態度で臣下たちの言葉を聞き流している。
「レオ様。次は西の湿地帯をお願いしたい。あそこの水を全て抜いて、大農園にするのです。貴方の力なら、一夜で『最適化』できるでしょう?」
「……でも、あそこは渡り鳥の中継地だって、セシルさんの日誌に書いてありました。無理に乾燥させたら、生態系が……」
レオが弱々しく反論すると、宴の喧騒が一瞬だけ止まった。
カスティエが、冷え切った瞳でレオを見据える。
「……また、あの『呪術使い』の話ですか? 彼は無能ゆえに、無意味な自然保護を口実に開発を止めていただけだ。貴方は彼とは違う。『正解』を知る勇者だ。……それとも、今のこの豊かな暮らしを、以前の貧しい、病に怯える毎日に戻したいのですか?」
「……それは、違うけど」
「ならば、黙って力を振るえばよろしい。民は貴方の奇跡を求めている。我々はその声を代弁しているに過ぎないのです」
カスティエの言葉に、重臣たちが一斉に「左様、左様!」と声を上げた。
彼らにとってレオは、崇めるべき英雄ではなく、いくらでも金を吐き出す「魔法の打ち出の小槌」に過ぎなかった。レオの意志など、この煌びやかな宴の狂乱の中では、羽虫の羽音ほどにも聞き入れられない。
ふと、レオは壁際に立つエルヴィンと目が合った。
この乱痴気騒ぎの中でも、彼は一滴の酒も口にせず、ただ彫像のように直立してレオを監視している。その瞳には、主人の贅沢に付き合わされる家畜を見守るような、冷めた憐れみが浮かんでいた。
(……セシルさんは、こんな奴らのために、あんなにボロボロになっていたの?)
不意に、激しい吐き気がレオを襲った。
豪華な料理。金色の装飾。自分を称える偽りの言葉。
それら全てが、セシルの命を削って奪い取った「略奪品」に見えた。
カスティエが、満足げに新しい魔石の塊を弄んでいる。
レオが「良かれと思って」行った最適化の結果が、この醜悪な欲望の宴なのだ。
自分が生み出した「正解」が、この国を道徳的な破滅へと突き動かしている事実に、レオは初めて震え上がった。
「……僕、もう……部屋に戻ってもいいかな」
レオの声は、肥った重臣たちの笑い声にかき消された。
もはやレオには、自分の意志でこの「正義の搾取」を止める力は残っていなかった。
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