偽りの聖者と泥の国

篠雨

文字の大きさ
16 / 31
第2章:地脈の鳴動

第16話:地脈の拒絶

 その異変は、レオがこの世界で最初に「奇跡」を起こした、王都近郊の村から始まった。

「勇者様! 大変です、早く来てください!」

 早朝、王宮に駆け込んできた村長の訴えを受け、レオはエルヴィンを伴って現地へと向かった。

 かつてレオが「最適化」を行い、一瞬で豊かな実りをもたらしたはずの畑。だが、そこに広がっていたのは、緑の楽園ではなく、不気味なほどに赤黒く変色した「死の土地」だった。

「……なんだよ、これ。病気かな?」

 レオは困惑しながら、地面に膝をついた。

 かつては瑞々しかった土壌が、今はまるで焼き尽くされた炭のように乾燥し、ひび割れている。それもただの乾燥ではない。ひび割れの奥からは、澱んだ紫色の霧が噴き出していた。

「レオ様、下がってください。この空気……普通ではありません」

 背後で剣を抜いたエルヴィンの声に緊張が走る。レオは首を振って、いつものように右手をかざした。

「大丈夫だよ、エルヴィン。ちょっとエラーが出てるだけだ。すぐに『最適化』して書き換えてあげるから」

 レオは集中し、脳内のシステムを展開する。

 だが、その瞬間に見えた「光景」に、レオは息を呑んだ。

 いつもなら、地脈の流れは青や金の綺麗なラインで表示される。だが、目の前の視界に浮かび上がったのは、画面全体を覆い尽くすほどの真っ赤なエラーメッセージだった。


『警告:リソース限界。対象地脈の生命エネルギーが枯渇しています』

『警告:書き換え不可能です。入力された「最適化」コマンドを地脈が拒絶しています』


「……え? 拒絶……? 治せないの?」

 レオは動揺し、何度も「最適化」を繰り返した。だが、指先から放たれる黄金の光は、地表に触れた瞬間にバチバチと弾かれ、霧散してしまう。

 それは、この土地が十二年かけてセシルの魔力で蓄えてきた「貯金」を、レオが一ヶ月で全て使い果たし、さらに土地そのものの生命力まで前借りして搾り取った結果だった。

 
 無理な「最適化」によって無理やり成長させられた作物は、土地の栄養を根こそぎ奪い去った。その結果、地脈はもはや修復不可能なほどに「枯れ」、自己防衛のために外部からの魔力を一切受け付けない状態になっていたのだ。

「そんな……。嘘だろ、一回書き換えるだけじゃないか……!」

 レオが焦って魔力を強めようとしたその時、足元から地鳴りのような咆哮が響いた。


 ドォォォォォ……!


 ひび割れから噴き出した紫色の呪力が、レオを突き飛ばす。

「うわぁぁっ!」

「レオ様!」

 エルヴィンがレオの襟首を掴み、間一髪で引きずり戻す。

 レオがさっきまでいた場所には、ドロドロとした汚泥のような魔力が溢れ出していた。

「……治せない。僕の力が、効かないんだ……」

 レオは、震える自分の手を見つめた。

 これまで「正解」だと思っていた自分の知識が、実はこの国の寿命を猛スピードで削っていただけだったという現実。

 
 エラーの文字が、レオの脳内で点滅し続ける。

 セシルがなぜ、あれほど慎重に、苦しみながら少しずつ魔力を与えていたのか。その理由を、レオは最悪の形で突きつけられようとしていた。

「……レオ様、村の人々が集まってきています。……説明を」

 エルヴィンの冷徹な促しに、レオは顔を上げた。

 そこには、昨日の「幸福」を返せと迫る、飢えた獣のような目をした村人たちが立ち並んでいた。
感想 4

あなたにおすすめの小説

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

忘れた名前の庭で

千葉琴音
BL
【凍てついた記憶を溶かすのは、不器用な守護者の体温】 「俺のことはルーカスでいい」 目覚めると、僕は自分の名前すら忘れていた。 唯一の肉親である兄・テオドールの死と同時に失われた記憶。無愛想な兄の友人ルーカスと共にゆっくりと兄の足跡を辿っていく。 厳格で甘いものが嫌いだった亡き兄・テオドール。彼が密かに弟のために植物図鑑を読み、内緒で菓子を買い与えていたという、口にされることのなかった真実。 ルーカスの語る「かつての自分」と、今の自分が少しずつ重なっていく中、アルノは因縁の魔獣の住む森へと足を踏み入れる。そこで彼が思い出したのは、独りで耐える術ではなく、誰かに抱きしめられて「息をする」方法だった。 孤独な少年と、彼を見守り続けた騎士。二人が雪解けの庭で見つける、新しい絆の物語。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります