偽りの聖者と泥の国

篠雨

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第3章:崩壊のその先

第24話:帝國ヴォルガルドの侵攻

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「……そんな、今さら戦争なんて……」

 レオはバルコニーから、北の空を見上げた。夜明け前の地平線が、不気味に赤く染まっている。それは朝日ではなく、国境付近の街が焼かれている炎の色だった。

 帝國ヴォルガルド。

 大陸最強の軍事力を誇り、肥沃な土地を虎視眈々と狙っていた隣国。彼らは、セシル・アドレアンがいた頃は、その強大な呪術と地脈の守りを恐れて手出しをしてこなかった。

 だが、今の聖王国は、カスティエ王が逃げ出し、地脈はレオの暴走によって傷つき、民衆は「共有」された苦痛で動くことすらままならない。

 まさに、完熟して地面に落ちるのを待つだけの「果実」だった。

「奴らめ……、ハイエナのような嗅ぎつけの良さだ」


  エルヴィンは騎士の外套を翻し、冷徹に事態を分析した。

 その時、血相を変えた斥候が駆け込んでくる。

「ほ、報告します! 北の国境付近にて、逃亡中だったカスティエ閣下の馬車が帝國軍の先遣隊と接触……! 閣下は『私は王だ、レオという化け物を制御する情報を渡すから命を助けろ』と喚き散らしたようですが……」

「……それで、どうなった」

 エルヴィンの問いに、斥候は顔を青ざめさせて答えた。

「帝國軍の将軍は『国を売る王に価値はない』と一蹴。カスティエ閣下、および同乗していた大臣たちは、その場で反逆者として一人残らず処刑されたとのことです。詰め込まれていた金塊も魔石も、すべて帝國に接収されました」

 レオは、息を呑んだ。

 自分を「化け物」と呼び、情報を売ってまで生き延びようとした者たちの、あまりにも惨めで、あっけない最期。

「……そっか。死んじゃったんだ、あの人たち。僕を置いていったのに」

 悲しみは微塵もなかった。ただ、胃の底が冷えるような空虚感と、自分もいつか「ゴミ」のように捨てられるのではないかという、新たな恐怖がレオを支配する。

「レオ、ここから先は私が前線に出ます。貴方は王宮の奥で、地脈の防壁を維持することに専念してください」

「嫌だ! 僕も行く! エルヴィンがいない場所で一人でいるなんて、もう無理だよ……っ!」

 レオはエルヴィンの腕に縋りついた。

 王が逃げ、国が滅ぼうとしているこの瞬間、レオにとって「聖王国」がどうなるかは二の次だった。ただ、自分を愛し、護ると誓ってくれた唯一の味方であるエルヴィンを失うことが、何よりも恐ろしかった。

「……分かりました。では、私の視界に入る場所にいてください。絶対に、離れないと約束してください」

「うん、約束する。ずっと隣にいるから」

 エルヴィンはレオの頭を一度だけ強く抱き寄せ、そして腰の剣を抜いた。

 兄アルヴィスが守り抜いた、そして自分が受け継ぐはずだった騎士団はもう存在しない。だが、今、彼には守るべき確かな「執着」があった。

 数時間後。

 帝國の魔導鉄甲騎兵団が、王都の第一外郭に到達した。

 轟音と共に城門が破られ、洗練された帝國軍がなだれ込んでくる。対する聖王国軍は統制を失い、蹂躙されていく。

 レオはエルヴィンの背中のすぐ後ろで、必死に魔力を練り上げた。

 けれど、昨日の暴走で地脈は深く傷つき、レオ自身の精神も衰弱している。無理に魔力を引き出そうとするたびに、内臓を掻き回されるような鋭い痛みがレオを襲う。

「っ、あああ……っ!」

「レオ!」

 エルヴィンが敵を斬り伏せながら叫ぶ。

 レオが苦しむたびに、リンクしている地脈が呼応し、王都の大地がひび割れていく。

 国を救おうとしているのか、それとも自分の苦痛を撒き散らしているのか。その境界線が、戦火の中でさらに曖昧になっていった。
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