87 / 105
八十六話〜純白のドレス〜
しおりを挟むシュウ!
「お帰りなさい、ミル」
屋敷に帰り自室に篭り手紙を認めていると、ボニーに連れられたミルが部屋に入ってきた。
最近ミルは、頻繁にユーリウスの所へ行っている。
理由は分からないが、もしかしたら元気のない彼を心配しているのかも知れない。
シュウ?
「私は大丈夫よ、ありがとう」
いつもと違う様子を感じたのか、手のひらに乗ったミルが不安気に見上げてくる。
「あの、若奥様。少しで構いませんので若旦那様とお話ししてさしあげて下さいませんか?」
「ユーリウス様がどうかされたの?」
「憔悴されたご様子でして……」
「そんなに元気がないの?」
昼間のアンセイムの言葉を思い出し、眉根を寄せる。
「はい。最近は、お食事も殆ど召し上がられておりません。寝付きが悪いのか睡眠も余りとられていらっしゃらないようで、スチュアート様がご心配なさっていました」
(そんなに寂しいのなら、フラヴィ様の元へ行けばいいのに)
言い知れぬどす黒い感情が心の奥底からじわじわと溢れ出してくるように感じる。
フラヴィに頬を叩かれた時、彼は自分自身を責めていたが、彼女に対しては特に何も言っていなかった。
普通ならば妻が叩かれたのだから相手に対して怒りが湧いても可笑しくない筈だが、彼にとって書類上の妻より幼馴染の愛人の味方をするのは自然な事だろう。あからさまに庇わないだけマシだ。
そもそも何故突然愛人達と縁を切ろうと考えたのだろう。更生してフラヴィと結婚するため? だがそれだとエレノラに対する言動と矛盾している。それなら、どうして……。
今更こんなしょうもない事を考えても仕方がない。そう思いながらも、また胸が苦しくなる。
「そう。でも私では役に立てないと思うわ」
「そのような事は決してありません」
「それに今、忙しくて手が離せないの。きっと一時的なものだから大丈夫よ」
「左様ですか……申し訳ありません、差し出がましいことを申しました。失礼致します」
ボニーは落胆した様子で部屋から出ていった。
罪悪感を覚えるが仕方がない。
本当にエレノラにはどうする事も出来ない。
いっその事、フラヴィとユーリウスの婚姻を斡旋でもしてあげようか?
「っ……」
シュウ……?
その瞬間、嫌だと思った。
どうして嫌なのか分からないが、無性に嫌だ。兎に角嫌だ。まるで駄々を捏ねる幼児みたいだと苦笑する。
「ミル、私……ユーリウス様と離縁したくない、のかな……?」
自分で出した結論だ。それを今更否定をするなどあり得ない。自分らしくない。こんなの、私じゃないーー
これは”皆”が幸せになる道だ。
これまでもそうやって生きてきた。
お母様が亡くなって、お父様が余りにも悲しむから泣くのを我慢した。
遊びたいのを我慢して働いてその合間に勉強をして、欲しい物を我慢して自分の分を弟達の分へ譲った。
ずっと家族のために生きてきた、家族のために嫁いできた。それは家族を愛しているから、全て当然の事だ。私が我慢すればそれで全て上手くいく筈。それにーー
「ユーリウス様はクズよ。どの道離縁して正解よ!」
そもそも借金がなければあんなクズ男に嫁ぐ必要もなかった。そのクズ男と離縁出来て、アンセイムと再婚すれば借金を肩代わりして貰えるどころか、父や弟達の今後の生活も保証される。祝い金なんて比にならない筈。
あんなクズ男から解放されるのだから喜ぶ事があっても悲しむなんてどうかしている。
まあ彼に同情の余地があるにせよ、クズはクズだ。間違いない!
「そうよ、ユーリウス様はクズよ‼︎ クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズッー‼︎‼︎」
シュ、シュウッ⁉︎
部屋のど真ん中で突然叫ぶエレノラに、ミルは驚き目を見開く。
「ご、ごめんね、ミル。何でもないわ」
我に返り恥ずかしくなり笑って誤魔化す。
「さて手紙の続きを書かなくちゃ!」
シュ、シュウ……?
気を取り直しエレノラは机に向かい積まれている書類を手にすると筆をとった。
翌朝ーー
何度目か分からない欠伸が出る。
夜遅くまで手紙を書いていたら、寝不足になってしまった。
「ミル、ユーリウス様の事宜しくね」
シュウ……。
ボニーにミルを預けようとするが今日はミルがエレノラから離れたがらない。きっと昨日の乱心した姿を見て心配をしてくれているのだろう。思い出しただけで恥ずかしい……。
「私は大丈夫よ」
今の彼にはきっとミルが必要だろう。
そっと持ち上げると、ボニーの手のひらに乗せた。
ミルを見送った後、寝不足で頭が冴えない中、支度を済ませ部屋を出た。
肩からは資料が入った大きめな鞄を下げており、寝不足と相まって若干足元がふらつく。
そんな調子で廊下を歩いているとエントランスの方が何やら騒がしい事に気付いた。
何となく既視感を覚えながら階段の下へ視線を向ければそこにはやはりフラヴィの姿があった。
「何度言わせるのかしら? エレノラ様にお会いして謝罪をしたいと言っているでしょう⁉︎ 早く案内なさい!」
使用人が何度も帰るように説得をしているが、聞く耳を持たないフラヴィは同じ言葉を繰り返すだけで不毛なやり取りが続く。
引き返して窓から外に出ようかと考えるも、今日は荷物が多いので難しい。暫く困り果て立ち尽くしていると、フラヴィが階段の上にいるエレノラに気付いた。
「あらエレノラ様! なんだ、やっぱりいるじゃない。丁度良かったですわ!」
制止する使用人を振り払い、彼女は軽快な足取りで階段を上ってきた。
前回の事を思い出し思わず身構える。
「ご機嫌よう、エレノラ様。お手紙拝見致しましたわ」
階段を上がりきると丁寧に挨拶をするフラヴィのその姿に目を見張る。何故なら花嫁を彷彿とさせる純白のドレスを着ていたからだ。
「以前、あんなに酷い仕打ちをした私まで心配下さるなんてなんて感動致しましたの。今は心から反省して、本日は直接謝罪をしたく参りましたわ」
今度は別の意味で目を見張る。
あのフラヴィが謝罪をしている。更には頭まで下げた。
呆気に取られていると、不意に両手を握られる。
「エレノラ様、あの時は本当に申し訳ありませんでした」
「フラヴィ様……」
俄には信じられないが、眉根を寄せ瞳を潤ませる姿に心から反省しているのかも知れないと思えてくる。
「もう疾うに腫れも引いたので大丈夫です」
「本当にエレノラ様はお優しいですわ……虫唾が走るくらいにーー」
「え……」
一瞬だった。
フラヴィの低い声色が響いた時にはエレノラの身体は既に宙に投げされていた。
何が起きたのか理解が追いつかないが、自分が階段の上にいた事は認識している。
背中に重心が傾き無意識に手を伸ばすがどうする事も出来ない。
「っーー」
必然的にフラヴィの姿が視界に入る。
彼女は怖いくらい鮮やかに微笑んでいた。
その姿を見て自分が突き落とされた事をようやく理解した。
739
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
あなたの愛が正しいわ
来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~
夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。
一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。
「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」
【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました
よどら文鳥
恋愛
ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。
ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。
ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。
更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。
再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。
ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。
後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。
ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。
【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜
よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。
夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。
不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。
どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。
だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。
離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。
当然、慰謝料を払うつもりはない。
あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵令息から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる