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八十七話〜落下〜
しおりを挟むこのまま階段の下に落ちたら、最悪打ちどころが悪ければ死ぬかも知れないと冷静に考える自分が可笑しかった。それと同時に頭の中に浮かんだのは子犬のようにしゅんとなり落ち込んでいるユーリウスの姿だった。
(もう少し、優しくしてあげれば良かったかも……)
こんな時にそんな意味のない後悔をする。
エレノラは衝撃に備え目をキツく瞑った。
「っ⁉︎」
だが衝撃を感じる事はなかった。その代わりに誰かに抱き抱えられているのが分かった。
そっと目を開けると、そこには息を切らし血相を変えたユーリウスがいた。
「え……ユーリウス、さま……?」
「エレノラっ、大丈夫か⁉︎」
彼が取り乱したように叫ぶ声と使用人達の悲鳴が重なり我に返った。
階段の中央でエレノラを受け止めてくれたのはユーリウスだった。
「お仕事に行かれたんじゃ……」
「そんな事を気にしている場合ではないだろう⁉︎ 怪我はしていないのか⁉︎ どこか痛むか⁉︎」
「い、いえ、特には……」
ユーリウスの勢いに圧倒されてしまう。
それに彼が現れたが事が信じられず、呆気にとられた。
「そうか、それならいいーーフラヴィ」
安心したのか優しく微笑む彼の顔が一瞬にして険しくなり、冷たく突き刺すような視線を階段の上にいるフラヴィへと向けた。そして彼女を呼ぶその声色は普段より低く冷たくエントランスに響いた。
「私も大概だと分かっている。故に人の事を責められる立場ではないが、流石にここまでするとは到底許せる事ではない。君には失望した」
「私は、ユーリウスのためを思ってしただけですわ!」
「私のためだと?」
「目を覚まして下さい‼︎ その女が現れてからユーリウス様は変わられてしまいましたわ! だってユーリウス様はそんな方ではないでしょう⁉︎」
「まるで私の事を全て理解している口振りだな」
「勿論ユーリウス様の事なら全て分かっていますわ。私の事を愛していないと言った事は嘘だという事も。その女に弱みでも握られて、仕方なくあのように言うしかなかったのでしょう? 本当は私達と縁など切りたくないのに無理矢理その女が……。ですが大丈夫ですわ、私全て分かっていますから。ほら見て下さい! この純白のドレス、素敵でしょう? ユーリウス様のために着てきたんですわ。喜んで下さい、私、ユーリウス様の花嫁になる覚悟が決まりましたの」
虚ろな目で微笑むフラヴィに息を呑む。
明らかに普通の精神状態とは思えない。
「以前も話したが、私は君を愛した事は一度たりとない。そしてこの先も私が君を愛する事は絶対にあり得ない」
「っーー」
ユーリウスの冷たく言い捨てた言葉に、フラヴィの顔からは表情が抜け落ちた。
彼女はゆっくりと一段ずつ階段を降りてこちらへと向かってくる。
「私はこんなに愛しているのに、どうして私を愛して下さらないの……? どうしてっ、私ではなくその女なんですの⁉︎ ずっとお側にいたのは私なのにっ‼︎」
「っ⁉︎」
距離が縮まりフラヴィの手が伸ばされた。
瞬間、ギョロリとした彼女の目と目が合い、思わずユーリウスにしがみ付く。
これまでこれ程までの憎悪を向けられた事などない。恐怖を覚えた。
フラヴィの手が迷う事なくエレノラを掴もうとするが、その手が触れる前にユーリウスはエレノラを抱き抱えたままそれを躱した。そしてーー
「キャァッ‼︎」
彼女は掴み損ねバランスを崩した。
階段を踏み外したフラヴィはそのまま転落をする。中央付近からの落下だった事と頭を打つ事がなかったため、幸い命に別状はなかった。
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