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八十六話〜純白のドレス〜
しおりを挟むシュウ!
「お帰りなさい、ミル」
屋敷に帰り自室に篭り手紙を認めていると、ボニーに連れられたミルが部屋に入ってきた。
最近ミルは、頻繁にユーリウスの所へ行っている。
理由は分からないが、もしかしたら元気のない彼を心配しているのかも知れない。
シュウ?
「私は大丈夫よ、ありがとう」
いつもと違う様子を感じたのか、手のひらに乗ったミルが不安気に見上げてくる。
「あの、若奥様。少しで構いませんので若旦那様とお話ししてさしあげて下さいませんか?」
「ユーリウス様がどうかされたの?」
「憔悴されたご様子でして……」
「そんなに元気がないの?」
昼間のアンセイムの言葉を思い出し、眉根を寄せる。
「はい。最近は、お食事も殆ど召し上がられておりません。寝付きが悪いのか睡眠も余りとられていらっしゃらないようで、スチュアート様がご心配なさっていました」
(そんなに寂しいのなら、フラヴィ様の元へ行けばいいのに)
言い知れぬどす黒い感情が心の奥底からじわじわと溢れ出してくるように感じる。
フラヴィに頬を叩かれた時、彼は自分自身を責めていたが、彼女に対しては特に何も言っていなかった。
普通ならば妻が叩かれたのだから相手に対して怒りが湧いても可笑しくない筈だが、彼にとって書類上の妻より幼馴染の愛人の味方をするのは自然な事だろう。あからさまに庇わないだけマシだ。
そもそも何故突然愛人達と縁を切ろうと考えたのだろう。更生してフラヴィと結婚するため? だがそれだとエレノラに対する言動と矛盾している。それなら、どうして……。
今更こんなしょうもない事を考えても仕方がない。そう思いながらも、また胸が苦しくなる。
「そう。でも私では役に立てないと思うわ」
「そのような事は決してありません」
「それに今、忙しくて手が離せないの。きっと一時的なものだから大丈夫よ」
「左様ですか……申し訳ありません、差し出がましいことを申しました。失礼致します」
ボニーは落胆した様子で部屋から出ていった。
罪悪感を覚えるが仕方がない。
本当にエレノラにはどうする事も出来ない。
いっその事、フラヴィとユーリウスの婚姻を斡旋でもしてあげようか?
「っ……」
シュウ……?
その瞬間、嫌だと思った。
どうして嫌なのか分からないが、無性に嫌だ。兎に角嫌だ。まるで駄々を捏ねる幼児みたいだと苦笑する。
「ミル、私……ユーリウス様と離縁したくない、のかな……?」
自分で出した結論だ。それを今更否定をするなどあり得ない。自分らしくない。こんなの、私じゃないーー
これは”皆”が幸せになる道だ。
これまでもそうやって生きてきた。
お母様が亡くなって、お父様が余りにも悲しむから泣くのを我慢した。
遊びたいのを我慢して働いてその合間に勉強をして、欲しい物を我慢して自分の分を弟達の分へ譲った。
ずっと家族のために生きてきた、家族のために嫁いできた。それは家族を愛しているから、全て当然の事だ。私が我慢すればそれで全て上手くいく筈。それにーー
「ユーリウス様はクズよ。どの道離縁して正解よ!」
そもそも借金がなければあんなクズ男に嫁ぐ必要もなかった。そのクズ男と離縁出来て、アンセイムと再婚すれば借金を肩代わりして貰えるどころか、父や弟達の今後の生活も保証される。祝い金なんて比にならない筈。
あんなクズ男から解放されるのだから喜ぶ事があっても悲しむなんてどうかしている。
まあ彼に同情の余地があるにせよ、クズはクズだ。間違いない!
「そうよ、ユーリウス様はクズよ‼︎ クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズ! クズッー‼︎‼︎」
シュ、シュウッ⁉︎
部屋のど真ん中で突然叫ぶエレノラに、ミルは驚き目を見開く。
「ご、ごめんね、ミル。何でもないわ」
我に返り恥ずかしくなり笑って誤魔化す。
「さて手紙の続きを書かなくちゃ!」
シュ、シュウ……?
気を取り直しエレノラは机に向かい積まれている書類を手にすると筆をとった。
翌朝ーー
何度目か分からない欠伸が出る。
夜遅くまで手紙を書いていたら、寝不足になってしまった。
「ミル、ユーリウス様の事宜しくね」
シュウ……。
ボニーにミルを預けようとするが今日はミルがエレノラから離れたがらない。きっと昨日の乱心した姿を見て心配をしてくれているのだろう。思い出しただけで恥ずかしい……。
「私は大丈夫よ」
今の彼にはきっとミルが必要だろう。
そっと持ち上げると、ボニーの手のひらに乗せた。
ミルを見送った後、寝不足で頭が冴えない中、支度を済ませ部屋を出た。
肩からは資料が入った大きめな鞄を下げており、寝不足と相まって若干足元がふらつく。
そんな調子で廊下を歩いているとエントランスの方が何やら騒がしい事に気付いた。
何となく既視感を覚えながら階段の下へ視線を向ければそこにはやはりフラヴィの姿があった。
「何度言わせるのかしら? エレノラ様にお会いして謝罪をしたいと言っているでしょう⁉︎ 早く案内なさい!」
使用人が何度も帰るように説得をしているが、聞く耳を持たないフラヴィは同じ言葉を繰り返すだけで不毛なやり取りが続く。
引き返して窓から外に出ようかと考えるも、今日は荷物が多いので難しい。暫く困り果て立ち尽くしていると、フラヴィが階段の上にいるエレノラに気付いた。
「あらエレノラ様! なんだ、やっぱりいるじゃない。丁度良かったですわ!」
制止する使用人を振り払い、彼女は軽快な足取りで階段を上ってきた。
前回の事を思い出し思わず身構える。
「ご機嫌よう、エレノラ様。お手紙拝見致しましたわ」
階段を上がりきると丁寧に挨拶をするフラヴィのその姿に目を見張る。何故なら花嫁を彷彿とさせる純白のドレスを着ていたからだ。
「以前、あんなに酷い仕打ちをした私まで心配下さるなんてなんて感動致しましたの。今は心から反省して、本日は直接謝罪をしたく参りましたわ」
今度は別の意味で目を見張る。
あのフラヴィが謝罪をしている。更には頭まで下げた。
呆気に取られていると、不意に両手を握られる。
「エレノラ様、あの時は本当に申し訳ありませんでした」
「フラヴィ様……」
俄には信じられないが、眉根を寄せ瞳を潤ませる姿に心から反省しているのかも知れないと思えてくる。
「もう疾うに腫れも引いたので大丈夫です」
「本当にエレノラ様はお優しいですわ……虫唾が走るくらいにーー」
「え……」
一瞬だった。
フラヴィの低い声色が響いた時にはエレノラの身体は既に宙に投げされていた。
何が起きたのか理解が追いつかないが、自分が階段の上にいた事は認識している。
背中に重心が傾き無意識に手を伸ばすがどうする事も出来ない。
「っーー」
必然的にフラヴィの姿が視界に入る。
彼女は怖いくらい鮮やかに微笑んでいた。
その姿を見て自分が突き落とされた事をようやく理解した。
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