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八十五話〜嫌悪感〜
しおりを挟む「ーー嬢、エレノラ嬢?」
「え、は、はい!」
「はは、頑張り過ぎて少し疲れ気味かな? 大丈夫かい?」
暫し意識を飛ばしていたが、アンセイムの声に我に返った。思わず声が上擦り立ち上がる。
周りを見て今自分が診療所にいた事を思い出す。そしてテーブルの上に積まれている書類に目を通している最中だった。
「い、いえ、大丈夫です……」
座り直し恥ずかしくなり小さくなる。
「それならいいけど、無理は禁物だよ。それで進み具合はどうかな?」
「沢山あるのでまだまだ全然です」
エレノラはそう言って苦笑した。
面談から十日。
愛人達一人一人の資料を作成し、アンセイムへと提出をした。それを元に彼が結婚相手から働き口、修道院の候補先までを探してきてくれた。
ただエレノラの考えていた量の五倍はあるので、目を通すだけでも一苦労だ。
僅か一週間ほどでこれだけの資料を集める事が出来るとは、やはり王太子ともなると次元が違うと感心してしまう。
やはり彼に頼んで良かった。これだけ候補があれば少しでも愛人達の希望に沿う事が出来る筈だ。
「僕も手伝おうか?」
「いえ、これ以上アンセイム様のお手を煩わせる訳にはいきませんので大丈夫です。それに引き受けたのは私なので自分で確認したいんです」
「素晴らしいね。怠慢な仕官達に、君の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ」
「大袈裟です」
「いや、本気で思っているよ」
爽やかに笑う彼に釣られてエレノラも笑う。
その後も引き続き資料に目を通しながら、たまに休憩がてらお茶を飲みながら談笑をした。
それから五日掛けて選定し終えた。
無論、診療所の仕事も並行して行っているので毎日目が回るほど忙しい。
「次は約束を取り付けて……」
これからエレノラが結婚相手候補と先に面談を行い、働き口には雇用主に話を聞き、修道院には現地に趣き見学をして話を聞く予定だ。
「僕にはそこまでする必要性を感じないな」
最近アンセイムは毎日のように診療中に顔を出している。仕事は大丈夫なのかと心配になり訊ねると「僕の側近は優秀だから問題ないよ」と言われ苦笑した。
「引き受けた以上、中途半端な事はしたくないんです。それに彼女達はこれからも生きていかなくてはなりません。進路先が決まったら終わりではなく始まりなんです。この道を選んで良かったと思って欲しいんです」
面談した彼女達からは、これまで現実から逃げてきた事への後悔の念がヒシヒシと感じ取れた。だからこそ、もう後悔はして欲しくない。
「本当に優しいね、君も」
(君も?)
妙な物言いに小首を傾げるが、彼は直ぐに話題を変えた。
「そういえば最近ユーリウスが元気がないみたいなんだけど、彼と何かあったのかい?」
「実は離縁したいとお伝えしたんです。でもその前にユーリウス様からは一から本当の夫婦としてやり直したいって言われてて。あのユーリウス様が意外ですよね、ふふ……」
笑顔で努めて明るく話すが、顔が引き攣ってしまうのを感じる。
「それは意外だ。ユーリウスは君と離縁したがっていたのに。ただ恐らく愛人達との関係が切れて寂しくなってしまうからかも知れない」
「そうですね、そうだと思います……」
これまで沢山の女性達に囲まれてきたのだから、急に一人になれば寂しくなるのは当然だ。
きっと寂しさを埋めるためにエレノラとやり直したいと言い出したのだろう。
「そういえば、面談に参加していない残りの愛人達はどうするつもりなんだろうね」
「お手紙で彼女達からは両親が探したお相手に嫁ぐとありました。ただ、フラヴィ様はお返事を頂けていないので分かりませんが……」
屋敷に乗り込んできた後、あれから彼女がどうしているのかは知らない。
あんな事があったので正直もう関わりたくない気持ちはあるが、これからどうするかは少し気になる。
ユーリウスがエレノラと離縁して全ての愛人達と縁が切れれば、フラヴィの懸念はなくなり改めてユーリウスとの結婚を望むかも知れない。そうなればきっとユーリウスもフラヴィを受け入れるだろう。元々彼はフラヴィと結婚する意志があったようだし。そうすれば彼も寂しくなくなる筈だ。これで”皆”ハッピーエンドとなれる。
(……)
ユーリウスとはあの面談以降顔を合わせていない。
『私の事が許せないのは分かっている。だが機会を与えてくれないか? 必ず良い夫になると約束する。だからっ』
『エレノラっ、先に私の話をーー』
まるで好きな人を必死に引き止めているように見えなくもない。
(いいえ、アンセイム様のいうようにユーリウス様はただ一人になるのが寂しいだけだわ……)
忙しい事を言い訳にして考えないようにしていたが、思い出してしまうとやはり胸が痛い。その理由は分からないが。
(もうユーリウス様とは離縁するんだから、余計な事は忘れないと!)
「エレノラ」
「っ‼︎」
呆然としていると気付けば目のすぐ側にアンセイムがいた。腕を掴まれ反射的に立ち上がるとそのまま引き寄せられ抱き締められた。
耳元で名前を呼ばれ彼の熱い息が掛かり、背中に回された腕に更に力が込められる。全身にゆっくりとアンセイムの温もりが伝っていくのを感じた。
その瞬間、ユーリウスに抱き締められた時の事が脳裏を過ぎり嫌悪感を覚えた。
以前まではアンセイムに手を握られても、頬に触れられても少し胸がドキドキしただけだった。だが少し触れられるのとではまるで違う。
これまで家族以外の異性から抱き締めらる事などなかったが、こんなにも嫌悪感がするものなのだろうか……。
ユーリウスの時は驚きはしたが嫌ではなかった。だが今は、嫌だーー
「いや、嫌っ」
力を込めてアンセイムの身体を押す。すると意外にもすんなりと解放して貰えた。
「あ……も、申し訳ありません‼︎」
苦笑してこちらを見ている彼に我に返り慌てて勢いよく頭を下げた。
これは首チョンされてもおかしくない。完全に不敬だ……。
背中を冷たい汗が伝うのを感じた。
「いや、少し焦り過ぎてしまったね。僕の方こそすまない。今日はもう帰る事にするよ」
「申し訳、ありません……」
再び頭を下げると彼は穏やかに笑んで診療所から出て行った。取り敢えず怒ってはいないようだと胸を撫で下ろした。
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