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4話
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私室に戻って早々、慌ただしい足音と共に一人の侍女がやってくる。
同年代である彼女は、凛々しい表情を崩さぬまま、額に汗を流して問いかけた。
「お嬢様……大きな音が聞こえましたが、まさか」
「エミネ……仕方なくよ、相手が強引に出てくるから……」
侍女のエミネは私の言葉を聞くと、小さくため息を吐く。
「はぁ……壁の修繕と、アロルド様の治療などは本日中に手配しておきます。ひとまず……アロルド様は誤って転んだというカバーストーリーでまいりますね」
「助かるわ」
エミネは私の生家、ノベール伯爵家より父が選任して仕えさせている侍女だ。
私の秘密事も知りつつ、それを隠すための後始末を諸々担当してくれている。
「気をつけてください。セシーリア様の秘密事を知られたなら……迫害を受ける可能性もあります。旦那様が危惧なさっていたことを少し考えてください」
「ごめんなさい……分かったから、ちゃんとするから」
「気を付けてくだされば私は結構です」
エミネが口酸っぱく言うのは仕方ない。
私は昔から特異体質により、常人よりも大きな力を持っている。
どれ程のものか? それは分からない。
赤子の頃から父を持ち上げられたし、未だに重いと感じた物体はないと思っているぐらいの力だ。
「旦那様が怪我をしつつも、お嬢様に力の加減を教えてくださったのは……女性らしく暮らしてほしいという願いあってこそです。ご厚意を無下になさらずに」
「分かっているわエミネ。気を付けます」
その特異体質ゆえに、小さな頃は父に何度も迷惑をかけてしまった。
なにせ力の加減も知らずに、ふとした拍子に怪我を負わせてしまう。
でも父は根気強く、私に常人として暮らす術を与えてくれた……これを無下にしたくない気持ちは本当だ。
「……お嬢様の気苦労も知っております。ですからあと一ヶ月は耐えてください。なによりも隠すべき魔物との事だけは知られぬため」
「えぇ、もちろんよ」
この特異体質という問題。
父と約束した、『絶対に明かしてはならない秘密』を知られる訳にはいかない。
だからこそ不用意に探ってくるアロルドからは離れて、自由に暮らせる日まで過ごさないとね。
◇◇◇
あれから十日が経ったが、エミネのカバーストーリーのおかげもあって騒動は広がらなかった。
その日のうちに壁が修繕され、アロルドは未だに転んでしまったと思っている。
だが違和感はあるのか、私に不用意に話しかける事は無い。
「とはいえ、あの厄介な恋情を抱いているままなのよね……」
知ってしまえば、アロルドからの視線には気味の悪さを感じる。
食事を取っているとわざわざ対面に座り、何かを食べるわけでもなく見つめてきたり。
湯浴みを終えた後、まるで偶然かのように鉢合わせてくる。
「き、奇遇だな。湯冷めするといけない。俺の部屋で温まっていかな……」
「必要ない」
こういったアプローチ、もとい性欲も絡んだ声かけに嫌気がする。
恋情を抱いてなど欲しくはない、こちらが嫌悪感を抱く相手からの好意など好ましいはずがないのだから。
「なぁ、セシーリア……この間は俺が転んでしまってどこまで話したか分からないが。少し話をさせてくれないか」
そうやって日々を過ごすうちに、結局またあの話をもちかけられる。
最悪だとため息を吐きたいが、ちょうど今日で良かったわ。
「話……ですか?」
「あぁ、そうだ。俺の気持ちについて話をさせてほしい。以前は途中で……どうも俺が転んで気絶してしまったからな。あれから頭がしばらく痛くて……日にちが空いてしまったが話をしたいんだ」
私が拒否をする前に、屋敷の玄関から呼び鈴の音が響く。
思わず笑みがこぼれた。
ほんとうにちょうどいいタイミングだ。
「その話とやらは……今やって来た方々とすべきですよ」
「は? なにを言って」
「なにを言っているのかは、すぐに分かります」
玄関へと向かえば、使用人たちが仰々しく礼をして来客を出迎えていた。
礼儀を見せているのには理由がある。
なにせその人は……
「すまないが、本邸の主人であるアロルド殿と話があって参った」
「お待ちしておりました。レーヴ公爵」
やって来たのはレーヴ公爵、彼は白髪の混じった黒髪が特徴的な初老の男性。
簡単に説明すれば、アロルドの不倫相手? であるローザの父親だ。
「先日、ノベール伯爵より言伝を預かったが……あの情報は真実か?」
「ええ、屋敷の使用人も聞いておりますゆえ。どうか気の済むまでお話ください」
「え……え……う、嘘だろ? どうしてだ。セシーリア」
背後からアロルドの怯えた声が聞こえる。
そんな彼へと振り返り、思わず緩む唇。
「では、お話の続きは私ではなく彼らとお願いいたしますね。アロルド」
「ち、違うんです。レーヴ公爵」
「話は別室で聞く。娘も同席してな」
「え……」
レーヴ公爵の視線を追えば、黙っているが怒りに染まったローザが見つめている。
あまりに修羅場な状況だけど対岸の火事なら気分がいい。
レーヴ公爵たちに思う所が無いわけではないが、今回は敵の敵という状況。
つまりは白い結婚という契約を進めるための味方でもある。
だから……
「ではアロルド、みっともない話をお好きにどうぞ?」
「ち、ちが! セシーリア……俺は」
笑みで彼を送り出そう。
馬鹿男に相応しい修羅場で、どうか好きにもがいてくれ。
同年代である彼女は、凛々しい表情を崩さぬまま、額に汗を流して問いかけた。
「お嬢様……大きな音が聞こえましたが、まさか」
「エミネ……仕方なくよ、相手が強引に出てくるから……」
侍女のエミネは私の言葉を聞くと、小さくため息を吐く。
「はぁ……壁の修繕と、アロルド様の治療などは本日中に手配しておきます。ひとまず……アロルド様は誤って転んだというカバーストーリーでまいりますね」
「助かるわ」
エミネは私の生家、ノベール伯爵家より父が選任して仕えさせている侍女だ。
私の秘密事も知りつつ、それを隠すための後始末を諸々担当してくれている。
「気をつけてください。セシーリア様の秘密事を知られたなら……迫害を受ける可能性もあります。旦那様が危惧なさっていたことを少し考えてください」
「ごめんなさい……分かったから、ちゃんとするから」
「気を付けてくだされば私は結構です」
エミネが口酸っぱく言うのは仕方ない。
私は昔から特異体質により、常人よりも大きな力を持っている。
どれ程のものか? それは分からない。
赤子の頃から父を持ち上げられたし、未だに重いと感じた物体はないと思っているぐらいの力だ。
「旦那様が怪我をしつつも、お嬢様に力の加減を教えてくださったのは……女性らしく暮らしてほしいという願いあってこそです。ご厚意を無下になさらずに」
「分かっているわエミネ。気を付けます」
その特異体質ゆえに、小さな頃は父に何度も迷惑をかけてしまった。
なにせ力の加減も知らずに、ふとした拍子に怪我を負わせてしまう。
でも父は根気強く、私に常人として暮らす術を与えてくれた……これを無下にしたくない気持ちは本当だ。
「……お嬢様の気苦労も知っております。ですからあと一ヶ月は耐えてください。なによりも隠すべき魔物との事だけは知られぬため」
「えぇ、もちろんよ」
この特異体質という問題。
父と約束した、『絶対に明かしてはならない秘密』を知られる訳にはいかない。
だからこそ不用意に探ってくるアロルドからは離れて、自由に暮らせる日まで過ごさないとね。
◇◇◇
あれから十日が経ったが、エミネのカバーストーリーのおかげもあって騒動は広がらなかった。
その日のうちに壁が修繕され、アロルドは未だに転んでしまったと思っている。
だが違和感はあるのか、私に不用意に話しかける事は無い。
「とはいえ、あの厄介な恋情を抱いているままなのよね……」
知ってしまえば、アロルドからの視線には気味の悪さを感じる。
食事を取っているとわざわざ対面に座り、何かを食べるわけでもなく見つめてきたり。
湯浴みを終えた後、まるで偶然かのように鉢合わせてくる。
「き、奇遇だな。湯冷めするといけない。俺の部屋で温まっていかな……」
「必要ない」
こういったアプローチ、もとい性欲も絡んだ声かけに嫌気がする。
恋情を抱いてなど欲しくはない、こちらが嫌悪感を抱く相手からの好意など好ましいはずがないのだから。
「なぁ、セシーリア……この間は俺が転んでしまってどこまで話したか分からないが。少し話をさせてくれないか」
そうやって日々を過ごすうちに、結局またあの話をもちかけられる。
最悪だとため息を吐きたいが、ちょうど今日で良かったわ。
「話……ですか?」
「あぁ、そうだ。俺の気持ちについて話をさせてほしい。以前は途中で……どうも俺が転んで気絶してしまったからな。あれから頭がしばらく痛くて……日にちが空いてしまったが話をしたいんだ」
私が拒否をする前に、屋敷の玄関から呼び鈴の音が響く。
思わず笑みがこぼれた。
ほんとうにちょうどいいタイミングだ。
「その話とやらは……今やって来た方々とすべきですよ」
「は? なにを言って」
「なにを言っているのかは、すぐに分かります」
玄関へと向かえば、使用人たちが仰々しく礼をして来客を出迎えていた。
礼儀を見せているのには理由がある。
なにせその人は……
「すまないが、本邸の主人であるアロルド殿と話があって参った」
「お待ちしておりました。レーヴ公爵」
やって来たのはレーヴ公爵、彼は白髪の混じった黒髪が特徴的な初老の男性。
簡単に説明すれば、アロルドの不倫相手? であるローザの父親だ。
「先日、ノベール伯爵より言伝を預かったが……あの情報は真実か?」
「ええ、屋敷の使用人も聞いておりますゆえ。どうか気の済むまでお話ください」
「え……え……う、嘘だろ? どうしてだ。セシーリア」
背後からアロルドの怯えた声が聞こえる。
そんな彼へと振り返り、思わず緩む唇。
「では、お話の続きは私ではなく彼らとお願いいたしますね。アロルド」
「ち、違うんです。レーヴ公爵」
「話は別室で聞く。娘も同席してな」
「え……」
レーヴ公爵の視線を追えば、黙っているが怒りに染まったローザが見つめている。
あまりに修羅場な状況だけど対岸の火事なら気分がいい。
レーヴ公爵たちに思う所が無いわけではないが、今回は敵の敵という状況。
つまりは白い結婚という契約を進めるための味方でもある。
だから……
「ではアロルド、みっともない話をお好きにどうぞ?」
「ち、ちが! セシーリア……俺は」
笑みで彼を送り出そう。
馬鹿男に相応しい修羅場で、どうか好きにもがいてくれ。
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