白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか

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5話

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「酷いわ! 私がいながら今さらセシーリアに恋情を抱いているの!?」

「違う、違うんだローザ。聞いてくれ……俺はただセシーリアも傍に居た方が今後のためになると思って」

 執務室に居るが、二人の声はよく聞こえてくるものだ。
 まぁ、いつもの情事の声よりも心地よく聞いていられるけれどね。

「私は……いつか貴方と一緒に幸せに暮らせると思って……」

「ローザ、そんな話をしに来たわけではないだろう」

 二人に比べてやけに冷静な声はレーヴ公爵のものだろう。
 声は小さいが、私の聴力ならば聞き取れる。
 こんな状況であっても落ち着いているのは流石というべきか、それとも落胆しているだけかもね。

「お父様……私はただ悔しいの。セシーリアは全てを知っていながらアロルドを誘惑したのよ! あんな毒婦をそのままにしていいの?」

 誰が毒婦だローザ。 
 いないと思って好き勝手に言っているわね。

「冷静に話し合えと言っている。気持ちというものに制御はできぬものだ。だからお前達はみっともなくも結婚前に行為をしたのだろう」

「……」
「……」

「アロルド殿、私は当時の君の行為を今さら責めるつもりはない。ただそれは我が公爵家の恥部となった娘の後始末のため、君が離婚して娘と再婚し、我が家に謝罪金を積み続けてくれるという契約あってこそだ」

「そ、それはもちろんです……俺は真摯に謝罪しようと」

「謝罪はいい、むしろ感謝している。どのみち気品に欠け、良縁を望めなかった娘で長女でもない。謝罪金という金を産んでくれたのなら儲けものだ」

「お、お父様……」

 ローザの泣きじゃくる声が聞こえるけれど、レーヴ公爵はまるで意に介さない。
 その声色に含まれた感情は揺らぐ事なく、淡々とアロルドに言葉を続ける。

「だが今度は君が白い結婚を反故にしようとした。これは互いの信頼損失でもある。そうだろう?」

「ちが、俺は……ただセシーリアが」

「御託はいい。私が言いたいのは許すために提示していた条件が覆されかねないとこちらは感じたのだ。相応の対応をさせてもらう」

「対応……ですか?」

「あぁローザが嫁いだ後。迷惑をかけた謝罪金として毎年……伯爵家の収益の一割を貰う予定だったが、これを三割とさせていただく」

 これは大きな条件を提示したものだと、私は唾を呑み込む。
 収益の三割など、アロルドたちに贅沢も出来ず、ただジリジリと苦しみながら生きるしかない条件だ。

「そ、それはあまりにも!」

「こちらも約束を反故にされる危険性もある。金銭の取りっぱぐれのないようにしたのだ。信頼を取り戻せる期間を経たなら、条件は緩和しよう」

 流暢で考える素振りすらない、だからこそ分かる。
 きっとアロルドには断る事のできる選択肢は用意されていない。
 交渉ではない、これは公爵家の決定事項なのだろう。

「異論なければ、新たな契約書にサインをしていただく」

「レ、レーヴ公爵。これでは俺の未来はあまりにも……」

「ほぉ……娘の純潔を奪い、その未来を失った君が自分自身の将来を憂うとはな。その憂いている将来を聞かせてくれないか?」

「……」

「我が公爵家に多大な損失を出しておいて、どんな将来を望むのかね?」

 有無を言わさぬ、言わせるはずがなかった。
 交渉術、論議の準備など……全てがアロルドには不足していた。

「分かり……ました」

 喉の奥から出ている枯れた声で、アロルドは不当な要求を呑まざるを得なかった。
 でもこれでいいわね。
 今さら、私に恋情を抱いたがゆえの粛清というものだ。

「レーヴ公爵、契約書には名を記します。ですが聞いてほしい事があるのです」

 ふと、話が終わったと思えばアロルドは突然切り出す。
 耳を澄ませば、私の名が聞こえ出した。

「俺がセシーリアに惹かれたのは、なにも恋情だけではありません。明確な実益があると思ったからです」

「ほぉ……」

 おっと、まずいかもしれない。
 これは放っておけないと、私は執務の手を止めて走り出す。
 その際も声は耳に届いた。

「俺の話を聞いてください、彼女はこの屋敷に残るべきで––––」

「失礼しまーす!」

 言葉を遮り、私は扉を開く。
 アロルドはギョッとした顔をしていたが、構うものか。

「お話は終わりでしたら、レーヴ公爵様方も気を付けてご帰還ください。最近は騎士団の活躍もあって魔物被害が抑えられていて助かりますが、警戒は必要ですから」

「ま、待ってくれ。まだ話が……」

「あら、話があるのですか? もう決まった事なのでしょう? アロルド」

「っ……」

「世迷い事を吐いている暇があれば、自らの堪え性のない恋情を抑えてはいかが?」

 アロルドは悔しそうに歯を噛み締めるが、私の声に押されるようにレーヴ公爵がうなずく。
「その通りだ。時間が惜しい」と彼に告げて、アロルドは契約書を書かざるをえなくなった。

「セシーリア……お、俺を……追い詰めるような真似はしないでくれ」

「あら、それをさせたのはどなたかしら?」

 泣き言を吐いているアロルドは、渋々と契約書にサインを書く。
 レーヴ公爵はそれを見届け、ローザを連れて帰還した。

「ふぅ」

 ひとまず、レーヴ公爵が私に興味を向けるような言葉をアロルドに言わせるのは阻止できた。
 『特異体質』である私がしている事、これだけは公爵に知られる訳にはいかない。

「な、なぁセシーリア……」

 落ち着いていると、アロルドはフラフラと私へと近づく。
 そして泣きそうな声色で、私へと頭を下げた。

「俺は、君をまだ諦めていない。気付いてしまった恋情は抑えられな––––」

「私はとっくの昔に冷めてまーす。荷物はまとめておりますので、あと十日でお別れです」

「な、なぁ。行かないでくれ。このままじゃ俺は」

 アロルドは私の手を掴み、情けなく、みっともなく頼み込む。
 虫酸が走る想いが、掴まれた手をひねり上げてしまう。

「ぐっ! セ、セシーリッツ!!」

「ねぇアロルド……」

 腕をひねり、そのまま倒れそうになったアロルドの首元を掴む。
 静かに、だけど確かな怒りを込めて耳元で囁いた。

「馬鹿な妄想をしている貴方になど惹かれない。私は貴方との人生より、自由な生活を望んでいるの」

「セシ……セシーリアァ」

 嘆くアロルドには、もう答える事は無い。
 あるはずがないのだから。
 そうして、私とアロルド……三年間に及ぶ白い結婚の終わりとなる日がやってきた。
 
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