黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

セオドア伯爵家

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帰りはエドがどうしてもお礼がしたいと言ってデイビッドを馬車に乗せ、自宅へと連れて行った。
しかし、馬車の中でぼんやり外を眺めるデイビッドに、エドワードはなんと声を掛けていいか悩んでいた。

「あのさ…花輪の事だけど…ごめんよ、手元に残してあげられなくて…」
「ん?」
「話したんだろう?帰りたいって君に打ち明けたんだから、あれはその…あのアルラウネからの何かしらのメッセージのはずなのに…」
「それならもう受け取った。」
「は?!」
「誰にも言うなよ?」

デイビッドはそう言って、ポケットから鮮やかな緑色の種の様な物を取り出して見せた。

「何コレ!?」
「恐らく“核”だろうな。要はアルラウネの種、心臓だ。」
「それじゃ、あそこで眠ってるアルラウネは?!」
「たぶん分体の方だと思う。ドライアドは意思の無い姿だけ模した分体を囮に使う事があるらしい。アルラウネにも同じ事が出来てもおかしくないだろ?」
「どどどどどどうするんだよそんなモノ!!バレたらただじゃ済まないよ!?」
「大丈夫、これは知り合いの精霊に預けてへ連れて行ってもらう。最後の最後に俺を信じて託してくれたんだ。魔物相手とは言え俺はそれに応えたい。悪いが秘密にしてくれるか?」
「しない訳にいかないよ!!そもそもアリーの事だけでも誰にも言えないんだから、もうひとつふたつ秘密が増えた所で変わんないよ!」
「恩に着る。またなんかあれば力になるからよ!」
「頼もし過ぎるよ!まったくもう!!」 


核をしまうと丁度馬車が停まった。
そこは結界の外側で、壁に沿って大きな邸が建てられている。この場所に居を構える貴族は珍しい。

「ようこそ我が家へ!ここがセオドア家の邸だよ!」
「そういや、こっちに来て誰かの家に招かれたのなんて初めてだな…」
「それは光栄だ!ぜひ楽しんで行ってくれたまえ!」

エドワードが勢い良くドアを開けると、中にはクラシカルなドレスに身を包んだ女性達と洒落たタキシードにクラバットひらめかせた男性達が待ち構えていた。

「お帰りなさいエディ!怪我は無い?とても心配したのよ?」
「兄様、大丈夫?」
「大丈夫?兄様。」
「朝からみんな落ち着かなくてね。でも元気そうで良かった。」
「お前のことだから、戦闘に巻き込まれて瀕死にでもなってやしないかと、家中で気を揉んでいたんだぞ!?」
「無事に帰ってきて何よりだ!おや、そちらはお友達かね?!」
「みんな、出迎えありがとう!この通り僕は無事だよ。紹介するね、こちらは友達のデイビッド君だ。」

その一言で皆の目が一斉にデイビッドの方へ向き、じわりと瞳が赤くなる。

「まぁ!じゃこちらが例のネクターで、薬の共同開発者で、貴方に血の提供をしてくれたって言うあのデイビッド様なの!?」
「なんと!息子の恩人に会えるとは!今日はなんと良い日だ!」
「「お会いできて光栄です!!」」
「ほらほらあなた達、お客様のお邪魔よ?さ、中へどうぞ、騒がしい家ですが!」

家中の人間が玄関に集まり、デイビッドを温かく迎え入れるので、逆に緊張してしまう。
今までこんな事は一度もなかったデイビッドは、どうしたら良いかわからずおたおたしていた。

「どうしたの?ほら、入って入って!」
「いや…なんか…今まで見て来た貴族の家と全然違うんで驚いた…」
「家はみんな仲いいからね。一族でかたまって生きて来た経緯もあってちょっと過保護だけど、基本的に明るくてフレンドリーなんだよ。イメージと違うねってよく言われるよ!?」
「だろうなぁ!」

通された部屋には食事の支度が整い、デイビッドは丸いテーブルの椅子に座らされた。

「紹介するね!こっちが父さんと母さん。隣がひとつ上の兄さんと双子の妹だよ。その向かいが叔父さん夫婦で、その横が僕のお祖母様。」

全員、黙れっていれば精巧な人形と見紛うばかりの作られた様な美しさだ。そして若い。
叔父夫妻と紹介された2人は、服装こそ年配向けのものだが、20代と言われても疑いようのない程で、祖母君に至っては顔のシワひとつ見当たらない。

「は…はじめまして…デイビッド・デュロックです。」
「「「はじめまして!!!」」」

食事が運ばれて来て、にこやかな歓談…と言うより尋問に近いお喋りが始まった。

「僕はグレゴリオ!グレイと呼んでくれ!エドの兄でこの家の次期当主だ!君とはずっと話してみたかったんだ!同じ次代組同士仲良くしたい!君が開発に関わった魔力抑制剤、あれは本当に素晴らしい物だ!魔力暴走に苦しむ魔術師の卵にとって夢の様な効果をもたらしてくれる!後遺症の苦しみから解放されるだけでもありがたいのに、従来品と比べてもその差は歴然だ!君はまさに魔法界の救世主だよ!」

その後もグレゴリオの勢いは止まらず、ひたすら魔法薬について褒め称えていた。

「ルナリアです!」
「リナリアです!」
「「私達、“ミリオンファーム”のお菓子の大ファンなんです!」」

“ミリオンファーム”は、例のチョコレート工房のある郊外の牧場の事だ。
グロッグマン商会の製菓部門を担い、数多のお菓子を世に出している。

「甘過ぎず素材に拘った繊細な味わいと、食べる者に対する気遣いのあるお店のコンセプトに感銘を受けました。」
「しっとりとなじんでホロホロととけて…口当たりも食べた後の余韻も他のお菓子とは一線を画する丁寧なレシピと職人の技術に感動致しました。」
「「デイビッド様はこの工房の責任者とお聞きしました!」」

全く同じ顔にたじたじしていると、横からエドが口を挟んだ。

「あれ、元のお菓子作ってるのデイビッド君なんだよ。」
「「本当ですか!?」」
「おい、余計な事言うなよ!」
「でも本当でしょ?上手くいったらレシピをお店に卸してるって言ってたじゃない。現に君のお菓子はどれもすごく美味しいしさ。」
「あのお菓子の元のレシピは門外不出とお聞きしました!唯一の所有者からもたらされる秘蔵のものだと!」
「工房の職人達は口を揃えて「天上の味には及ばない」と言っているそうです。まさかそのレシピの制作者がデイビッド様だとは…これはまさしく…」
「「神!!」」
「やめてくれ!!」

真っ赤な瞳をキラキラさせながら迫るセオドアの兄妹に、デイビッドは食事の間中小さくなっていた。


食事会の後、もっと話したいとせがむ兄妹を下がらせて、当主夫妻が客間にデイビッドを招いた。

「賑やかで驚かれたことでしょう?」
「いつもはもっと静かなんですよ?でも今日はデイビッド様がいらしたとあってみんなはしゃいでしまって…」
「いえ、いいご家族だと思いました。人前でだけ家族の仮面を被る貴族も多い中、こんなにしっかりと互いを大切に思い合っている方達もいるのだと、安心しました。」
「そう言って頂けて嬉しいわ。」
「所で…我々は貴方にもうひとつ悍ましい頼みをしなくてはならないのですが、どうかお聞き頂けませんか…?」
「悍ましい…頼み?」
「我等に流れる血に関するお願いでございます。」

2人は先程とは違い、真面目な顔で話を始めた。


セオドア家当主ダンと妻オードリーは今までに8人の子を設けて来たそうだ。
しかし、今いる子供達はエドワード合わせて4人。

「他の子供達は皆亡くなりました。」
「自身に流れる血の力に耐えられず命を落としたのです。」

幼くして亡くなった者もいれば、エドワードとそう変わらない齢で儚くなった者もいたそうだ。

「何度も覚醒のために血の提供も受けさせましたが、無駄でした…」
「血が覚醒しないと、人の血が持つ魔力と血統の魔力が分離してしまい、身体は虚弱なまま、体内の魔力に抗えずやがて死を迎えるのです。」
「薬で抑えても一時凌ぎ…そしてエドワードも同じ道を辿る運命だと思っておりました…」
「貴方は息子の命の恩人なのです。そんな貴方様に重ねて頼み事をするなど本来ならば許させる事ではないのですが、私もひとりの親として、子のためならば恥も見聞も捨て去る覚悟でお頼み申し上げます…」
「あの…何を…?」
「娘達のために…貴方様に、もう一度、血の提供をお願いしたいのです!」
「血…??」

儀式で受ける血は高位魔力持ちのものが至高であり、覚醒には欠かせないとされ、長年特定の家門から提供を受けてきたが、今までも上手くいったりいかなかったりと差があり、エドワードには一切影響しなかった。
それが、儀式でもないたった一度の吸血行為の後、いきなり覚醒し、誰よりも強い力を手に入れた事で皆を驚かせたそうだ。
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