黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

ヴァンパイアの一族

「この様なお願いをただの人である貴方様にするなど、あってはならない事だと理解はしております!」
「ですが…娘達の命を繋ぐ希望がそこにあるのなら、何を犠牲にしようと縋るのが親の性なのです。」

話を聞くと、あの姉妹はまだ血統の覚醒が不十分で、いつ魔力が分離して倒れてもおかしくない状態なのだという。
今までの笑顔とは打って代わり悲痛な面持ちの夫妻に、あの明るさは歴史の影に呑まれまいと血の呪縛に抗った振る舞いなのだということを思い知らされる。

「どの様なご要望にもお応えします!どうか…ほんの僅かでも構いません!お願いします!」
「いいですよ。」
「どうか…え?」
「あの、いいですよ?なんなら毎月勝手に来て抜いてく研究者もいるくらいですから。どの程度か分かりませんが、献血の様なものならなんてことないですし、構いませんよ?」
「そんな…本当によろしいのですか!?」
「なんでそんなに驚くんですか?」
「だって…私達はその…頂いた血を飲むわけで…」
「輸血と何か違いますかね?」
「悍ましいとはお思いになられませんか…?」
「襲われる訳でもないのに?なんなら蚊だって血を吸うじゃないですか。それに医療家系であるセオドア家ならばなんの心配もなくお任せできますしね。」

それを聞いて一度立ち上がり掛けた婦人が床に倒れ込み、声を上げて泣き出した。
それを支える当主も目に涙を溜め、声にならない叫びを堪えている。
そこへ隣の部屋から叔父夫妻と祖母君が入って来た。

「オードリー、お客様の前で失礼よ?無茶なお願いをしているのはこちらなの、ここで取り乱してはいけないわ…」
「違うのよお義姉さん!いいって…血の提供に同意して下さったの!!」
「まさか…!」
「何にせよ落ち着いて、デイビッド殿もお困りだぞ?」
「だって…だって、あんなに何でもないことみたいに笑顔で…輸血と変わらない、我が家になら安心して任せられるって言って下さって…」
「まぁ、そんな…」
「ああ…私、どうしたら良いでしょう!」

「本当にどうしたらいいですかね?!」

置いてきぼりを食ったデイビッドは、ソファの上で微動だにすることもできず固まっていた。
その時丁度開いたドアからエドワードが顔を出した。

「あれぇ?ドア開いてるよ?まだ何か話してるの?」
「エド!いいとこに来た!!」
「え…なんでみんなして泣いてるの…?」
「なんか…俺、悪い事言ったかな…?蚊の吸血と一緒にしたのはダメだったか…?」
「君もなにブツブツ言ってるの?」
「とにかく両親とも宥めてやってくれ!血ならいくらでも抜いて構わないからって…」
「ええ…?」

その後場所を談話室に移されたデイビッドは、取り乱した二組の夫妻に代わり、祖母君と対話する事になった。

「身内が失礼致しました。」
「いえいえ…こちらこそ何か失礼があったのではないかと…」
「いいえ…ただ血の提供にここまで抵抗無く快諾して下さった方が初めてだっただけですの。」
「はじめて…」
「嫌味や罵倒を散々受けて、化け物と嘲られ、あちらの尽きない要求に応えてやっと僅か手に入る物ですから…」
「大変じゃないですかそれ!?」
「ええ、でも、血を受けなければならない者にとってはそれが当たり前でしたので…」
「もっと快く提供してくれる相手とかいないもんですかね…」
「ただの血では覚醒には及ばず、かと言って他血統の血は拒絶反応も出ますから、どこのどなたから頂くかその判断も非常に難しいのです。」
「それは難儀ですね…」
「300年…私共はずっとそうして生きて参りました。」
「あの…血が必要と言うことなら本当に、採血でも何でもして下さって結構ですので!」
「何故そこまでして下さるのです?」
「なんでって…別に大したことでもないですし…それに俺はエドに命を助けてもらいました。これならお互い様でしょ?」
「………手を、よろしいですか?」
「え?あ、はい!」

デイビッドが両手を差し出すと、その手にそっと触れた指先から緩やかな熱が伝わり、指先からプクリプクリと血の玉がいくつも浮かび上がり、やがてひとつになりスルスルと銀の小瓶の中へ吸い込まれて行った。

「え?終わり?今ので?!」
「ええ、そうですよ?」
「普段の採血だとあの倍は抜かれてる気がするのに…」
「普段…?」
「魔法薬の試験に使うんだそうで、月に1~2回学園の教授に抜かれるんです。」
「…ネクター故…ですか…?」 
「ええ、まぁ…」
「それでは…その…お恥ずかしながら対価のお話になるのですが…」
「いやいやいやいやいらないです!こんな事でいちいち対価なんて受け取ってられませんよ!」
「相場は金貨10枚と…」
「いえいえいえいえいえいえ!!いりませんて!そんなんしてたら教授なんかとっくに破産してますし、なんなら俺血の気は多い方なんで!本当に気にしないで下さい!!」
「そんな…」
「それより、今ので本当に足りるんですか!?娘さん2人居ましたよね?!」
「どちらか…ひとりだけでもと…」
「そんなん止めましょ?!本気で!さっきの量ならあと4回くらい採れるでしょ?!もっといるならまた来ますから!」
「そのお話、本当ですかっ!!?」

そこへ飛び込んで来たのは先程の叔父夫妻の奥方だった。

「下がりなさいグレース。」
「お義母様…ですが…」
「なんか、これもう、アレですよね!?この状況、結構切羽詰まって必要なんですよね!血!!」
「ごめんね、デイビッド君。ちょっと僕から説明させて。」

今まであまり家系の話は外でしたがらなかったエドワードは、思い切ってデイビッドに家の状況を打ち明けた。

「実はね、あともう2人、起き上がれなくなってる家族がいるんだ。」
「2人も…?」
「うん…叔母上の娘さんと、もう一人の叔父さん。」
「それ、俺の血でなんとかなるもんなのか!?」
「僕は魔力も込めてない儀式のための下準備もない、それも太陽の下で飲んだ血で覚醒したんだよ?普通あり得ないんだよ、そんなこと…」
「可能性は高いって事か。それならなんでそんなに躊躇うんだ?!」
「通常血の提供は一度に1人分、それ以上は許されないから…」
「誰に?!」
「誰に…っていうか…そういう掟っていうか…」
「なんの掟だよ!」
「吸血鬼が人間と共存するには色々厳しい決まりがあるんだよ。」
「エ?それ破ったらダメなのか!?」
「君ってそういうトコ変に気にするよね!?」
「ダメじゃないなら普通に抜いてくれて構わないんだって!ベルダの野郎なんかいつもちょっとばかし余計に抜いてくだろ?しかも何度やっても注射下手だしよ!!あんな痛みも無くスッと終わるんならむしろ毎月、いや毎週でもいいって!!」
「そんな事言う奴初めて見たよデイビッド君!!」

デイビッドの必死の説得(?)により、その後も採血は行われ計5人分の血がセオドア家に渡された。

「5人分でこんなもんなのか…」
「どう?気分悪くなったりとかふらふらしたりしない?」
「何も変わらな過ぎて何が起きたのかすらわかんねぇよ。」
「君のおかげで希望が見えた。感謝してもしたりないよ!」
「うまく行かないかも知れないんだろ?まだ喜ぶには早いんじゃねぇか?」
「それでも、君のおかげで僕の家族はが救われた。それがどんなに嬉しい事か君には理解できないだろうね。」
「できねぇよ。もし足りなけりゃまた来るって言ってくれ。」
「もう帰っちゃうの?!今日の事だってまだ何もお礼できてないのに!?」
「血は必要な分渡せたろ?もういいよ。また見つかって泣かれても気まずいしよ。じゃあな!」
「あ!待ってよ、デイビッド君!ねえ!?」

そう言うとデイビッドはエドワードの部屋のテラスのドアから外へ飛び出し、庭先を抜けて逃げて行ってしまった。

「行っちゃった…」


デイビッドは知らない。
真の特殊血統の義理堅さと執念深さを。
この後、事ある毎にセオドア家に追いかけ回され、その都度盛大な感謝を示され、更に家族ぐるみでの付き合いが始まる事を、この時のデイビッドは本気で思いもしていなかった。



王都の真ん中の広場には大きな日時計が置かれている。
この国の初代国王が黒の森の制圧に成功し、周辺国の戦火も落ち着いた頃、今度こそ和平の代を築こうと誓いを立てて造った国の記念碑のような物だ。
その前で誰かが奇声を上げている。

「あ゙ーーーっ!また消えたぁぁーーーーっ!!」
「殿下、どうかお静かに!」
「なんでぇ?!なんで毎度毎度消えるんだよ!?」
「そう仰られても…」
「200年も前の機械なんだろ?じゃ壊れてんじゃねぇの?!」
「殿下、お言葉が乱れて…」
「うるっせー!それどころじゃねぇー!!」

そこには乱心したアーネストと、顔色の悪い前髪眼鏡ことレオニードという珍しい2人連れが立っていた。
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