黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

王の苦悩

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ルーチェはハルフェン侯爵の眼を真っ直ぐ見ながら、言い聞かせるように話し出した。

「いいかい?君はこの先もう二度と 何があっても精霊とも妖精とも縁を結ぶ事はできないよ 例え心を入れ替えても 何度生まれ変わろうとも 君の魂は僕等とは決して関わる事はない 忘れないで それを招いたのが自分だって事を…」

ルーチェは固まるハルフェン侯爵の胸元に手をかざすと、かを掴み取るような動作をした。

「あ…ああ…うわぁぁぁぁ!!」
「今です!ハルフェン侯爵を捕らえなさい!」

アリスティアの合図で、扉の外から数名の騎士が雪崩込み、打ち拉がれた様子で床にうずくまり、何か喚き散らす侯爵に魔力封じを掛けると、無理矢理引っ立てて連れて行った。
部屋の外ではハルフェン派の魔術師達も続々と捕縛され、廊下は随分と静かになっていた。


「反逆者は全員捕らえました!これより貴族牢に幽閉します。」
「いいえ、市井の牢獄へ送ってちょうだい。貴族牢なんて勿体ない。地下牢が崩壊してしまったそうなので、見せしめには丁度いいでしょう。それから、急ぎ陛下へ謁見の取り次ぎを。この国の安寧に関わる大切な話があると伝えて下さい。」

地下牢が壊れたと聞いて狼狽える騎士達を他所に、アリスティアは急いで廊下へと出て行った。

「さぁこちらへ、ヴィオラ様の元へ案内します!」
「そうだ、ヴィオラ!入れ替わったのなら今はアリスの部屋にいるのか!?」
「ええ、申し訳ありませんが、恐らく眠らされている事でしょう。」

王家に仕える魔術師は、王家の血に危害を加える事はできない。
しかし眠りならセーフのようだ。


城は王宮と違い基本的には仕事場であるため、寝泊まりするには簡易のベッドや客人には宿泊用の棟を使うが、王族は何かあった時のために私室に寝室が設けられている。

「姫殿下!お待ちしておりました!」
「アンジェリーナ様、こちらには怪しい者は近づいて来ませんでしたか?」
「ええ、偵察と魔術師が数名来ましたが、捕獲して騎士に引き渡しましたわ!」
「ありがとう、それではハルフェン侯爵の移送に付き添いをお願いできますか?捕らわれたネズミに何かしでかされては困りますので。」
「お任せ下さい!城の方には娘とレオもいるから大丈夫でしょう。では!」

風の様に居なくなるアンジェリーナの後ろで、王族用の寝室の扉が開く。
大きな天蓋付きのベッドに横たわるアリスティアの姿に、のアリスティアが手をかざすと、その姿が見る間にヴィオラのものへと変わった、。

「ヴィオラ!大丈夫か?」
「うーん……」
「おーい!ヴィオラ!?」
「起きませんね?」
「むにゃむにゃ…あと一皿残ってます…」
「夢の中で何か食べてるんですかね?」
「ヴィオラ起きろ!後で好きなもん作ってやるから!」
「本当ですか!?あれ…私寝ちゃってた…」
「ご無事で何よりです…」

ヴィオラを連れ、アリスティアは今度は謁見の間へと向かった。

「お兄様が間に合うと良いのですが、駄目なら駄目で何とかしましょう。」


魔術師の一団が王太子の意思に反した事で城の中はかなりの騒ぎになっていたが、魔法に関係の無い部署は到って平和に通常の働きをしている。
騎士が守る重厚な扉を開けると、そこには既に国王が豪華な椅子に腰掛けていた。
そこへ、敢えて簡易の礼をするだけのアリスティア一行が入って行く。

「まずは座りなさい。話はこちらで聞こう。何やら騒ぎがあったそうだな?」
「はい、精霊魔術師の一団が王太子に反逆の意志を見せました故、粛清致しました。」
「ハルフェン侯爵を捕らえ、王城を追放したというのは事実か?!」
「はい。彼の者が首謀者でしたので。」
「やはりか…」

王は疲れた様子で椅子にもたれかかり、頭を押さえた。

「先日、いきなりやって来て王太子が王都の結界の装置を秘匿しているなどと言って来おってな…教会から没収した謎の魔道具の事だろうが、王家のどこにもその様な記録は残っておらん。調査は王太子に一任していると言っても聞かず、何故か聖女を立てて装置を安置して欲しいなどと訳の分からんことを言い出したので何事かと思った。」
「ハルフェン侯は聖女を立てるため議会に進言すると申しておりましたが…」
「聖女など、もうたくさんだ…教会の聖女に王家からどれ程の支援をさせられた事か。王都にのみ張られる結界を得るために、我等は多くの犠牲を払い、そしてそれらから目を背け続けて来た…この歪な平穏も終わりにせねばなるまい。」

国王は深いため息をつきながら首を横に振った。

「ハルフェン侯爵の話を聞いたのは、実態の掴めぬ話の真偽を確かめるため。決してそなた達を蔑ろにした訳ではないと理解して欲しい…疑う気持ちもあったろうが、許してくれ。」
「もちろんです、陛下!」

結界の魔道具を秘匿した事は事実であり、それが直った事も未だに秘密にしているが、アリスティアはこのまま国王には何も知らせず突き通すつもりのようだ。

「して、珍しいな?デュロックの子息がここへ来るとは…しかしどうしたその姿は?煤塗れではないか!?」
「恐れながら陛下、婚約者を聖女にせよと言われ、断った所地下牢に繋がれておりました。」
「なんと!地下牢にか!?あそこは既に封鎖したと思っていたが…」
「そのようで、かなり長い事入った者は居なかったのでしょう。老朽化が進んでいたのか、入れられた直後に壁が崩れ地下水が流れ込んで来て危うい所でした。」
「それは…謝罪の仕様もない…この償いは何でもしよう!」

地下牢を壊したのが妖精であるとは言わず、自然崩壊だった事にしてしまうと、王は罪悪感からこちらの要望をなんでも聞くと宣言した。デイビッドの手元にどんどん強いカードが揃っていく。

「婚約者の令嬢は無事であったのだろうか…」
「私は…アリスティア殿下が庇って下さったおかげで傷ひとつ負っておりません!ただ…ハルフェン侯爵に聖女になれと脅されて…」
「なんと酷い目に遭った事か…アリスティア、令嬢の事を頼む。何かあれば私の名を出して償う様に…」
「はい、お任せ下さい!さ、ヴィオラ様。私達はここで下がりましょう。」

2人は揃って優雅なカーテシーを披露し、ドアの外へ出る。
デイビッドが目配せすると、エリックも2人について外へ出て行った。

「さて…ハルフェン侯爵の後始末もあるが…アーネストがいない今、この場で少し話がしたい…教会から回収したあの装置は一体何なのか、教えてはくれまいか?」
「それは…」
「もちろんアーネストから取り上げようなどとは考えておらんよ!?ただ人としての好奇心と…アレは何やら歴史の上でとても重いものの様な気がしてな…この国の王として知っておかねばならない話かと思っただけだ…」
「…ここだけの話にして頂けるのであれば…」

そこでデイビッドは、デュロックに伝わる歴史と、ギディオンが語った史実と、教会の犯した罪について国王に話した。
デイビッドが話し終えると、王は悲しげな表情で目を閉じた。

「王家の廟の隣に、初代の聖女の墓がある…名はエルスラ。ただエルスラとだけ掘られた墓石が置かれておる。」
「そう…ですか…」
「記録には若くして亡くなったとある。囚われの身の上で子を産み、産褥に耐えられなかったのだろう…」
「え?子どもがいたんですか!?」
「娘が1人、恐らく教会に攫われた時既に身籠っていたのだろう。初代の記録は1年足らずで次代に移っているので間違いない。」
「そ…その子どもは…どうなったか、わかりますか…?」
「調べさせよう。丁度詳しい者を傘下に入れた所だ。教会の闇も、そろそろ日に当ててやらんとな…装置の事も私は知らなかった事にしよう…本当に申し訳ない…」

国王の言葉にデイビッドの気持ちが少し重くなりかけた時、また外が少し騒がしくなった。

「父上!お待たせ致しました!!」
「おお、アーネストか。王宮に飛ばされていたそうだな。」
「酷い目に遭いましたよ、もう!ハルフェン侯爵にはアリスが言い渡した処罰以上に厳罰を望みます!」
「うむ、わかった。しかしこのままでは精霊魔術師の長が居なくなってしまうな…」

王宮仕えの魔術師が居なくなるというのは、やはり王家としても良くない事なのだろう。
王は頭を抱え、心労の溜まった顔で額を抑えていた。
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