黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

ハルフェン侯爵

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しばらくすると、再び戻って来たルーチェが顔を出した。

「ちょっとまってて!」

そう言うと、外に向かって何か合図をし、にこにこしながらこちらに手を降っている。
その次の瞬間、地下牢の石の隙間からおびただしい数の草木の根が伸びて来て四方に張り出し、石壁には見る間に亀裂が広がった。

「そう来たか…」
「スペクタルですねぇ…」

ガラガラと音を立てて崩れる壁と天井を眺めていると、デイビッドの方にも容赦なく瓦礫が降って来る。

「危ねぇぇ!!」
「救出の概念ズレまくってるなぁ…」

2人は慌てて古い暖炉の隙間に逃げ込み助かったが、今度は足元から水音が迫って来ている事に気がついた。

「今の衝撃で地下水が流れ込んでくるぞ!!」
「次は水責めですか…」

大急ぎで瓦礫から這い出し、わずかに残った階段を駆け上がってなんとか外へ出ると、数え切れない程の妖精達が空を埋め尽くし、デイビッドの方を見ていた。

「ごめんね とべないの わすれてた」
「なるほど、飛行能力のある事が前提でしたか…」
「飛べねぇなぁ!エリックはわかんねぇけど、少なくとも俺は単体で飛べたコトねぇなぁ!」
「人外との越えられない壁を感じますねぇ…」

煤と泥にまみれて出て来た所は、城の裏庭の丁度ゴミ捨て場の真横だった。
大きな物音に集まって来た人を避け、従業員用の出入り口から中へ入り、怪しい部屋を探して城内を駆け回って、やっとアリスティアのいる部屋を突き止めたところだと言う。


「精霊血統の侯爵なんて言うから、どんなすごいのと契約してるのかと思ったら…なんか地の底から這い出して来た怨念の塊みたいな奴なんだな…」
「少なくとも今まで出会って来た精霊達の様な清々しさは無いですね。」

2人の目には何が見えているのかわからないが、相当不気味なモノが侯爵の側に居るらしい。

「精霊の事はまぁ今は置いとくとして、国王まで巻き込んで人の婚約者を取り上げようなんざ、それなりの覚悟はできてんだろうな?!」
「たかが婚約程度で自分の物にでもしたつもりか?諦めろ!手頃な女なぞそこら中にいるだろう!?それとも自分の相手をしてくれる都合の良い女が欲しいのか?豚のクセに贅沢な!」
「そっちこそ、お飾りが欲しけりゃ希望者集めりゃいいだろ?!国の象徴なんて椅子、用意するだけでこぞって座りたがる連中が立候補するだろうによ。」
「必要なのはあの装置を動かす人材だ!守護者が張り付いていればアレはもう止まらずに済む。」
「それでまた壊れたら守護者ソイツのせいにして万事解決ってか!?クズ共が!自分の仕える国なら自分で護ろうとか考えねぇのかよ!?」
「精霊は、世俗に塗れた薄汚い人間共を護るために存在しているのでは無い!!これは清き血と尊き御方を護るための力…貴様等のような頭の悪い低俗な人間には分からんだろうがな!?」

侯爵が興奮すると、後ろの精霊も一緒になって気を立てはじめる。
精神が連動しているのは確からしいが、デイビッドの目には何かとても無理をして消耗しきっているように見えてしまい、どこか哀れに思っていた。

「アリス、ここまで話の通じない年寄りをいつまでも王家のやり方にも問題ありだぞ…?」
「承知しております…まさか王太子の意思にすら反し、王を謀り私欲に走る輩を国の重鎮に置いておくなど、次代であるお兄様が許しません!兄に代わり、このアリスティア・セル・ラムダが、今この時を以てハルフェン侯爵を王家筆頭魔術師の座から降ろし、今後、王城及び王宮への立ち入りを一切禁じ、自領への蟄居を命じます!」
「そんな事してみろ!我が家門が守り続けて来た王家の聖域は崩壊するぞ?!精霊の恩恵無しに、貴様等王族がまともな魔力を持てると思うなよ!?」

その言葉にアリスティアは疑問を持った。

「だ、そうです。どう思いますか、デイビッド様?」
「そこで俺に振るなよ!だいたい、そのバケモンが精霊って確証はねぇし、妖精の数も学園の方が多かった気がするぞ?」
「そうですね。言われてみればそこまでいませんね。」
「やっぱり!デイビッド様には精霊の姿が見えておいでなのですね!?」
「しまった!余計な事言った!!」
「私、精霊というものの存在どころか気配や魔力の動きすら感じたことが無いんです。〈王家には精霊の守護が掛けられている〉と長い事言われて来たのでそういうものと思っていましたが、本当にいるのかどうか私達には実はわからないんです。」
「ビミョーな詐欺みたいなやり方ですね…」
「私も見てみたいです、精霊の姿!」
は止めとけ!」
「ええ…ファーストコンタクトがでは流石にトラウマになりますよ。」

その時、3人の会話にハルフェン侯爵が青い顔で口を挟んだ。

「待て!き、貴様等…さっきから話を聞いていれば…まさかこの偉大なる精霊の姿が見えていると言うのか!?」
「偉大…?」
「偉大…かなぁ…?」
「まぁ感覚の違いはあるから、強そうかどうかと言われればまぁ…って感じだな…」
「アレならメリュジーヌの方が強そうですよ。イメージ的に…」
「野生の見ちまうとなんか…うーん…って気はするな…」

かつてデイビッドが領地で遭遇した、白き鹿角の精霊やジーナの方が余程神々しく、強烈なまでの畏怖と畏敬の念を自然と抱かされた。
しかし、今目の前で蠢いているモノには、憐憫や痛ましさの方が強く感じられる。
するとエリックが前に進み出て精霊の前に立った。

「人間に触れ過ぎてしまった精霊の成れの果てって感じなんですよねぇ…ルーチェはどう思います?」
「かえれなかったの かえりかたを わすれてしまって ここにいるしかなくなっちゃったの」
「導いてあげられそうですか?」
「ダメだよ つながっちゃってるもの…」
「繋がってる?」
「いのちのねっこが このヒトとからまって とれなくなっちゃったの だから もうもどれないの」
「正しく、薄汚れた人間の魂を貰い受け過ぎたのでしょうね…」
「かわいそうに もうじぶんのことも おぼえてないの エリク かいほうしてあげて」
「どうやって?」
「ぼくに エリクのまりょくを ちょうだい!」
「それができないんですよ。コレなもので。」

エリックがぶらぶらさせる右手には、銀色の魔力封じが掛けられている。

「じゃまなの とってあげるね」
「え?」

言うが早く、ルーチェが腕輪に触れると、バキン!と音がして腕輪が砕けて床に落ちる。

「すごい!ありがとうルーチェ!君は強いんですねぇ!」
「このくらい なんともないよ」
「まさか…まさか貴様、その顔は…エリックか!?」
「…その汚い口で僕の名前を呼ばないで貰えますかね?虫唾が走るんで。」

エリックの魔力が膨れ上がり、旋風の様に吹き抜けるとそれをルーチェが受け止め、一回り大きくなった。
人の姿に近くなったルーチェが、精霊の元へ手を差し伸べる。

「かわいそうに お前は自分が精霊であったことも忘れてしまったんだね 今自由にしてあげるよ」
「止めろ!止めてくれ!!それだけは…」

懇願する侯爵の手が空を切る。
ルーチェは姿の変わり果てた精霊に近づくと、侯爵と繋がっているという命の根とやらをいとも簡単に断ち切った。
途端精霊だったモノは足元からグズグズと崩れはじめ、枯れ葉が腐る様に形を失うと、最後はほんの僅かな光の球になってしまった。
ルーチェはその玉を大切に抱き止めると、外に待つ仲間の所へ送ってやった。

「あの子は聖域から精霊樹を通って生まれた所へ還るんだ それが一番良いんだよ」
「なんてことをしてくれたんだ!!アレは我が家に代々受け継がれてきた大精霊なのだぞ!?」
「正解には人間に囚われた精霊の末路って感じでしたけどね。あんなモノを生み出してまで精霊との契約にこだわるアンタが、一番の害悪だ。」
「うるさいっ!貴様とて、妖精を使役しているではないか!同じ事だ!」
「残念だけど 僕は僕の自由でエリックに力を貸しているんだ 契約と呪法で精霊の魂を縛り続けて来た君達とは違う」

冷たく言い放つルーチェの姿は、可愛らしい妖精ではなく威厳のある輝きを放った存在となっていた。
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