黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

新たな噂

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次の朝、ミリムが母の隣で目覚めると、テーブルの上には焼き立てのパンケーキと果実水が2人分、そしてまた昨日と同じカードが置かれていた。
夢中で食べるミリムを見て、母親は昨夜の出来事が夢ではなかったと確信し、涙を流した。
荷物などはほとんど無く、ゴミ捨て場で拾った使用人用のスーツケースひとつに全て収まってしまう。

心残りはただひとつ。
男爵が連れ込んだ商売女に奪われてしまったサファイアのネックレス。
生家にいた頃、唯一味方であった祖母が遺してくれた物で、誰にも見つからないよう隠し持っていたが、部屋の中を荒らされ、遂に取り上げられてしまった。
それでも、この家から自由になれるなら、と諦めていると、それもいつの間にか枕元に戻されていて驚いた。

粗末な荷物をまとめ、部屋で待っているとドアの外からあの夜の声が聞こえた。

「お待たせしました。さぁ、行きましょうか?」

人がいないことを確認しながら階段を下りると、また鏡の前に立たされる。

「ここからは少し目を閉じていて下さい。」

言われた通り目を閉じて娘の手をしっかり握ると、反対の手を引かれて歩き出す。

「もういいですよ。」

目を開けると、どういう訳かそこは屋敷の裏口にある姿見の前だった。
きっとなにかの魔法なのだろう。ミリムも目をパチクリさせながら驚いていた。
デイビッドは直ぐに2人を馬車へ案内すると、窓のカーテンを閉めた。

「そこにいて、最後の仕上げをして来ます。」

デイビッドはその声だけを残してまた屋敷へと向かって行く。
しばらくすると馬の足音がいくつも聞こえ、聞き慣れた男爵の怒鳴り声と女の金切り声が辺りに響き、また静かになって大きなトランクを抱えたデイビッドが戻って来た。


「なんとお礼を申し上げたら良いのか…せめてこれをお受け取り下さい!私が持っている物の中で唯一価値のあるものです。」
「それは受け取れませんよ。大切なものなのでしょう?ミリムが大きくなった時にでも渡してやって下さい。」
「ですが…私にはこのサファイアくらいしかお渡し出来る物が無くて…」
「もし、私になにかして頂けると言うのなら…貴女の腕をお借りしてもよろしいですか!?」
「私の…腕?」
「ミリムの服に刺繍を刺したの貴女でしょう?!その腕を、是非我が商会で振るって頂きたいのですよ!!」
「刺繍…ですか?ですが、あまり褒められたものでは…」
「刺し目から色の取り方、構図、デザインセンス、どれを取っても一級品でした。機械織りの刺繍機も出回っておりますが、あの温かみは出せない!よろしければ、退院後にでもご一考下さい!」

デイビッドはそう言って馬車の戸を開けた。

「それにはまず、お2人共に元気になってもらわなくちゃね。」

大きな病院の前に降りると、直ぐに従業員達が荷物を運び2人を中へ案内した。

「ああ、それから!その宝石、サファイアじゃなくてブルーダイヤですね。恐らく高位貴族の後継者に継がれる証か何かでしょう。はっきり申し上げます。貴女は庶子などではない。間違いなく正当な血筋を受け継がれたご令嬢ですよ。」

そう言い残すと、デイビッドはミリムに手を振り、さっさと居なくなってしまった。



「号外!号外~!」

次の日、新聞を賑わせたのは、新興男爵家の家庭内暴力と平民を脅して負債の踏み倒しを図り、数々の悪行を重ねた話しと、更には奴隷売買に関わっていたことで、関係する貴族が芋づる式に検挙され、数家の貴族が没落に追い込まれたと言う記事だった。
ラムダではここ数十年を潜めていた違法奴隷の流通経路が明らかになり、大騒ぎだ。
注目すべきは、事の発端を掴み事件解決へ繋げたのが、あの“黒豚令息”だったと言う話。

どこから嗅ぎつけるのか、保護された母娘の事も書かれており、母親からのコメントでデイビッドの事を英雄か救世主の様に語り、涙ながらに感謝を述べる姿が写真に納められ、新聞の一面で民衆の涙を誘っていた。

市井ではデイビッドへの関心が更に高まり、関連記事が飛ぶように売れている。
つい昨年まで醜聞を面白可笑しく担ぎ上げて騒いでいたとは思えない掌返しだ。

しかし、世間が探れば探るほどデイビッドが残した功績が浮き彫りになっていく。
中には暴れる違法取り引きの魔物を捕らえ、命を奪わず保護した話や、未知の魔草ヒュリスを巡って歴代の研究者達を出し抜き、新たな薬の開発に携わった話まで出て来ている。

その中でシェルリアーナの実家のロシェ家や、エリザベスのいたペンター家など、デイビッドに恨みのある貴族達が異を唱え、評判を落とそうと悪し様に語った記事も出て来たが、結局の所はここ一番でデイビッドにしてやられた負け犬の遠吠え。
民衆はいけ好かない貴族がやり込められ、引き下がるしかなかった話に喜び、更に尾鰭をつけて広めて行く。

こうして街の興味は、決して正義の味方などではないダークサイド寄りの英雄譚に移って行った。


「えーー?!これデイビッド様ですよねぇ!?僕を事除け者にしてこんなおもしろ…危険な事に首突っ込んでたんですか?!」
「出たなゴシップ趣味…」
「ズルいーー!!なんで従者の僕は留守番で、ぽっと出の胡散臭い妖魔だけ連れて行ったんですかぁ!?」
「…腕試しみてぇなもんだよ。アレがどこまで使えるもんか見ただけだ。」
「そんなぁー!」

それを聞いてトムティットは更に天狗になった。

「どぉだったよ!?この俺様の能力チカラは!役に立っただろぉ?!」
「まぁな。当主印まで押して来るたぁ思わなかった。」
「あのジジイ、印を寝る前には枕の下の隠し金庫に必ずしまってたんだよ。魔導式金庫は開けやすくていいねぇ!誰もいない内に金庫内に鏡を仕込んで、夜の内にそこから取り出してやった!」
「確かに、人間にゃマネできねぇな。」
「だっろぉ~?!見たか俺様の実力を!!」
「またなんかあれば頼む。それまで悪さするなよ?」
「アレェー?そこで信用が無いのなんでぇ?!」

相変わらずの塩対応で接するデイビッドに、トムティットはキーキー騒いだが、夕食に七面鳥の脚を丸ごと1本出してやると何も言わずに大人しくなった。


「時々覗いていたのは貴方だったのね。」
「う…うん…」

トムティットと知り合ってから、シェルリアーナは更にもう一つ、以前から気になっていた妖魔とは違う別の気配についてエリックに詰め寄ると、あっさり妖精との契約の話を吐いた。

「こんなにステキな妖精と契約してたなんて、どうして教えてくれなかったの?」
「色々事情もありまして。」
「なんてキレイな翅かしら。まるで薄削りの雲母の様ね。銀色の瞳もとても神秘的。私はシェルリアーナ、よろしくね。」
「ぼく ルーチェ エリクの ともだちだよ」
「そうなの!じゃぁ私ともお友達になって欲しいわ。」
「ぼくでよければ よろこんで!」
(なるほど、妖精も猫を被るのか…)

シェルリアーナの前に出たルーチェは、あざとく小首をかしげてかわいさを前面に押し出し、自分が全くの無害な存在である事を主張していた。

(妖精が無垢で素直で正直なんてのは幻想なんだなぁ…)
(力の弱い奴は考える力も弱くて、頭が悪い分素直で正直だけどな。成長すりゃ小賢しくなるんだよ、人も妖精もそこは同じだ。)
(嫌な現実…)

遠くから見つめるだけだったシェルリアーナに名を呼んでもらい、ルーチェは耳まで真っ赤にすると、浮かれに浮かれてシェルリアーナの頬にキスをした。
途端、シェルリアーナに強い妖精の守護がかかる。

「まぁ!何かしら、とても温かくて気持ちがいいわ…」
「ぼくの ちからを すこしわけたの」
「あら、ありがとう!でも無理してはダメよ?私には魔女の血が流れているから、霊質とはあまり相性が良くないの。あなたの力をただ奪ってしまうことになるわ?」
「いいんだ ぼくは すごーくつよいから シェルリィのこと まもってあげる!」
「嬉しいわ!こんなに素敵なナイトに守ってもらえるなんて光栄よ?これからもよろしくね、かわいい妖精さん?」
「うん!」

(こん中で一番強ぇのかけやがったぞアイツ…)
(単純…)
(男なんて種族超えてみんな単純なんだよ。)
(ヤダなぁ…がっつり下心満載の妖精とか…)

ただ可愛らしい妖精と知り合えて純粋に喜んでいるシェルリアーナと、あわよくば契約者を乗り換えられないか画策しているルーチェ。
妖精と美女が戯れる姿は一見おとぎ話の挿絵かとも思われる程美しい。
しかし、このワンシーンに見惚れる者はこの部屋には居なかった。


「強い契約者と霊質に満ちた居場所で美味しいお菓子食べ放題、おまけに大好きな人とお喋りもできて……あぁ…僕今この世に生まれて来て一番幸せ……」
「幸せなまま消してやろうか?」
「やれるもんならやってみなよ ちょっとお使いができただけで浮かれちゃって これだから人に飼われてないと存在できない種族は哀れだね」
「ンだとコラァ!!」

「止めなさいルーチェ、シェル様に言いつけますよ?」
「オメーも鏡に戻されたくなきゃ大人しくしてろ!」

契約者に咎められ、2匹は互いを睨みつけると、そっぽを向いてそれぞれのねぐらへ帰って行った。
しかし次の日にはまた仲良く並び、焼き立てのパンにかじりついているのだから分からない。

少なくとも、ルーチェはもう部屋の片隅からひとりで皆の話し声を聞いているだけではなくなった。
以前よりどこか楽しそうに見えるのは確かだ。

人間との契約ライフはなかなか楽しめているようだ。
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