黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

文字の大きさ
387 / 411
7代目デュロック辺境伯爵編

汽車に乗って

しおりを挟む
船を降りてまず先に向かったのは港の検問所。
そこで入港税と、関税を人数分払い、滞在用の簡易身分証を発行してもらう。

「観光ですか?商用ですか?」
「いや…招待だ…」
「招待状かご招待に関する証明などはございますか?」
「これでいいか?…」
「これはご当主様の!失礼致しました。こちらが身分証になります。失くさないようお気をつけ下さい。」

デイビッドは頑なに自分がデュロックの一員であるとは話さなかった。
当主印を使って偽造した招待状を受付で見せ、一般の旅券を受け取ると関税をしっかり払って街の方へ出た。

「大きくて綺麗な街…売ってる物も新鮮で目移りしちゃいます!」
「…駅まで大通りを突っ切る事になるから、好きなだけ見て行けるぞ。」
「変わった食べ物やかわいい細工物のお店もたくさん!お洒落やお洋服のお店まで!!」
「魔道具や魔導式の機材まであんなにあるわ!」
「おっきな本屋さんがあっちにもこっちにも!」
「お2人共落ち着いて、この街は観光名所の中でも買い物に特化した商業地区なんですよ。新しい店もここで3ヶ月持てば、王都で向こう10年は安泰と言われる程の激戦区なんです。」
「だからこんな目新しい物ばかり揃っているのね。見て、あんな乗り物まであるわ!」
「んっきゃーーっ!!」
「ライラちゃん乗りたいの?何かしらあれ?」
「皆さんお目が高いことで。あれは魔導式の小型カートですよ。乗ってみますか?」
「「乗りたい!!」」

レンタルのカートは、箱型の車体に座席が4つついたオープンスタイルの四輪車で、運転手付きのものと自分で動かすものがある。
エリックが運転席に座り、ヴィオラとシェルリアーナがライラを抱いて後ろへ座ると、人が歩くより少し早い程度の速度で走り出した。

「デイビッド様は!?」
「俺はいい、後ろから着いてく。そんなに速さは出ねぇから。」 
その後ろから少し早歩きでデイビッドがついて行く。

「お買い物に便利そうね!」
「この街は道幅が狭く、馬車の通行が制限されているので、このカートが人々の足の代わりなんです。公共用の大型の物と、個人用の小型の物とがありまして、道に専用のレーンが敷かれていて、無意識に人が避けるようにできてるんです。」
「レーンに何かしらの魔法式が組まれてるのね…」
「万が一人や物に当たりそうになっても感知して止まりますので、事故の心配も無く優雅にお買い物が楽しめますよ!?」
「ちょっ…と欲しいわ…」
「本体は金貨1枚半。維持費で一月だいたい大銀貨2枚掛かりますけどね。」
「高いけど…宝石より実用的かしら。」

気になる店の前に来ては止まり、買い物を楽しむ3人の後ろで、デイビッドはただ黙って足を動かし、影のように佇んでいた。

「ずいぶん買っちゃったわね!」
「カートがあると楽でいいですね。ところで、この後はサウラリースへ直行の予定ですか?」
「いや…先にディオニスに行く。」
「ディオニス…?」
「デュロックの総本家なんだと。よく知らねぇし、呼ばれたこともねぇけど。」
「行って、どうなさるつもりです?」
「帰って来た報告だけしたら直ぐにサウラリースへ向かう。そっちの用の方が重要なもんでな。」
「そうよ!師匠にお会いしに行くのよ!ああ、何かもっと気の利いたお土産持ってくるんだった…」
「だったら途中で飴でも買ってってやれよ。」
「そんな雑な扱いしないで!!」
「…仕事の合間に口に入れられる甘い物があると喜ぶんだよ。ミルク系のヤツが特に好きで、練乳なんかもよく飲み物に入れてる…」
「そうなのね!?ならどこかにいいお菓子屋さんはないかしら!」
「人のこめかみに肘入れる前に話聞けよ!!」
「キャッキャッキャッキャッ!!」

ガツンと良い音がして吹っ飛んだデイビッドを置いて進もうとするシェルリアーナと、それを見て大笑いするライラ。
明らかに教育によろしくないのではないかと考えつつ、デイビッドはカートの後ろからまたついて行った。

濃厚なミルクのキャンディを大瓶で買ったシェルリアーナは、早くも緊張して動きがぎこちない。
ヴィオラは見るもの全てが新しく、ずっと目がキラキラし通しだ。
ライラはそろそろおねむのようで、カートを降りるとデイビッドに抱っこをせがみうとうとし始めた。


大きな駅で切符を買い求め、構内に入ると中は人と荷物でごった返している。
右へ左へ大忙しで動く人の波に流されないよう塊まっていると、ヴィオラがデイビッドの腕に抱き着いた。

「すごい人ですね!」
「それだけ需要があるんだ。俺達が乗るのは…8番線か。あっちだな…」

荷物とライラとヴィオラを手にモゾモゾ動くデイビッドの後ろを、シェルリアーナを連れたエリックがついて行く。

「後ろ姿が完全にお父さんでウケる。」
「レディをエスコートしてる意識ゼロね!」

8番線へ着くと、そこにはピカピカの蒸気機関車が湯気を立てて停まっていた。
初めて目にする汽車に、ヴィオラもシェルリアーナも感動しているようだ。

「あーっ!あぅーー!!」
「なんだ目が覚めちまったのか?そうこれに乗るんだぞ!?」

ゆったりと座れるコンパートメント席を取り、全員が座ると大きな汽笛の音が空気を震わせた。

「ふぇぇ~~ん!!」
「今度はびっくりしたのか?喜んだり泣いたり忙しい奴め。」

汽笛に驚いて泣き出したライラをあやしながら、ヴィオラ達の方を見ると2人は車窓に張り付いて何も言わずに外の景色を眺めていた。

「…楽しいか?」
「はいっ!これはテレンス先輩がこだわっていたのも頷けます!荷物を運ぶ手段なだけじゃない…こんなに感動的なものだなんて思いもしませんでした!」
「予想以上に速度があるのね!まるで空を飛んでるみたいだわ!」
「喜んでもらえて良かったですねぇ。僕も久しぶりで少しわくわくしてますよ!」
「あわぁ~……」

汽車の走行音だけが響くコンパートメントは静かだが、それぞれ真剣に楽しんでいるようだ。
実はルーチェもこっそり窓に腰掛け、外の様子に目を奪われていた。

「へぇ~、人間ってのは色んなもんを考えつくもんだなぁ。」
「妖精には騒がしすぎやしねぇか?」
「人慣れしてねぇ奴は驚くだろうな。所で…ついさっきお姫様からお呼び出しがあってよ、アンタに大事な物だって預かった。」
「なんだ…?」

トムティットは鏡を通し、移動中も学園とその他の場所へ繋ぎを付けていた。
距離が長くなればなる程運べる物が小さくなり、魔力も余計に使う。

「すげぇ速さで鏡の入り口が離れてく感じ。この先まで行ったら学園には戻れそうにねぇなぁ…」
「そうか、これ一枚でも届けてくれて助かった。」

アリスティアの手紙は分厚く、中には封筒がいくつも入っていた。
ひとつはアーネストから。

内容は、ルミネラ公爵が代替わりし、本人は蟄居したことの報告。次代は弟が継ぎ、若手の後継はまだ選定されていない。そして元生徒会長だったアレックスの容態が回復してきているので、今後再び調査協力を要請する予定だそうだ。
デイビッドの不在中また良からぬことを企まないよう、王家でも目を付けて見張っているので安心してくれ、と書かれているがどこまで大人しくしているかは不明だ。
加えてハルフェン公爵が正式に子息に継がれ、お披露目をしたとか。同世代の中でも一足先に次代後継組から抜けたチャールズの動きにも注意しなくてはならない。

もうひとつはアリスティア本人から。
置き土産のパネトーネが美味しかった事に合わせて、遂に王族として的存在を手に入れた事が嬉々として綴られている。が、恐らく国家機密だろう。
あるいは、機密の共有をする事でデイビッドと対等になろうとしているのかも知れない。
この手紙は後で燃やそう…とデイビッドはため息をついた。
(パンのついでの報告じゃねぇぞまったく…)

そして最後が、国王からの手紙。

教会関係の中で王家に再度忠誠を誓い、受け入れられた数家が、今後協力者として長年における教会の悪事を公にしてくれるそうだ。
その中で、以前デイビッドに言った聖女について、新たに分かったことが書かれていた。

200年前、ガロ帝国の移住を聞きつけた教会は、何とかしてその技術を奪おうと機会を伺い、装置を運ぶ馬車を襲い、装置の守り人ごと攫って生涯幽閉したそうだ。
守り人は抵抗したが、従わなければ今度こそガロ国民を皆殺しにし、夫を桀にすると脅すとようやく協力する事に同意したと記録されているらしい。
国の民と夫を人質に取られ、どれ程口惜しかった事だろう。
その後、思いがけず子を産み落とし、その子供を遺して先に逝く事が、どれ程辛く心残りだっただろう。
胸糞悪い報告の後には、その子供の行く末が記されていた。

産まれたのは娘で、聖女の子として教会で育てられ、後に当時の第四王子に嫁いでいたと。
そこからは王家の記録を辿り、産まれた姫と王子が降嫁したり他国へ嫁いだりと行く末の追えない者もいたが、中の1人が公爵家へと嫁ぎ、そこから更に子が、孫が、他家へ広がる中、読み進めていたデイビッドの目が止まった。
(ロディリアーニ侯爵家第二子…ランドール伯爵家の嫡男と婚姻…)
ランドール家はヴィオラの生家。
ヴィオラの父方の祖母は確か侯爵家出身だと、どこかで耳にした記憶もある。

(ヴィオラは…本当にエルスラの血を引いてたんだ…)
そこで冷静になると、リリアもムカつくランドール当主も同じ血を引く人間である事を思い出し、しばし思考が停止する。
(少なくとも、エルスラの子は不幸な人生を送ったわけじゃないってことか…)
それが知れただけでも良かったと思う。

しかし、懸念はここでは終わらない。
(ヴィオラが同系の魔力を持ってた理由は分かった…じゃぁ、俺は…?)

デイビッドの出身はデュロックのサウラリース。
デュロックの中でも傍系の、本家とは希薄な存在だ。
もしも、本当にヴィオラがエルスラの生まれ変わりであったなら、魂の行く末を誓った相手は間違ってもデイビッドにはならない。

デイビッドは一抹の不安を抱いたまま手紙をしまうと、情景を楽しむ婚約者の横顔を目に焼き付けるように眺めていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

国王一家は堅実です

satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。 その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。 国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。 外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。 国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています

鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。 伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。 愛のない契約、形式だけの夫婦生活。 それで十分だと、彼女は思っていた。 しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。 襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、 ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。 「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」 財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、 やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。 契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。 白い結婚の裏で繰り広げられる、 “ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。

力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します

枯井戸
ファンタジー
 ──大勇者時代。  誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。  そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。  名はユウト。  人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。  そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。 「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」  そう言った男の名は〝ユウキ〟  この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。 「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。  しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。 「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」  ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。  ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。  ──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。    この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

逆ハーレムを完成させた男爵令嬢は死ぬまで皆に可愛がられる(※ただし本人が幸せかは不明である)

ラララキヲ
恋愛
 平民生まれだが父が男爵だったので母親が死んでから男爵家に迎え入れられたメロディーは、男爵令嬢として貴族の通う学園へと入学した。  そこでメロディーは第一王子とその側近候補の令息三人と出会う。4人には婚約者が居たが、4人全員がメロディーを可愛がってくれて、メロディーもそれを喜んだ。  メロディーは4人の男性を同時に愛した。そしてその4人の男性からも同じ様に愛された。  しかし相手には婚約者が居る。この関係は卒業までだと悲しむメロディーに男たちは寄り添い「大丈夫だ」と言ってくれる。  そして学園の卒業式。  第一王子たちは自分の婚約者に婚約破棄を突き付ける。  そしてメロディーは愛する4人の男たちに愛されて……── ※話全体通して『ざまぁ』の話です(笑) ※乙女ゲームの様な世界観ですが転生者はいません。 ※性行為を仄めかす表現があります(が、行為そのものの表現はありません) ※バイセクシャルが居るので醸(カモ)されるのも嫌な方は注意。  ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

悲恋小説のヒロインに転生した。やってらんない!

よもぎ
ファンタジー
悲恋ものネット小説のヒロインに転生したフランシーヌはやってらんねー!と原作を破壊することにした。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...