黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

ディオニスの洗礼

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汽車は軽快に進み、やがて湖畔に面した大きな城を囲う街に着いた。
デイビッドがそこで降りる支度をすると、ライラは不機嫌な顔をしたが外の景色を見てまた大人しくなった。

色とりどりの家屋敷が並び、白い石畳の先には円状に商店が広がっているのが見える。
至るところに花が飾られ、商店街の外には職人が集まってい様だ。

馬車道と歩道が低い壁で隔てられ、側道では子ども達が走り回る姿も見られてなんとも平和だ。
公園や広場もあちこちにあり、憩う人々も楽しげな様子も見える。

ここはギルド発祥の地、職人の聖地ディオニス。
この地で腕を認められた者は、真の職人の元へ案内され、更なる高みへ昇ることが許されると言われている。

「ここでギルドが作られたんですか!?」
「そう、ギルドの仕組みを確立して、各地に広めたのがここの先々代なんだと。職人街の方には腕に自信のある物作りのプロがみんな集まって来るんだ。」
「それで職人風の人が多いのね。」
「魔道具とか魔石の加工の店もたくさんありますね。」
「ね!ね!あの羽の形した看板の店行ってみたいわ!」
「青羽魔法装具店?何の装具でしょうね?」
「でもなんだか楽しそうですよ!?デイビッド様も…」
「いや、俺はいい。先に用だけ済ませてくるから、好きに回ってろよ。エリック、ライラを頼む。」
「わかりました。では、我々は買い物と行きますか?」
「「賛成!」」
「あーい!」

ライラはベビー用のカートに乗せられご機嫌だ。
シェルリアーナは早くも目当ての店をいくつか見つけウズウズしている。
ヴィオラ達と別れ、デイビッドは湖の城へと向かった。


手前には四面に大きな時計が据えられた高い塔があり、来客はそこから降ろされた跳ね橋で城まで赴かなくてはならない。
荷物や手紙などは橋の門番が預かってくれる。

「おーい、城主様宛てに手紙だ。」
「待て、見慣れない顔だな。身分証を見せてもらおう。」
「ほらよ。」
「旅券じゃない!お前自身の身分証だ!」

門番に詰め寄られ、デイビッドは仕方なく家紋の入ったバッヂを出して見せた。

「貴様!何者だ!?」
「は?」
「こんな物を偽造して、ただで済むと思うなよ!?」
「おい、待て!偽造じゃない、よく見ろ!」
「誰か来てくれ!!我等がデュロックの名を騙る不届き者だ!捕らえろ!!」

門番が騒ぐと、あれよという間にデイビッドは兵に囲まれ、縄を打たれてしまった。
こういう時は敢えて抵抗しない方が身のためだ。
そう学んで来たデイビッドは大人しく縄に繋がれ、城の牢へ連れて行かれても何も言わなかった。
(万一の手は打ってある…後はエリックに賭けるか…)
そう思っていると、荘厳な馬車が向かいから現れ、デイビッドの前で止まった。

「何の騒ぎです?」
「大奥様!申し訳ございません!この者は大奥様の家紋を偽造し、映えあるデュロックの名を穢した大罪人でございます故、処罰が決まるまで牢での預かりに致します!」
「偽造ですって?!見せなさい!」
「は!こちらに!」

兵士が差し出したバッヂを見るや、大奥様と呼ばれた老婦人は慌てて馬車を降りて来た。

「いけません!お手が汚れます、罰は我々が!」
「お黙りなさい!……その肌…髪の色…その目付き…貴方まさか…デイビッドなの…?」
「………この様な格好で失礼します、総領殿。お久し振りですね…」

さっと顔色を変えた老婦人は、兵士達を睨み付けた。

「何をしているのです!即座に縄を解きなさい!!この者は現当主子息ですよ!?」
「そ…そんな!」
「偽造だなどと…貴方達はサウラリースの紋章すら見た事がないの?!情けない!すぐ持ち場に戻りなさい。処罰は後日言い渡します。」
「…はい…承知いたしました…」

青褪めた兵士達はガタガタ震えながら橋の向こうへ戻って行った。
デイビッドはつまらなそうに縄跡の残る腕を振り、総領と呼んだ老婦人に一礼してその場を立ち去ろうとしたが、それは許されなかった。

「お待ちなさい。当主とそれに準ずる者は、自領へ足を踏み入れる事は許されていないはずですよ?何故戻ったのか説明なさい。」
「ギディオン氏の招請を受けたので…」
「……そう…それなら仕方がないわね…それでも知らせくらいは先に寄越すものですよ?」
「手紙は一応出しましたよ?まだ着いてないのかも…だいぶ速く来ましたから。」

総領はデイビッドの放つ雰囲気の異様さに、思わずパッと扇で口元を隠した。

「それで、ここへはなんの用?」
「当主印の話はご存知かと思いますが、何やら不審に思われているとの事でしたので、弁明と、他家のご意見もお聞かせ願おうかと思って帰省を知らせに来た次第です。」
「そんなこと気にする必要ありません。当主印を貴方に預けたのは外でもない現当主であるジェイムスでしょう?」
「しかし、痛くもない腹を探られ、後ろ指を差されてまで手にしていたい物でも無いので…」
「随分軽く扱ってくれるのね。変な所は父親似だこと…」
「この際ですので、白黒着けさせて頂きたいと思いまして。1週間程サウラリースに滞在します。そちらの話がまとまり次第知らせを寄越して下さい。直ぐに参ります。」
「わかったわ…サウラリースへ戻るのは足掛けでもう15年振りになるのかしら?様によろしく言って頂戴。」
「承知しました。」

デイビッドは馬車に乗り込む総領にもう一度頭を下げ、足早に街の方へ逃げて行った。


ヴィオラ達と合流する前に、先に駅で終点までの切符を買い、外へ出ると眠ったライラを抱いたエリックがニコニコしながら立っていた。

「また一段と険しい顔をされていますね。」
「そりゃ行きたい場所じゃねぇからな。」
「そう言えば、先程読んでいた手紙にはなんと?」
「ああ…ヴィオラがデュロック初代の攫われた奥方の末裔だとわかったってよ。」
「それって…聖女にされていたって言う…」
「お前、やっぱ聞いてたな?」
「そりゃ僕は貴方の影ですから?知識や情報の共有は致しませんと!」
「有り難くもねぇよ。変に首突っ込み過ぎてもいざって時、逃げられなくなるぞ?」
「もう手遅れですよ。それにしても…ロマンじゃないですか!?引き離された魂が、遥か時を超えてまた巡り合うなんて…」
「いや…サウラリースは養子筋、初代とは完全に赤の他人だ。」
「へ!??」
「爺さんの手記にそうあった。特殊な土地を守るために呼んだ助っ人を、そのまま養子に迎えたらしい。」
「え…それって…」
「簡単に言やぁ、俺はヴィオラの運命の相手なんかじゃねぇって事だ。」
「そんな…」
「そもそも俺に運命なんてもんは端からねぇんだよ。行き当たりばったりで幸も不幸も気まぐれに掴んで来たんだ。今更何言われたって驚きゃしねぇよ。」

デュロック領へ来てから、デイビッドはどこか覇気がない。
ただ黙ってヴィオラ達を見守るだけで、その表情は硬く思い詰めたような顔をしている。

「出た答えだけが俺に許された生きる道だ。ヴィオラがそれで不幸になるならこの手は離すと決めてる。それまでは成り行きに任せるつもりだ。余計な気は回さなくていい。お前はお前の幸せってのをちゃんと選んで生きろよ?」
「ええ、もちろん。それは言われずとも、常にそのつもりですよ。」

遠回しに、「捨てるなら今の内だ」と言われたような気がして、エリックはやたら綺麗に揃った石畳に視線を落とした。


ヴィオラとシェルリアーナが、不思議な星空を映すランプや花の咲く万華鏡を手に戻ると、再び汽車に乗り終着駅を目指す。
ライラは汽笛の音にもすっかり慣れたようで、起きることなくデイビッドの腕の中ですやすや寝ていた。

海辺の景色が山に変わり、山から草原へ、草原から街並みへ、そしてまた山へ変わる頃、大きな汽車が何台も並んだ駅に到着した。

「ここが終着。始発の駅でもある。国内唯一の汽車の街“アレル”だ。」
「すぅっごぉ~い!あれ全部汽車ですか!?」
「格納庫にある分だけで8車両、客車と貨物車はその5倍はある。」
「写真を撮ってる人が大勢いますね。」
「記念になるんでしょうね。」

駅を降りると今度は馬車に乗り、街の中を抜けて行く。
アレルの街は技術街。
主に時計やオルゴール等のねじ巻き式の道具を作る職人が集まる街だ。
実用的な物から遊び心の効いた逸品まで、歯車を扱う者なら一度は憧れる精密機械に特化した街である。
街の中央には巨大な仕掛け時計が置かれ、時間が来ると音楽と共に人形や動物が踊り出し、遠目に眺めるだけでも童心に返り、目が離せなくなってしまう。

街を抜けると、今度こそ淋しい田舎道に出た。
道はどこまでも続き、馬車は目の前の黒く怪しい山脈へ真っ直ぐ進んでいる。
昼なお暗く、霧の立ち込める山の周りは堀になっており、更に高い柵に囲われ、厳重に人の立ち入りを禁じているのが分かる。

馬車は数人の兵士に守られた扉の前に停まると、デイビッド達を降ろし、また来た道を戻って行ってしまった。

「止まれ、通行章はあるか?」
「いや…その代わり招待で来た。」
「招待者の名を聞かせてもらおうか。」
「…ギディオン…」
「ギディオン!?嘘じゃないだろうな!?」
んだろ?」
「わかった…通行章を発行する。ついて来い。」

兵士に言われるままついて行くと、吊り橋を渡った先の建物へ案内された。

「ここは入門管理局だ。この水晶板に手を置いて光るまで待て。」
「へぇ…こんな物で確かめるんだったのか。」
「デイビッド様…なんだか不安です…」
「大丈夫、ヴィオラが弾かれるわけねぇよ。」

ヴィオラの光は青。
それを見た係の者が、ホッとしたように笑って隣の席へ案内する。
次にシェルリアーナ、こちらは青味がかった緑色だったが、これも合格の範囲らしくヴィオラの横へ通された。
エリックの色はチカチカと黄色や紫オレンジなど変化していたが、最後は青色に収まりその場の全員が胸を撫で下ろした。
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