黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

初めての海

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エビが食べたいと言うなら、その希望には全力で応えたい。

「よーし!行ってみるか、海!!」
「海!!?」

そう、ヴィオラがいつも食べているエビも、元は海の生き物だ。
本場本物のエビ料理、こうなったら心ゆくまで堪能してもらおうではないか。

デイビッドは2人を連れ、汽車で一度反対側の終着駅まで戻り、ナナの港を目指した。
次第に潮の香りが強くなり、車窓いっぱいに青い海と砂浜が広がる。

「海だぁー!!」
「いやぁ、やっぱりいいですねぇ。」

駅を降りて直ぐに港の市場へ向かうと、まずは手頃な屋台で味を見る。

「焼きエビ!」
「揚げたのもありますよ!」
「殻ごと食べられるのもあるぞ?」

しかしヴィオラには、ここでひとつ大きな疑問が浮かび上がった。

「これは…エビの子供ですか…?」
「いや、冬にも何度か食べたろ?ヴィオラ、これが通常のエビの大きさなんだ。むしろこれはデカい方の種類なんだよ…」
「そんなっ!!じゃ…私がいつも食べてたあのエビは…」
「あれはロブスター。どっちかってぇとザリガニに近いんだ。」
「エビじゃなかった!!?」

ショックを受けるヴィオラの横で、デイビッドは笑いを堪えるのに必死で、顔を背けて震えていた。

「なんの茶番ですか?」
「いいだろ?ここに来てあんまり構えなかったんだ。せっかくなんだから楽しませろよ。」
「そんな子供相手みたいな構い方して…」
「明るい内は元気に跳ね回ってるとこ見てたいんだよ。疲れて戻って来るのはどうせ俺の隣なんだから。」
「うーわ!いきなり恋人気取り出したコイツ!つい昨日まで気弱MAXのキングオブドヘタレだったクセに!ウッザー!」
「お前…そこの生け簀に突き落としてやろうか…?」

バケツに何種類ものエビや魚を買い込むと、デイビッドは船に戻り、初めて自分で錨を上げた。
エンジンをかけようとするとやはり勝手に進むので、そのまま磯まで舵だけ取りながら進めて行く。
船縁から身を乗り出したヴィオラは、海に感動していつまでも沖を眺めていた。

「わぁぁ………綺麗…水の中に魚がたくさん!」
「この先に穴場があるからそこまで行こう。」

ぐるり船で岩場を回ると、入り組んだ磯の先に人気の無い砂浜が見え、船をつけると一番先にヴィオラが靴を脱いで飛び降りようとした。

「ヴィオラ、裸足じゃここらの陸地は危ない。これ履いて行きな。」
「かわいいサンダル!ありがとうございますデイビッド様!」

柔らかな植物の繊維で編んだサンダルを履いて、水に足を浸してはしゃぐヴィオラを横目で眺めながら、デイビッドは磯に作業台を下ろし、買った魚介を捌き始めた。

港で絞めてもらったエビは、直ぐに頭と殻を外し背ワタを取る。
フォークだけで器用に殻を剥きながら、デイビッドは初めての船旅の事を思い出していた。


幼いデイビッドが初めて乗ったのは、アデラへ行く為の商船で、客として迎えられたデイビッドには何もすることがなく、海を眺めるのに飽きて、甲板の水夫達に話しかけた。
大概は子供の相手などしていられないと素気無くされたが、中の老水夫が熱心に話しかけて来るデイビッドを気に入り、朝の支度や掃除などの手伝いをさせてくれた。
海の話はどれも初めて耳にするものばかりで、幼心に感動したデイビッドは、この老水夫に懐き、3日間の航海の間ずっとついて回っていた。
船を降りる際、別れの挨拶に行った時に、海のお守りとしてもらった大きなサメの歯は、今もデイビッドのデスクの中に眠っている。


(あの時、エビがおっかなくて触れもしなかったガキが、やっと一人前になったよ…)

剥き終わったエビは、塩と酢で良く揉み洗いしてから、スターチをまぶして擦り、ヌメリと臭みを落として真水で洗ってザルに開ける。

続いて棘だらけの魚をバケツから取り出し、布で巻いて頭を先に落とすと棘と鱗を落とし、3枚に下ろして中骨を鍋に放り込んだ。
綺麗な切り身から骨を丁寧に抜き、ムニエル用に下拵えをしていく。
その前に一切れ、生の切り身を取り分け、味見すると身がしっかりしていてこれが美味い。

薄紅色の大きな魚もゴリゴリと鱗を落とし、こちらは頭を丸焼きにして、下ろした身の薄切りをサッと湯通ししてから合わせ調味料で和えて、彩り良く皿に並べる。
これも、味を付ける前に切り身の端を口に入れ、しみじみ噛みしめる。
(美味いんだけどなぁ…)
生魚は流石に内陸育ちのヴィオラにはまだ冒険かも知れない。
生タコも苦手であった手前、これは自分だけの楽しみにしようと取り分けた切り身は保冷庫にしまう。

続いて取り出されたのは腕程もあるタラ。
丁寧に下処理をしてから内蔵を抜き、塩と白ワインで洗って鉄の鍋に寝かせ、砂をしっかり吐かせたアサリと、剥いた小エビやトマトなども散らしてオリーブオイルを掛け回し、レモンとハーブを添えて豪快に蒸し焼きにしていく。

そしていよいよエビ料理。
シンプルに焼いて塩を振ったものと、衣をはたいてカリッと揚げたもの、サッと炒めてリシュリュー風ソースと和えたもの、そしてボイル。
低温で軽く塩茹でしたエビを、好きなソースに浸して食べるディップスタイル。
一通り準備を終えると、デイビッドは保冷庫に入れておいた生の剥きエビを取り出し、ほんの一滴、小瓶に移して持って来た“タマリ”をかけて口に入れた。

(あ…美味い…)
程よい弾力と甘みのあるエビの身が、“タマリ”の塩気と旨味で引き締まり口の中に広がっていく。
(思った通り、合うなぁ…)
勢いで何尾か口に入れたところで、異様な視線に気が付き手が止まる。
横を見ると、さっきまで貝拾いに夢中だったヴィオラが戦利品を砂浜に置き、デイビッドの手元を凝視していた。

「つまみ食いですか…?」
「…味見だよ…」
「嘘だ!パクパク食べてるの見ました!デイビッド様だけ美味しい物食べてるの、ズルいです!!」
「生なんだよ、これは!」
「生!生のエビ!?」
「そっちにちゃんと料理したのがあるから…」
「美味しいですか…生…」
「…俺はな…」
「いただきまーす!」
「あ、コラ!」

デイビッドの皿に手を出したヴィオラが、遂に生のエビを口にした。

「ぷりぷりで甘くてトロッとしてる!」
「そうだな…捕れ立ての内しか食べられない珍味みたいなもんだよ。種類にも寄るが、このエビは小ぶりな分、旨味と甘みが強いんで、特に生でも美味いんだ。」
「シアワセ…」
「ところで…なぁ、エリック、なんで飯なんか炊いてんだ?」
「え?なにって、これからお呼びするゲストのためにですよ。」
「ゲスト…?」

船内のキッチンから米の炊ける香りがして、デイビッドが首を傾げていると、船の中から次々と声がした。

「うきゃーー!!」
「久しぶりねぇ、海なんて。どうライラちゃん?これが海よ。大きいでしょう?!」

「おお!領壁を越えるなど何年振りだろうか!ああやはり海は良い!素晴らしい招きに預かったものだ!」
「喜んで下さって良かったですわ、師匠!人目もないしバケーションもバッチリ!ナイス判断よエリック!」

「全員呼んじまいやがったのか!?」
「この際ですから、みんな揃ってご飯にしましょうよ。追加のお魚たくさん買って来ましたから!」
「捌くの手伝えよ?!」

壁に囲われたサウラリースに住む者達は、滅多に外に出ることが叶わない。
ギディオンも、総領に呼ばれ姿を隠して外界に出る事はあったが、そこに自由はなかったそうだ。どこまでも広がる空と海が、何より嬉しいと喜んでいた。

「私も自領からはほとんど出なかったから、このご招待は本当に嬉しいわ。ハイドがいた頃は良く海にも来たわね。沖に流されたデイビッドが、何故か宝箱にしがみついて戻ってきた時は驚いたわ。中身が植物の種でがっかりしてたけど、庭に埋めて芽が出るの待ってたわね。」
「そんな事あったか!?」
「芽が出ても結局ほとんど枯れてしまってね。でもあの時植えた種から育った小さなヤシの木が1本だけ、まだ残ってるのよ。覚えてない?」
「いや…でも、なんか果物の木を庭で育てようとした記憶はうっすらある…」
「ハイドと2人で夢中になって庭を耕してたわね。この子ったら、主人が亡くなるまで本当に爺っ子だったのよ。」
「っぽい。」
「わかる。」
「そんな気がします。」
「そこまで年寄りクサいか…俺…?」


できた料理が冷めてしまう前に船内に運び込み、出来上がったタラの尾頭付きの蒸し焼きの蓋を取ると、エリックが冷えたシャンパンを出して来た。

「あら、美味しい!」
「ん~!シャンパンに合うわぁ!」
「あ、どうしよ!手が止まんないヤツだコレ!」
「イヤしかし美味いな、魚というものは!歳を取ると肉よりありがたい。」
「何言ってるのよ。私はまだまだお肉だって食べるわよ?」
「アルテ殿は歳と言われてもお若いではないか!」
「おいしー!」
「ライラちゃんもお魚食べるのね。骨取ってあげるわ。」

デイビッドはその様子を見ながら、外に用意した焼き台で新たに捌いた真っ赤な魚を薄切りにし、網に挟んで軽く炙って柑橘系のソースをかけて花のように皿に並べた。
エリックが持って来た箱の中には、なかなか見ない魚や海鮮もたくさん入っている。

「ヴィオラ用に無難なの選んだ意味がねぇじゃねぇかよ!」
「いいんですよ!僕が食べたくて買ったヤツなんですから!!」
「ウニなんかどうしろってんだよ!初見でコレ出されたら海鮮なんか食えなくなるぞ?」
「イカ墨に一切動じなかったんだから大丈夫でしょ。恨まれるとしてもデイビッド様だし。」
「投げつけたろか?」

際どい珍味をどう料理したものか、デイビッドはしばらく頭を悩ませていた。
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