黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

狙われヴィオラ

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ヴィオラが居なくなると、デイビッドは糸が切れたようにソファに座り込んで動かなくなった。

腕の中に残った感覚を、何度も思い出し、鮮明に記憶に残そうと頭がフル回転している。
あのチョコレート色の瞳には、確かに自分が映っていた。

見えないものには期待を掛けず、目の前の事だけを受け入れる性質の脳が、ふつふつと現実と向き合い始め、じわじわと幸せな気持ちが膨らむと同時に、恥ずかしさも爆発して、頭の中が大変な事になっている。

(どうせ今頃になって、自分の言動にでも悶えてるんだろうなぁ…)
たまに震えたり青くなったりするソファの上の肉団子を、エリックはうっとおしげに眺めていた。


その頃ヴィオラは、寮の自室で荷解きを終え、ベッドの脇に置かれたディディを眺めながら、幸せの余韻に浸りつつ明日の予習をしていた。
(あったかくて、軟らかくて、優しくて、心臓の音がドキドキいってた…これから毎日会えるのね!幸せねディディ!?)

こうして、ヴィオラの期待に満ちた学園生活が始まった。



特別枠の夏季講習と言っても、他の居残り生徒と一緒に、授業に出る事も多い。

「ヴィオラ・ローベルと申します。皆様よろしくお願いします。」

編入生として紹介された後は、周りの生徒とも、当たり障りのない会話だけでなんとかやり過ごしていた。
少人数の教室では自分の課題に集中し、授業が終わると直ぐに出て行ってしまう。

始めは編入生なので忙しいのかと思っていた他の生徒も、そのうち面白い話のネタはないか気になり出し、ついに誰かが例の噂にたどり着いた。

「ヴィオラ様が聖女様のお姉さんって本当?」
「聖女様と言えば、春先の弾劾事件よね?!」
「第二王子殿下がおかしくなってしまわれたのも、その頃からだって…」

まだ直接悪意をぶつけて来る者はいないが、二学期が始まれば人も増え、絡んで来る輩もいるだろう。
ヴィオラは姿勢を正し、気を引き締めて教室に通った。

どんなに暗い気持ちになっても、緑の廊下の角のドアを開けば、ヴィオラの心は晴れ晴れとして幸せで満たされていく。
その内に、代わり映えもなく濁った周囲の目も、そこまで気にならなくなっていった。


ある日図書室で本を探していると、棚の影から背の高い男子生徒が現れた。

「こんにちは!君がミス・ヴィオラかな?僕は2年のテレンス!生徒会の役員なんだ。お邪魔でなければ少し話をしたいんだけど…」

「初めましてテレンス様。ヴィオラです。私になんのお話でしょうか?」

「最近君の噂が出回っているようだったから…心配でね?嫌な目には遭っていないかい?!僕で良かったら相談に乗るよ!?」

人懐っこい好青年のテレンスは、全学年の女生徒から人気が高い。
女の子達は彼に話し掛けられると、みんな頬を染めて嬉しそうにする。
今も、ヴィオラに近づくテレンスを、遠目から見つめている生徒がちらほらいるくらいだ。

テレンスが体を近づけて来たが、ヴィオラはスッと後ろへ下がり、距離を開けた。

「お気遣いありがとうございます。ですが、そう言った相談は然るべき方々にさせて頂いておりますので、ご心配なく。」

「相談相手は多いに越したこと、ないと思うけどなぁ。それにしても…君、婚約者がこの学園内にいるんだって?酷い話だね、自分の婚約者が傷付いているのを、気にも掛けず一人にしておくなんて…僕だったら耐えられないな…」

「ここは学園ですから、授業中は会えませんよ、普通。それに課題が忙しくて、まだ同学年の方とは挨拶ぐらいしかしてませんし、どんな噂が流れてるかなんて、わざわざ聞きに行く程暇じゃないんです私!」

「ヴィオラは強い人なんだね?!でも、気を張ってばかりでは疲れてしまうよ?もっと酷い噂だって流れるかも知れない…生徒会としてそれは見過ごせないな…」

「そういう話は噂を流している人に言わないと。」

「そ、そうだね…」

「噂話で盛り上がれるなんて、暇な人もいるんですね。では、私はこれで…」

「ちょっ、ちょっと待って!?ねぇこれから一緒にランチなんてどうかな?君の話、もっと聞きたいな…」

「あ、お構いなく!先輩との先約がありますので!」

「先輩だって?同学年の子達にも、まだ友達はいないんだろう?!心配だなぁ…僕も一緒に行っていい?」

テレンスはそれはもう必死に、ヴィオラの気を引こうとあれこれ言い訳を考えるが、全て打ち返されてしまうため、ついに強行手段に出た。
先輩とやらもどうせ女子なら、テレンスが加わることにも賛成してくれるだろう。
そこから周りを味方につけて、逃げられないよう、距離を詰めていけばいい。
面倒な遠回りをさせやがってと、テレンスが内心舌打ちをした時、後からとんでもない威圧感を感じた。

「何が心配ですって?ああ、心配ですわね?!新入生に片っ端から声を掛けて、その気にさせては次の獲物を狙うプレイボーイ気取りのキザ野郎が一緒だなんて!」

「ミス・シェルリアーナ…?!」

「シェル先輩!」

腕を組んだシェルリアーナが、2人の後ろから現れ、テレンスを睨みつける。

「遅くなってごめんなさいね。まさかこんなクズ男に目を付けられているなんて思わなくって!ま、大方リベンジマッチに応じない、どっかの誰かさんに一泡吹かせようなんて魂胆なのでしょうけど…人の弱みを突こうなんて、卑怯な手を使いますのね?!」

「リベンジ…?あ!テレンス様って!例の知恵比べで負けたっていう、あの!!」

「(どストレートにいきましたわね…)ええそうよ。と、言うわけで、ただのクズ男には興味ありませんわ!消えて下さるかしら?!」

「ひ…酷いこと言わないでよ~!そうだ、これからランチでしょ?ぜひ僕も一緒に…」

「大切なランチタイムに、つまんない男のつまんない話聞けって?!冗談じゃないですわ!!さ、時間の無駄ですわ。行きますわよ!」

「では、お先に失礼します。」

唖然とするテレンスに、軽く会釈をしてヴィオラはシェルリアーナの後ろについて行ってしまう。

一人残されたテレンスの周りに、すぐさま他の女生徒達が集まり、昼食に誘ってきたが、テレンスの気持ちは全く晴れなかった。


「デイビッド様!来ました!!」

「お疲れ!今日はどうだった?変なのに絡まれなかったか?」

「テレンス様という人に話し掛けられました。」

「え?!で、どうした…?」

「全部カウンターで打ち返してましたわ。あの悔しそうな顔…見せてやりたかったですわ!」

「そうか……」

「…そんなに心配しなくても、この子が他所に目移りなんて、するはずありませんわよ!?」

あからさまにほっとするデイビッドを見て、これだけ好かれてもまだ不安なのかと、呆れるシェルリアーナだった。
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