黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

文字の大きさ
84 / 411
黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

反省会

しおりを挟む
妖精の箱庭の周りには、大勢の生徒や教員達が集まり、大騒ぎになっていた。
およそ半世紀ぶりに開いた異界の入口は、厳重な結界で守られ、精霊魔法の使える者達が、実力の大小にかかわらず、全員集まって中の様子を探っている。

「シェルリアーナ様とエリック先生が中へ入ったというのは本当ですか?」
「どうやら、デイビッド先生を探しに行かれたようで…」
「学園長先生は明後日までお帰りにならない…その間に道が閉じてしまえば、取り返しがつかなくなりますぞ?!」

皆が心配していると、一陣の風が吹いて、ひょっこりと3人が入り口から顔を出した。

「は?なんでもう夜?!」
「中と外では時間の流れが違いますからね。」
「帰って来られた…良かったですわぁぁ!!」

「シェルリアーナ様!ご無事で!?」
「エリック先生もデイビッド先生も…良くお戻りになられましたなぁ…肝が冷えましたぞ?!」

大勢の教員と生徒に出迎えられ、シェルリアーナは安堵からその場にしゃがみ込んでしまい、エリックも魔力を消耗してどっと疲れた顔をしている。
デイビッドだけは、何が起きているのか飲み込めず、オロオロしていた。

振り返ると、もう茂みの入り口は閉じていて、どこから入ったかなど、少しも分からなくなっている。

「え…?なんだったんだ…?」
「アンタ、妖精の森で迷子になってたんですよ…」
「いやいや、なわけないだろ?!一本道で迷子になるかよ!ちょっと昼寝してて遅くなったのは謝るけどよ…」
「はぁ?!昼寝した!?妖精に囲まれて?!それ自殺行為よ?!二度と目が覚めないか、魂を取られて何かに成り代わられてもおかしくないのよ?!これだから無知な魔力無しは厄介なのよ!!」

さっきまで口を噤むより他無く、言いたいことが言えなかったシェルリアーナとエリックは、人前でも遠慮せず、デイビッドをがんがん責めた。

「そんなにおっかない所なのか?!すげぇ良く眠れて、体が軽くなった気がしたのに…」
「それ、魂がどっか飛んでってません?よく生きて戻って来たなこの人…」
「まぁ、半日もいなけりゃ心配掛けるよな…」
「半日じゃありません。丸一日と半日です。」
「え…?」
「デイビッド様が部屋を出てから、既に1日半経ってるんです。散々探しても見つからなくて、寿命がちょっと縮みましたからね?!」
「そんなに……?」
「なにか言う事は?」
「…す…すみませんでした…」

デイビッドが大きな鳥風の大精霊にもらった木の実は、魔法学棟へ納められた。
赤い木の実を見せられた教員達は、先程までの緊迫した空気から一転、お祭り騒ぎとなった。

「アレって…やっぱりアレですわよね…?」
「はい。世の理の外れからもたらされる禁断の蜜実。精霊樹、またの名を世界樹の果実です。」
「どうすんのよ…1個もらっちゃったわよ…」
「僕もいくつか…すごいですね、それひとつで城が建ちますよ。」
「ホントにどうするのよ!!」
「巷に聞く、賢者の石の代用品になるそうですよ?それにすごく美味しいって話です。」
「恐ろしくて食べられないわよこんなもん!!」

その後、何をしても恐ろしいツヤツヤ真っ赤な可愛らしい木の実を、シェルリアーナは自身の持てる全ての術式を使って封印したそうだ。


その夜、デイビッドは研究室で、眉間に皺を寄せて手元を睨んでいた。

「なぁ…やっぱ、コレ…しないと駄目か…」
「はい、もちろん!ほら早く。一息にお願いします。」

ためらいがちに火を点け、口元にくわえたそれは一本の葉巻。
慣れない手付きで嫌々一息吸い込むが、すぐにむせてしまう。

「ゲホッゲホッ!ゲホッゴホッゲホッ!うえぇっ…まじぃ!ダメだ!舌がジリジリする!喉が焼けそうだ!!」
「…ったく仕方ないですねぇ…」

エリックはデイビッドの手から火の点いた葉巻を取り上げると、手慣れた仕草で指を絡ませ、平然と吸って見せた。

「葉巻の煙は吸い込むのではなく、燻らせるんですよ。口の中で煙を転がして、舌で味わうんです。って言ってる意味わかります?」
「ゲホッゲホッ知るかよ!!」
「フーーー…そういうトコはまだまだ子供ですねぇ…そろそろ悪い遊びの一つも覚えていい歳なのに。付き合う相手次第で、嗜むくらいはできないと、ねぇ?」

長い脚を組んで正面のソファに腰掛け、葉巻を燻らすエリックは、確かに様にはなっている。

「知るか!煙!ゲホッこっちに吹きかけんな!!ゲホゲホッ日頃の恨みか?!」
「違いますよ。妖精避けの葉巻なんですから、吸えないんだったら、煙くらいちゃんと浴びといて下さい。気がついたらとんでもない数連れてきちゃってまぁ、モテる男は大変ですね?!」

目の前のお騒がせ野郎を、なんとか箱庭から引っ張り出せはしたものの、背中にどっちゃり妖精が張り付いたまま離れないので、エリックは強硬手段に出た。
特別調合の妖精避けと、妖精の嫌う煙草の葉を混ぜて葉巻にし、その煙で今正に、妖精を追い払っているところだ。
本来は吸うことで効果を得るものだが、デイビッドには無理と言うことで、しかたなく…そう、しかたなくこの方法を取っている。

(子供や女性向きに、お香なんかもありますけど、この方が
確実で手っ取り早いんですよねぇ…)

かなりの数が付いて来ていたが、虫除けから逃れる羽虫のように、葉巻の煙に当たると、デイビッドの背中からポロポロ剥がれて元の住処へ帰って行く。
ソファでうずくまるデイビッドには相当きついようだが…

「うぇっ、ゲホッゲホッカハッ…ゴホッゲホゲホッ…」
「ほらほら、逃げないで!まだ背中についてますよ!」
「ゲホゲホッ!何がいるか見えねぇし…この匂いは苦手なんだよ!鼻がバカになりそうだ…」

涙目でむせこみながら妖精と一緒に苦しむデイビッドを眺めている内に、エリックはふと、ある事に気がついた。

(これだけ煙が効いてるのに、まだ妖精が諦めずにしがみついてる…あれ?これ、もしかして、仲間と思われてるのでは…?だとしたら、あれは連れて行こうとしてたんじゃなくて、一緒に帰ろうとしてたのか!なるほど……人外の思考回路ってホント謎過ぎる…。)

「ケホッ…ハァハァ…まだ終わんねぇのかよ!!いい加減、部屋ん中煙だらけだ!!」
「窓は開けてんですから、大人しくしてて下さいよ。結構しぶといんですよね、誰かさんみたいに…」

煙の中でも、必死にしがみつく何匹かがなかなか離れない。
2~3匹程度なら、放っておいてもそこまで害はないだろうが、念の為。

(そろそろいいのかも知れないけど、まぁ、今回はもう少し反省させないと…どんだけ気を揉んだ事か!それが本人に全っ然伝わってないの、やっぱ腹立つな…)

いつになく殊勝な態度のデイビッドだが、おそらく明日にはケロッと忘れる事だろう。
エリックは、今回ばかりはそれが許せない。
平素を装い葉巻を吹かしているが、本人のためといいつつ、間違いなく、半分くらい恨みも入っていそうだ。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

国王一家は堅実です

satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。 その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。 国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。 外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。 国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています

鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。 伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。 愛のない契約、形式だけの夫婦生活。 それで十分だと、彼女は思っていた。 しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。 襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、 ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。 「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」 財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、 やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。 契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。 白い結婚の裏で繰り広げられる、 “ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。

力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します

枯井戸
ファンタジー
 ──大勇者時代。  誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。  そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。  名はユウト。  人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。  そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。 「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」  そう言った男の名は〝ユウキ〟  この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。 「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。  しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。 「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」  ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。  ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。  ──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。    この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

逆ハーレムを完成させた男爵令嬢は死ぬまで皆に可愛がられる(※ただし本人が幸せかは不明である)

ラララキヲ
恋愛
 平民生まれだが父が男爵だったので母親が死んでから男爵家に迎え入れられたメロディーは、男爵令嬢として貴族の通う学園へと入学した。  そこでメロディーは第一王子とその側近候補の令息三人と出会う。4人には婚約者が居たが、4人全員がメロディーを可愛がってくれて、メロディーもそれを喜んだ。  メロディーは4人の男性を同時に愛した。そしてその4人の男性からも同じ様に愛された。  しかし相手には婚約者が居る。この関係は卒業までだと悲しむメロディーに男たちは寄り添い「大丈夫だ」と言ってくれる。  そして学園の卒業式。  第一王子たちは自分の婚約者に婚約破棄を突き付ける。  そしてメロディーは愛する4人の男たちに愛されて……── ※話全体通して『ざまぁ』の話です(笑) ※乙女ゲームの様な世界観ですが転生者はいません。 ※性行為を仄めかす表現があります(が、行為そのものの表現はありません) ※バイセクシャルが居るので醸(カモ)されるのも嫌な方は注意。  ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

悲恋小説のヒロインに転生した。やってらんない!

よもぎ
ファンタジー
悲恋ものネット小説のヒロインに転生したフランシーヌはやってらんねー!と原作を破壊することにした。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...