黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

ノエルパーティー

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赤い房飾りの金のバッヂは、アリスティアが特別に作ってくれた物。
何かあった時に役に立てて欲しいと、害虫避けにヴィオラに贈ったらしい。
アリスティアの見越した通り、早速素晴らしい効果を発揮した訳だ。

青い廊下側はやはり居心地は良くない。
ヴィオラを毛嫌いする者も居れば、デイビッドを嫌悪する者も大勢居る。
それでも、折れないヴィオラの強かさに感心していると、本棚の影で袖を軽くを引かれた。

(来てくれて嬉しかった…助けてくれてありがとうございます。)

伏せ目がちにそう言って、ヴィオラはさっと図書室の奥へ行ってしまう。

「あはは~。撃退したの僕なのに~!?」
「お前、ちょっと引っ込んどけ…」

魔法植物についての論文や資料を探し、魔法薬についても少し本を集めていると、どこかから視線を感じて顔を上げる。
誰かは分からないが敵意は無く、時々感じる謎の違和感。

気にしないようにして本を借り、図書室を後にすると、エリックが追いかけて来た。

「いやー!聞いて下さいよ!あのメルヘン聖女様、既にご自分の信奉者と教会関係者集めて派閥作ってました。あんな性悪でも顔が良いとコロッと行く男の多い事ったら。大丈夫ですかねこの国の次世代!」
「下世話でイキイキすんな!!」

エリックは相変わらずどこで何をしようとブレない。
それが逆に不安を煽る。


いよいよ明後日はノエルパーティー。
デイビッド達教員は授業が終わるってからも忙しく、部屋に戻る暇すら無かった。

鍵はいつでも開けてあるからと言われ、ヴィオラは1人研究室の戸を開けた。
いつも必ず誰か居るはずの研究室はしんと静まり返り、部屋の中に座っていると不思議な気持ちになって来る。

いつもデイビッドが立っているオーブンの前には、使い込まれた鍋と良く研がれたナイフがキレイに収まっている。
ヴィオラは何気なく足元の野菜かごを覗き込んだ。

玉ねぎ、ニンジン、じゃが芋に、キャベツとカボチャと大小のトマト。
(シチューなら作れるかも知れない!)
ヴィオラはデイビッドのマネをしてエプロンをかけると、張り切ってオーブンに火を入れた。
まずは材料の皮を剥き、鍋に入れていく。
何度もナイフが滑り、皮も分厚く細切れになってしまうが、懸命に手を動かした。
(じゃが芋は芽と青い所を切って…ニンジンは撫でるように皮を削いで…)
ひとつひとつ手順を思い出し、野菜を切り終えたら冷蔵庫にあったパンチェッタを切って香草と一緒に鍋に加え火にかける。

肉と根菜に火が通ったら、火を弱くして隣のフライパンにバターを溶かし、一度火から下ろしたら小麦粉を少しずつ加えて滑らかになるまで馴染ませ、そこへ牛乳を注ぐ。
ゆっくり火に当てながら絶え間なく混ぜていると、底の方からとろみがついて来るので塩と砂糖で味を整えたら鍋に移し、良く煮込む。
(味がもう少し欲しい…そうだ、あの瓶!)

デイビッドが夏から色々試行錯誤していた調味料。
ところが、上の棚に置かれた瓶に手を伸ばし、背伸びをしたら手が滑って瓶が落ちてしまった。

「あっ!落ちちゃう!」
「おっと!」

瓶を受け止めようと後ろに仰け反ると、ヴィオラより先にデイビッドの手が瓶を捕まえ、後ろに倒れそうになったヴィオラを体ごと支える。

「わぁ!デイビッド様!」
「これ使うのか?」
「か、勝手にごめんなさい…」
「いいや、後ろから見てたよ。一生懸命作ってるとこ。」
「内緒で作って驚かせようと思って…」
「充分驚いたし、嬉しかった。幸せ過ぎてどうにかなりそうだ。」

いつもとは逆の立ち位置にドキドキしたヴィオラが何か言おうとした時、更に後ろから声がした。

「じゃぁもう少し幸せそうにしたらどうですか?!」
「全然表情に出ないからつまらないわ!」
「お前等が居なかったらな!!」

エリックとシェルリアーナが当然のように部屋にいて、ヴィオラの言葉も引っ込んでしまう。
鍋の味を整え、仕上げに胡椒を挽いたら、ホワイトシチューの完成。

「できました!」

今朝焼いたパンを添えてテーブルに運び、切ったトマトを並べてヴィオラお手製の夕飯の出来上がり。

「美味しいですね。旨味もたっぷりで優しい味がします」
「すごいわヴィオラ!魔法を使うよりずっと素晴らしいことよ?!」
「食うのが早いっつの!なんで人に給仕させて座ってんだ!!」
「う~ん…デイビッド様が作った方がずっと美味しいです…」
「プロの味は流石に再現できませんよ。」
「そうよ。料理人になるワケじゃないんだから、家庭の味だっていいじゃない?」
「なぁ、俺の立場足元から崩そうとしてないか?」

ヴィオラの作った初めてのシチューは好評で、デイビッドが2杯目を食べようとする前に残る事なく鍋はカラになった。

「嘘だろ…?」
「たくさん作ったつもりだったのに、もうなくなっちゃいましたね。」
「ご馳走様!とても美味しかったわ!ついついたくさん食べてしまったの!」
「僕も何度もおかわりしちゃいました!また作って下さいね!」
「いや、嘘だろ?!」

その後はすっかり暗くなったので、シェルリアーナとヴィオラを送りがてら学舎の中を見回り、居残りの生徒がいないか声をかけて回った。
寮の門限はとっくに過ぎていたが、ノエルの前に時間に忠実な生徒も少ない事は寮母も承知で、2人はお咎めもなく無事自室に帰ることができた。


「明日かぁ…」
「ついに明日ですねぇ。」

明日は朝から馬車の迎えが来て、寮生達を乗せて礼拝堂へ向かう手筈になっている。
その前に着替えと化粧とヘアセットを学園が特別に雇ったプロが手掛けてくれるらしい。

デイビッドの元へはウイニー・メイから男性用の衣装が届いたが、今まで着たこともないような凝った意匠にげんなりしてしまう。

「裏方って伝えたはずなんだけどなぁ…」
「いいじゃないですか。ついでに僕のまで用意してもらっちゃってありがたいです!」

何を着てもモデル並みに似合うエリックの隣に並ぶと、更に自信がなくなって気持ちが卑屈になっていく。

エリックは明日の支度を終えるとすぐに眠ってしまった。
その様子を見て、夜中にデイビッドが部屋をそっと出た事には気が付かないまま…


「本当にびっくりしたんですからね?!また逃げ出したのかとか、どっかに連れ去られたのかとか、色々考えちゃって朝ご飯半分も食べられませんでしたよ?!」
「半分は食ってんじゃねぇかよ!?」
「どこ行ってたんですかもーっ!」
「温室にちょっと用があって行ってただけだって!」
「じゃあなんで部屋にいなかったんですか?!」
「…温室で寝てた…」
「もーーーっ!!」

朝早くデイビッドがいないことに気が付き、気が気ではなかったエリックは、デイビッドが戻るなり大騒ぎした。

更に困ったことに、急いで身支度を整えさせ、鏡の前に立たせてはみたが、いまひとつパーティーの雰囲気が出ない。

「ダメだ…どう整えても裏社会の関係者みたいになってしまう…」
「もうなんとでも言え!」

教員用の乗り合い馬車は生徒達の後に出発する。
馬車停めには既にたくさんのドレス姿の令嬢と、エスコートの男性達が集まっていた。
その中からきつい視線がいくつかこちらに向いているのがわかる。
学園の中にいると忘れがちになるが、デイビッドは王都中の貴族から嫌われ、笑い者にされている存在だ。
今日の会場は、正しく敵陣のど真ん中。
気を引き締めないといけない。
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