黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

新しい年に

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馬車が学園の裏口の入ると眠っているヴィオラを抱えて、研究室へ…戻ろうとしてデイビッドはその場で立ち止まってしまった。

「どうしました?」
「…なんかいる…」

遠目に、庭先で仁王立ちしているシェルリアーナが見えたような気がして何度も見返すが、やはり見間違いでは無さそうだ。

「何してんだ…?」
「めっちゃ機嫌が悪いということだけは分かりますね!」
「この状況、絶対になんか言われる気がする…」
「もうバレてんだからさっさと来なさいよ!!」

ヴィオラを起こさないようそっと部屋の中へ入ると、シェルリアーナも無言でついて来る。

「あの…なんか用…?」
「まず1つ目、ヴィオラが泣き跡つけて眠ってる理由は?」
「ラ…ライラを預け先に連れてって、別れるのか悲しいってひたすら泣いてたから…」
「泣きつかれて眠っちゃっただけですよ。」
「そう。ならいいわ!」

ヴィオラをカウチに降ろし、シェルリアーナに向き合うといきなり肩をつかまれた。

「怖い怖い!何だ一体??」
「ケーキ焼いて!」
「は?!」
「ケーキ焼いて!!大っきなチョコのケーキ!」
「ケーキぃ?!」
「食べたいの!ストレス溜まり過ぎて甘い物が足りないの!!」
「まずはご飯にしましょうよー!僕お腹減りました。」
「お前等、赤ん坊より質悪いな?!」

作り置きのシチュー鍋を覗き込み、やれ肉を足せだの芋を添えろだのうるさいエリックと、試作のクッキーを無遠慮にかじるシェルリアーナに振り回されながらひとまず昼食の支度を整え、腹減らし共を落ち着かせる。

丁度目覚めたヴィオラも、ふわふわの白パンとブラウンシチューを食べてやっと機嫌が戻って来た。

「…で?チョコのケーキだぁ?何系の…?」
「どっしりしたヤツ!重くって濃厚でチョコたっぷりで大っきいの!!」
「ガトーショコラ辺りでいいのか…?」
「間に生チョコ挟んだヤツがいいわ!!」
「在庫足りるか…?」

ありったけのチョコを取り出し、削って湯煎している様子をシェルリアーナがじっと見ている。

「…アンタって誰にでもそうやって頼まれたらケーキでもクッキーでも作るの?」
「え…何だ、いきなり…」
「頼むとすぐそうやって作ってくれるじゃない。断るとかしないの?」
「断らせる気カケラも無いクセによく言うな?!」

ボールに溶かしたバターと砂糖、卵を混ぜ入れよく泡立てていく。

「逆にそっちはどうなんだ?普通プロでもない野郎の手料理なんざ食いたいと思うか?」
「無自覚な豚は嫌われるわよ?!」
「…豚が触ったもん食いたがる奴なんざいねぇだろ…」
「味がしなかったのよ。」
「あ?」
「家で何食べても美味しくなかったの。料理もお菓子もただ味気ないだけで喉が詰まりそうだった。紅茶の香りも全然感じられなくて…」
「今は!?」
「え?何よ急に。」
「答えろ!今は分かるのか?味も匂いも…」
「わかるわよ。シチューの味も、チョコの匂いも、パンの微かな甘い香りもしっかり味わったわ。」
「そうか…なら良かった…」

他人事ではない。
何も食べられない経験はちょっとしたトラウマに近い。

生地を焼き上げる間にチョコをテンパリングし、生クリームを加えて空気を含ませていると、視線がふたつに増えていた。

「魔法みたいです…」
「何度も言うけどな、俺は魔法が使えないんだよ。」

調理器具にも料理方にも、今や魔法は欠かせない存在と言う。
何をするにも便利な方へ人は動いて行く。
旧式の手段しか用い得ない者達は、取り残されて忘れられていくだけだ。

焼き上がった生地を冷ましていると、ヴィオラがデイビッドをつついた。

「早く冷めたら、早くケーキが出来ますか?」
「んー…まぁ、チョコレートだからな。」
「私、やってみます!」

湯気を立てている生地に手を掲げ、熱を吸い上げる様に奪っていくと徐々に生地が締まってくる。
奪った熱が空中で玉になり霧散すると、ずっしりと重いチョコの土台が出来上がった。

「成功しました!」
「ヴィオラすごいわ!」
「やるなぁ。よし、これで早いとこ仕上げが出来る。」

横に切ったケーキをセルクルに戻し、チョコを注いでまたヴィオラが冷ます。
表面を固めのチョコレートでコーティングしたらチョコ尽くしケーキの完成。

「おいっっしいっ!!」
「極限までチョコですね!全部少しずつ味も食感も違ってて同じチョコなのに飽きません!」

その横でパチパチと油が跳ねる音がする。

「今度はなんです?」
「見てるだけで甘いから、塩気のあるモン作ってる…」

一度炊いて乾燥させた米を油に潜らせ、色が付いたら引き上げて塩を振る。

「騎士科の生徒が残った飯で作ってたんで、真似してみた。」
「うわ!クリスピーで程良く塩気があって止まんない!?」
「芋よりスナック感あるなぁ。」
「そ…それ、私にも下さいっ!!」

甘い物としょっぱい物が並び、ヴィオラは交互に手が止まらない。

「なんて物作るのよアンタは!!」
「え?旨くねぇ?」
「こんな物出されたら食べずにいられなくなるでしょう?!」
「お米なのにザクザク美味しいです!」
「いやぁどんどん食べちゃいますね?!お酒欲しくなって来ちゃった!」
「昼間っから?!」

夕飯の仕込みをしながら、年末だろうと年越しだろうと変わらない冬の1日が過ぎて行く。


変わったのは次の日。
学園に残っている生徒に、朝から教会の関係者達から招集がかかった。
新たな年を迎えるこの日を、伝統に伴い清麗かつ崇高な聖女と共に祈って過ごせとの事だ。
聖なる祈りの後には食事とお茶会があるらしい。

「アホらしくってやってられませんわ!」
「何か言われる前に逃げて来ちゃいました。」
「私も!」
「同じく!」
「お邪魔しまーす!」

研究室に逃げ込んで来たのはシェルリアーナとヴィオラ、そしてローラとミランダとチェルシーの3人。
やたら人数の増えた研究室でどうしたものか考えていると、外から珍しくカインがやって来た。

「デイビッド居るか?!ちょっと話が…」
「よぉ、カイン。なんか用か?」
「お前!!こんな女の子ばっか集めて何してんだ!?」
「知るか!勝手に集まって来ただけで、むしろそろそろこっちが出て行こうか思ってたとこだ!!」

人口密度が高くなると、デイビッドはいつも温室へ逃げて行ってしまう。
今回は少し逃げ遅れたばかりに、あらぬ疑いを掛けられてしまった。

「で、なんの話だって?」
「ああ!今、講堂と食堂貸し切って聖女様だかの集会開いてるだろ?あぶれた者同士で集まって、こっちはこっちで年越ししようぜって話になってさ、お前も来ないか?皆で語り合おうぜ?!」
「本音は?」
「飯作ってくれ!!」
「そんなこったろうと思ったよ…」

そこへ横からヴィオラがひょっこり顔を出した。

「私、行きたいです!年越しの焚き火囲んでデイビッド様のお料理食べたい!」
「ア、アタシも!!カイン様、お手伝いします!」
「騎士科は行くの初めてかも。ちょっと気になるわね!」
「ミラが行くなら私も!」
「なんでもいいから、美味しい物作りなさい!!」

結局、大所帯で騎士科へ移動し、女生徒の参加により昼前から演習場は大騒ぎ。
そこへ更に一抱えはあるどデカい肉の塊が運び込まれ、騎士科男子達は沸きに沸いた。

「なんだコレ!すっげぇな!?」
「大角鹿の塊肉、熟成させながらちびちび使ってたが、そろそろ食べ頃なんで持って来た。」
「これはまた見事な鹿肉ですね…ロースト…ステーキ…いや、ここは…」
「串焼きにしようと思って。」
「お酒持ってきていいですか?」
「ヤメロ!!」
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